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第38話 過去からの呼び声 2

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 賢者は目を細めてあずきをジっと見た。
 居心地の悪い思いをして、あずきが思わずモジモジする。

「むぅ。だが学校の成績はあまり良くないようだの。我がすえともあろう者が情けない」
「余計なお世話よ! っていうか幽霊のくせに何でそんなことが分かるのよ!」
「わしは大賢者エディオン=バロウズじゃぞ? 天才なんじゃぞ? 魂魄こんぱくだけの存在になったとて、そのくらい分かるわい」

 幽霊のくせに、賢者が胸を張る。

「それにその喋り方! 見た目は若いのに、『じゃ』とか、なんでそんな老人みたいなもったいぶった喋り方するのよ。似合って無いから止めなさいよ」
「あの当時は平均寿命もそれほど長くなかったし、三十歳ちょうどで死んだとはいえ、仲間内では天才大賢者としての威厳が必要じゃったからな。染みついて取れんわい。だがやれやれ、我が末よ。お前はわしがどれだけ偉いか分かっておらんのだ。地球側の代表として月の女王と交渉ができるくらい実力があるのじゃぞ? 皆の前ではこうして勿体ぶらんとやっとれんわい」

 賢者が肩をすくめて見せる。
 あずきは呆れ顔をしつつ、疑問を口にした。
 
「でも分からないことが一つだけあるの。この街には今、おじいちゃんとおばあちゃんが来てるわ。バロウズ家の嫁に入ったおばあちゃんはともかく、直系のおじいちゃんになら反応してもいいはずでしょ? 何でおじいちゃんは賢者さまに気付かないの?」
「ふむ。であるならば、魔法感知力アンテナの差じゃの。初心者か熟練者かという話では無くな。お主は初心者魔法使いビギナーか。それでこの仕掛けに反応出来るなら、将来わし並みに強力な魔法使いになれる素養を秘めているということじゃ。良かったの」
 
「なーるほどね。で? 本題。何の用よ、ご先祖さま」
「あぁ、それじゃそれじゃ。お主に渡したいものがあっての。えっと……」

 賢者エディオンがローブの中に手を入れ、何かを取り出そうとまさぐった。
 まさぐる。
 まさぐる……。
 
 両手でパタパタ、ローブ中をせわしなくまさぐっていた賢者の動きが不意に止まり、あずきを見る。
 その顔に、引きつった笑みを浮かべている。

「……どこやったかのう、あれ」
「知るわけないでしょ!」

 あずきは思わずツッコんだ。
 幽霊にツッコミを入れる小学生など前代未聞だ。

「探しものは何よ?」
「ブルームーンストーンのペンダント、その名も、ホワイトファングじゃ」
「……なんか、中二病くさい……」
「何を言うか、小娘が! このセンスが分からんか!」

 賢者エディオンが口角泡を飛ばし、その場で地団駄を踏む。

 ――うわぁ、わたしより年下みたい。

「あれは月の女王から貰った貴重な石で、凄まじい力を秘めておるのじゃぞ!」
「はいはい、分かった分かった。落ち着いて、ご先祖さま」
「全くもう! 女子はどうしてこう、ロマンを解さないんだか……」

 あずきは思わずおはぎと目を見合わせた。
 ちょっとジタバタして多少冷静さを取り戻したらしい賢者が続ける。

「それでの? せっかく貰ったのにすぐ死んじゃったじゃろ? わし」
「みたいね」
「盟約を果たすことを踏まえての譲渡じゃったのに、死んじゃったから全部パァじゃ。申し訳ないから返そうかと思って」
 
 ――盟約? サマンサも盟約のことを口にしていた。賢者と月の女王との間でどんな盟約が結ばれたんだろうか。

「え? 何? わたしに子供のおつかいしろって?」
「だって子供じゃろ?」
「そうだけど」
「女王に会いに行くとこなんじゃろ? ならちょうどいいわな」
「別に引き受けてあげてもいいけど、肝心のペンダントが無いんじゃね」

