上 下
35 / 59

第35話 思いがけない再会 1

しおりを挟む
【登場人物】
野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本の英国のハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
西園寺祥子さいおんじしょうこ……ルナリア魔法学校中等部二年生。


 山をいくつか越えた辺りで、視界一面に広大な海が飛び込んできた。
 太陽の光が反射し、眩しいくらいに海面がキラキラ光っている。
 魚もふんだんに泳いでいるようで、それを狙ったカモメがたくさん飛んでいるのが見える。

 久々に見た海の美しさに感動しながら箒で飛んでいると、程なく大きな港街が見えてきた。
 
 一時間毎に軽く休憩を取りつつ箒で飛んで来たが、そろそろ本格的に休憩を入れるかと思っていたところに出てきた街だ。 
 太陽の位置からすると、既にお昼を回っているはずだ。

 食人植物ヤ=テベオのところで思いがけず時間を取ってしまったから、暗くなる前に街が出てきてくれたのは正直ありがたい。 
 東京タウンで西園寺さいおんじ夫人から頂いた謝礼金もまだたんまり残っているから食事をするにしても宿泊するにしても、多少の贅沢は出来そうだ。

 規則正しく並ぶオレンジ色の屋根を眼下に眺めつつ、あずきはゆっくりと高度を落とした。
 港街だけあって、マリーナには最新型の船が沢山留まっている。
 ホテルらしき大きな建物も含め、全体的に白壁にオレンジ屋根を乗せた家が多く、教会や灯台、鐘楼といった高めの建物も一揃いあるようだ。

 よく見ると、道もアスファルト製だし、走っている車も最新の物ばかりだ。
 あずきは、山を越えて一気に文明圏に飛び込んだ気がした。

 石畳が綺麗に敷かれた広場にそっと降りたあずきは、その場で体を伸ばした。
 一緒に箒から飛び降りて体を伸ばしていたおはぎが大声を上げる。

「ねね、あれ! あずきちゃん、あれ見てよ!」

 おはぎがしっぽを振り振り、広場の隅に何台か停めてあるキッチンカーの方に向かう。

「ちょっとおはぎ、迷子になっちゃうよ? 勝手に行かないの!」 

 ため息を一つつき、あずきも付いていく。
 
 でも正直、興味はあった。
 なにせ月のキッチンカーだ。
 どんなものを売ってるんだろう。

 見てみると、どの店も盛況で列が長く出来ていた。
 だが、内容はというと、これが普通だった。
 勿論、車本体も設置看板もおしゃれなのだが、売っているものはといえば、ハンバーガーやホットドッグ系の軽食肉料理や、ピザ、パスタ等のイタリアン、台湾屋台料理、エスニック料理、ドリンクやチュロス、クレープやアイス等のスィーツ専門店といった、日本でも見かけるものばかりであった。

「……ケバブ屋さん、あるね」
「たこ焼き屋さんもあったよ」
「……ここ、月だよね」
「観光地の屋台なんてどこだって同じよ。キライリ渓谷で見たでしょ? 魚の塩焼き屋台」
「ひっ!」

 不意に掛けられた後ろからの声に、あずきは反射的に飛び退った。
 見るとそこに、あずきと同じ制服を着た女の子が一人立っていた。
 涼しそうな目元。
 ストレートロングの黒髪。
 見るからにお嬢様然としていて、京人形のような美しさがある。
 
 と、あずきの目が青色の校章に留まった。
 
 ――ひょっとして魔法学校の生徒?
 
「驚かせちゃったかしら。わたしはルナリア魔法学校中等部二年の西園寺祥子さいおんじしょうこ。祖母から連絡を受けて、ここなら会えるかと思って待ち構えていたのよ。読みが当たって良かったわ」
「西園寺って、まさか」
「えぇ。東京タウンで祖母を助けてくれたって聞いてるわよ? ありがとう」

 そうして見ると、西園寺婦人と雰囲気がとてもよく似通っている。
 夫人は、京都で呉服屋をやっていると言っていた。
 その孫たるこの人も、和服が似合いそうだ。
 
「祖母のお礼、というわけでもないけれど、せっかく観光地に来たんだから案内してあげる。クレープでも食べながら、ね」

 祥子がニッコリ笑った。

 ◇◆◇◆◇ 

「ここはヴェンティーマ。ヨーロッパの港街に似てて、こちらでは結構有名な観光地なのよ」

 あずきと祥子は広場の中央に設置されている噴水の縁に腰を掛けて、クレープを食べた。

「後ろを見てご覧なさい。噴水の中央に彫刻があるでしょう? それは、月の女王ルーナリーアと賢者エディオンの像なのよ。賢者エディオンは知ってるわよね?」
「月と地球を繋ぐゲートを開いた人ですよね」
「そう。そのゲートが繋がった月側の地がここ。ここで女王と賢者の初会合が開かれたの」

