上 下
32 / 59

第32話 隠れ里を抜けて 2

しおりを挟む
 箒が軽い。
 あずきは高度を取って飛んだ。
 眼下には、山と山の隙間を縫うように、線路と道路が走っている。 
 
 新しい杖を通して風の精霊が力を貸してくれるお陰か、ぶっ続けで飛んでても全く疲れを感じない。
 ただ、疲れは感じないが、同じ姿勢を維持してたからか体は凝った。
 
 ――そろそろ休憩取りたいな。

 そんな時だ。
 不意に甘い香りがした。
 おはぎも気付いたらしく、ビクっと体を震わす。
 
 ――風をまとって飛んでいるはずなのに匂いに気づくなんて……。

「あずきちゃん! あれ見て、あれ!」

 あずきの前にお行儀よく座っていたおはぎが、箒の先端まで移動すると、右手で十時方向の山を指差した。
 そこに瑠璃色の絨毯がある。

「何あれ……」
「お花畑だね。匂いの元はあれっぽいね」
 
 山を切り拓いて作ったのか、三百メートル四方ほどの、一面の花畑があった。
 ため息が出るくらい見事に、瑠璃色が咲き誇っている。
 
「これだけの花が咲いていれば、そりゃ匂いもするかぁ。ちょっと降りてみるよ」
「オッケー!」

 あずきは箒の進路をそちらに向け、高度を徐々に落とした。
 観光名所となっているのか、思った以上に人が集まっているのが見える。

「ラベンダー畑……かな」

 あずきも一応女の子だけあって、一面のお花畑を目にし、気分が高揚してくる。
 
 あずきは併設の駐車場に降りた。
 いきなりお花畑に入って、入園料があったら困る。

 駐車場は、日本でも走っていそうな車が普通に停まっており、スペースも結構埋まっている。
 それなりに有名な観光名所なのか、思った以上に観光客がいるようだ。
 よく見ると花畑の中にちゃんと遊歩道が整備されているようで、皆思い思いの場所に立ち止まっては、しきりに写真を撮っている。

「ねね、アイスクリーム屋があるよ。ボク食べたいなぁ」
「おはぎーー。……ナイスアイデア!」

 あずきはアイスを注文しようと、屋台に近寄った。
 屋台の看板に『レモラソフト 二百ルーン』と書かれている。

「レモラ? ラベンダーじゃないの?」
「ん? あんた、地球の人かい?」

 屋台のお兄さんの問いにあずきが頷く。

「レモラってのは、月特産の花でね。まぁでも、見かけも匂いもラベンダーに似てるっちゃ似てるかな。いい匂いだろ。安眠グッズの材料になったり、これで染め織物を作ったりもするんだよ。アイス、食べるかい?」
「一つ下さい」
「一つね。お嬢ちゃん可愛いから、百ルーンでいいよ」
「やった!」

 あずきはおはぎと遊歩道のベンチに座り、二本貰った木のスプーンのアイスを取って、同時にくわえた。

「美味しい!!」

 レモラソフトは、青みがかったソフトクリームだった。
 かすかにレモラの成分が入っている感じはするが、味はごくごく普通だ。
 だが、観光地で食べる高揚感からか、美味しさが増している気がする。

「スマホ、持って来られれば良かったのにね」

 周りの観光客を見ながら、おはぎが言う。

「パジャマのまま来ちゃったもんね。でも、撮ったら撮ったで見せること出来ないってのもあるし」
「お友達に行き先を答えるわけにもいかないか」

 山間を流れる爽やかな風が、あずきの髪を揺らす。
 レモラの花も微かに揺れている。
 日が照っているせいもあって、ポカポカと暖かく、心地よい微風が頬を撫でる。
 
 ――いい気持ち……。

「ボク、眠くなってきちゃった」

 おはぎがベンチの上で一つ伸びをすると、丸くなった。

「ふわぁ……」

 あずきも連日の疲れのせいか、眠くなってきた。

「三十分だけね」

 あずきはベンチに座ったまま、目を閉じた。

 ◇◆◇◆◇ 

 ――なんか、肌が痛い……。

 海水浴で日を浴び過ぎたときのような、皮膚にピリピリ焼けつくような痛みがある。
 
 ――箒で飛んでる間に日に焼けたのかな。

 何だかんだ言って、疲れが溜まっていたのだろう。
 眠りが思った以上に深かったのか、まだ頭がぼんやりする。
 あずきは薄目を開けた。
 暗い。
 あずきのすぐ目の前に壁がある。
 
 ――これ、何だろう……。

 寝ぼけた頭で考えた。
 なぜか、思考がまとまらない。 

 壁はまるで植物の葉のようだった。
 
 ――アロエとかサボテンとかの多肉植物の葉みたい。
 
 そこで初めてあずきは、自分が赤子のように膝を抱えていることに気がついた。
 その状態で、お腹辺りまで水に浸かっている。

 ――違う。このひりつく感じ。これ、水じゃない。まるで、ウツボカズラの中で、ゆっくり溶かされているみたいで……。

 あずきはそこでハっとした。

 ――みたい、どころじゃない! わたし、今まさに溶かされようとしている? やばい、やばい、やばい、やばい!!

 危険、危険!
 あずきの頭の中をエマージェンシーコールが、けたたましく鳴り響く。
 しかし、どうしたわけか、指一本動かせない。

 バフっ。

 あずきのいる密閉空間に、甘い匂いが充満した。
 覚醒し掛けたあずきの意識が再び霧の中に沈み込んでいく。
 
 ――溶かされる。溶かされて食べられちゃう! まずい! まずい!!

 あずきは薄れゆく意識の中で、ブラウニーのミーアママの言葉を思い出した。

『杖に色々仕掛けを施したからね』

 別れ際に教えて貰ったその中の一つ。
 あずきの命が危機にひんしたとき、杖が自動防御モードになる。
 呪文詠唱の必要すらなく、頭の中で考えるだけで強力な自動防御モードが発動する。
 あずきは頭の中で考えた。

 『スビティス エヴァクアティオ(緊急避難)!!』

 杖が強烈に光り輝き、あずきを包み込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

義妹がいつの間にか婚約者に躾けられていた件について抗議させてください

Ruhuna
ファンタジー
義妹の印象 ・我儘 ・自己中心 ・人のものを盗る ・楽観的 ・・・・だったはず。 気付いたら義妹は人が変わったように大人しくなっていました。 義妹のことに関して抗議したいことがあります。義妹の婚約者殿。 *大公殿下に結婚したら実は姉が私を呪っていたらしい、の最後に登場したアマリリスのお話になります。 この作品だけでも楽しめますが、ぜひ前作もお読みいただければ嬉しいです。 4/22 完結予定 〜attention〜 *誤字脱字は気をつけておりますが、見落としがある場合もあります。どうか寛大なお心でお読み下さい *話の矛盾点など多々あると思います。ゆるふわ設定ですのでご了承ください

漂流先の魔法世界で生き残りサバイバル!

大吉祭り
ファンタジー
 高校1年生になった伊藤大樹は、噂話や不思議解明が好きであった。  高校最初の夏休み、海外へ不思議調査に行くのだが、アクシデントが発生し漂流してしまう。  彼がその先で見た景色と経験とは!?  小説投稿サイト、ノベルバでも投稿中です♪

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

処理中です...