 エディオンがしょんぼりする。
 祖父を思い出して、あずきが思わず苦笑する。

 ――大人なのに。賢者なのに。そういうとこ、わたしにウザがられたときのおじいちゃんに似てる。いいよ、探すの手伝ってあげる。

「ディプレーンショ(探知)!」

 あずきが探知魔法で周囲の魔法反応を探る。
 特別な石なら、魔法の痕跡が残るはず。
 ここで反応が出るとしたら、あずきとおはぎと賢者とペンダントの四つのはず。
 だが――。

「別の場所に置いてきた可能性は?」

 反応は、あずきとおはぎと賢者の分、三つ分しか出なかった。

「それじゃともうお手上げじゃな」

 賢者が泣きそうな顔をする。
 もしこの部屋にあるという情報が確かなら、あと考えられる可能性としては……。

 あずきは持ってた杖で、賢者を指した。
 賢者がキョトンとした顔をする。

「そこ、どいて」

 杖の先をひょいひょいと、左に動かす。
 賢者があずきに言われるまま横に動くと、その足元で何かが光った。
 ペンダントだ。

「おぉ、これじゃ、これじゃ! 良く分かったのぅ」

 賢者がその場で小躍りする。

「ポケットに穴でも開いてるんじゃない?早めに繕っといたほうがいいよ」

 言ってからあずきは気付いた。

 ――幽霊の服ってどうなってるんだろ。

「おほー、ホントだ! 穴が開いとった。指が出るぞい!」

 探し物が見つかってテンションが上がっているのか、賢者がローブのポケットの穴から指を出してみせる。
 
 ひとしきり喜んだ後、賢者はあずきを真っ直ぐ見た。
 まるで、心の奥底まで見透かすような瞳だ。
 さっきまでのギャグモードはどこ吹く風といった具合だ。

「あずきよ。おぬしならあるいはあの人を救えるかもしれん……」
「何の話?」
「おぬしは見事、ここまでたどり着いた。目ではなく血によってな。であれば、その奥に隠されし真実をも見抜くことができようぞ」
「ちょっと、ご先祖様? 何言ってるかさっぱり分かんないよ?」
「全てわしのせいなのじゃ。わしは何とかあの人を助けたかった。だが、かえって良くない結果を招いてしまった。あの人があぁなってしまったのはわしのせいじゃ。頼む。わしに代わって、闇に魅入られしあの人を取り戻してくれ。おぬしならきっとできる」
「……ご先祖様?」

 賢者エディオンがあずきの手にペンダントをそっと握らせた。
 優しい目だ。

「分かっていて敢えて乗ろう。我が末になら越えられると信じて」
「さっぱり分かんないよ、ご先祖さま」
「ヒントは無し。……自分の感覚を信じれば、自ずと道は開けるじゃろう」
「はいはい」

 あずきには一連の賢者の言葉の意味が、さっぱり分からなかった。
 
 ――でも、分からないように言うってことは、先入観を与えると道をたがえる。ならいっそ、分からない方がいいってことなんだろうな、きっと。

「さて、では用件も済んだことだし、地上まで送ろう。良いかの?」
「あの……ご先祖さまは、ここにいるの?」
「ん? 今のわしは魂魄こんぱくじゃ。この地に縛られることなくどこにでも行ける。優しいの、我が子孫は」

 賢者があずきの頭を撫でる。
 魂だけの存在なので、手を触れることは出来ないが、あずきは確かに、その手の温もりを感じた。

 と、あずきの足元に魔法陣が現れ、発光する。

「さ、行くがよい。お主の旅が無事に終わることを祈っておる。それと、ペンダントを頼んだぞ」
「さよなら、ご……」

 あずきは噴水の中に立っていた。
 既に、足元の魔法陣も消えている。

「……先祖さま」

 ――別れの挨拶も最後までさせてくれないなんて、空気の読めなさはバロウズの血筋ね。

 あずきはフっと笑って箒に跨った。
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