 噴水に目をやると、その中央に大理石で出来た二体の像が設置されていた。
 月兎族ルナリアンの若く美しい女性と、ローブを着てひざまづく男性だ。
 つまり、これが月の女王と賢者なわけだが、あずきの中で賢者というと老人のイメージがあったが、これは思ったより若かった。
 三十代に見える。

 あずきは像に近寄った。
 賢者の顔をまじまじと眺め……やがて、あずきはため息を一つついた。

「……そういうことか」
「え? なになに? どうしたの? あずきちゃん」

 足元でアイスを食べていたおはぎが、あずきを見上げる。

「ううん、何でもない」

 あずきがおはぎを見て微笑む。

 次にあずきは、月の女王の像に近寄った。
 こちらも、まじまじと眺める。
 女王は足首まで隠れるロングドレスを着、その上に、長い毛皮のマントを羽織っている。
 背中まである長い髪。
 頭には、宝石をいくつもハメた、精緻な意匠を施した王冠が乗っている。
 勿論、白一色の彫像ゆえ実際の色がどんなだったかは想像するしかないが、とても素晴らしく、絵になるような会合だったのだろう。

 そして最後に。
 女王の胸が、ドレスを着てさえ分かるくらい大きかった。
 あずきは苦笑いを浮かべた。

「後で、文句の一つも言ってやらなくっちゃね……」

 ボソっとつぶやく。

「時間はあるんでしょ?」
「え?」

 思わず物思いにふけっていたあずきは、祥子の問いかけに、ふと我に返った。

「この街にうちの別荘があるの。ちょうどいいから泊まっていくといいわ。おばあさまも来てて、あなたに会いたがっていたことだし。それに、制服もボロボロじゃない。ルナリア魔法学校は格式高いのよ? そんな汚れた格好のまま街をうろついていちゃダメ。明日はいよいよルナリアタウンでしょ。その前に、うちで疲れを癒やしていきなさい」
「あ、あの、西園寺……先輩?」
「そうと決まったら、早速行きましょう。ついてらっしゃい」

 祥子が、いつの間にか出した箒に跨り、その場で上昇する。

「行くしかないよね」
「だね」

 あずきも箒にまたがり、空へと飛び上がった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

(完)私の家を乗っ取る従兄弟と従姉妹に罰を与えましょう!

青空一夏
ファンタジー
 婚約者(レミントン侯爵家嫡男レオン)は何者かに襲われ亡くなった。さらに両親(ランス伯爵夫妻)を病で次々に亡くした葬式の翌日、叔母エイナ・リック前男爵未亡人(母の妹)がいきなり荷物をランス伯爵家に持ち込み、従兄弟ラモント・リック男爵(叔母の息子)と住みだした。  私はその夜、ラモントに乱暴され身ごもり娘(ララ)を産んだが・・・・・・この夫となったラモントはさらに暴走しだすのだった。  ラモントがある日、私の従姉妹マーガレット(母の3番目の妹の娘)を連れてきて、 「お前は娘しか産めなかっただろう? この伯爵家の跡継ぎをマーガレットに産ませてあげるから一緒に住むぞ!」  と、言い出した。  さらには、マーガレットの両親(モーセ準男爵夫妻)もやってきて離れに住みだした。  怒りが頂点に到達した時に私は魔法の力に目覚めた。さて、こいつらはどうやって料理しましょうか?  さらには別の事実も判明して、いよいよ怒った私は・・・・・・壮絶な復讐(コメディ路線の復讐あり)をしようとするが・・・・・・(途中で路線変更するかもしれません。あくまで予定) ※ゆるふわ設定ご都合主義の素人作品。※魔法世界ですが、使える人は希でほとんどいない。(昔はそこそこいたが、どんどん廃れていったという設定です) ※残酷な意味でR15・途中R18になるかもです。 ※具体的な性描写は含まれておりません。エッチ系R15ではないです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...