29 / 59
第29話 あずきはレベルアップした 1
しおりを挟む
【登場人物】
野咲あずき……十二歳。小学六年生。日本と英国のハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
リーロイ……ブラウニーの男の子。ルーミィの兄。
ルーミィ……ブラウニーの女の子。リーロイの妹。
ミーア……リーロイ、ルーミィの母。ブラウニーの隠れ里の魔法教師。
あずきは湖を背に、桟橋に立った。
岸から二十メートルは離れている。
いざとなれば、湖に飛び込めばいい。
あずきのすぐ横には、白エプロンを付けたブラウニーが立っている。
リーロイとルーミィの母にして、ここヴェルビアの森の魔法教師、ミーアだ。
「あの子は遊んでいるだけ。今までもこういうことはあったわ。それに、魔術師軍団が消火の為にスタンバイしてるから、延焼とかの心配はしなくていい。いい? わたしも一緒にいるから、あなたは魔法のコントロールに専念するのよ」
大きな魔法を行使するときは、身体の中の魔力だけでは賄いきれない。
沼地での戦闘で息切れしたのは、まさにこれだ。
人一人の持つ魔法量など、たかが知れているのだ。
体の中の魔力は起爆剤とコントロール用として使うだけで、魔法そのものは自然界に溢れる魔素を使用する。
あずきはミーアに習ったことを、頭の中で反芻した。
あずきの不安を打ち消そうというのか、ミーアが毛むくじゃらの手であずきの手を握った。
あずきがミーアにうなずく。
「さぁ集中して。知覚を拡散させて」
ミーアの声を聞きながら、あずきは目を閉じた。
身体という境界線を薄めて、そこから知覚を伸ばす。
あずきは寝ているのか起きているのかさえ分からない、光や音さえも消えた世界で、全ての感覚が希薄になり、自分という殻を越えて遥か先まで知覚が広がっていくのを感じた。
「そう、それでいい。次に精霊の気配を探って。今、力を借りたい精霊は何?」
あずきは考えた。
――相手は火属性の生き物なんだから、弱点と言えば水よね。なら今必要なのは、水の精霊の力だ。ちょうどそこに湖があるし。
不意にあずきは、体内の魔法核が大きく開くのを感じた。
次の瞬間、自分が様々な精霊に囲まれていることに気付く。
木にも、岩にも、湖にも。
自分を包む世界のそこかしこに様々な精霊が溢れているのを感じる。
「無事繋がったみたいね。その感覚、忘れちゃダメよ。一度繋がったから次からは楽に繋がるはず。さぁ、精霊と対話するのよ」
ミーアの声が聞こえる。
あずきは暗闇の中で水の精霊を見つけた。
そちらに向かって手を伸ばす。
――わたしに力を貸してくれる?
精霊がうなずく。
「イグナイテッド(着火)!」
あずきは魔法核を起動した。
直結した水の精霊の力が堰を切って流れ込んでくるのを感じる。
――溺れる!!
感覚を共有していたミーアが、あずきの手を強く握る。
「落ち着いて。弁を作って出力をコントロールするの。ゆっくりとよ? だんだん自分の許容量が分かってくるわ。慌てなくていい」
あずきはゆっくり出力を絞った。
――このくらい……かな。よし、これなら何とか扱える。
あずきが精霊との対話に成功したことが分かったミーアが、ニッコリ微笑んであずきの手を離した。
あずきは目を開けた。
あずきの知覚が、森の奥で飛んでいる小火竜を感知する。
――絶対に殺しちゃダメ。ブラウニーの工房の大切な火種だもん。威力を調整して気絶に留めなくっちゃ。
あずきは懐から先端が無残に折れた杖を出し、宙に魔法陣を描いた。
「アクア サジータ デュエット(水の矢連弾)!」
あずきの杖の動きに合わせ、湖から水の矢が十本ほど飛び出した。
火竜に向かって水の矢が飛んでいく。
あずきは杖を顔の前に持ってくると、矢の軌跡をしっかり確認しながら何かぶつぶつ詠唱した。
「ポップ(弾けろ)!」
あずきの放った水の矢が、火竜の直前で弾け、つぶてに変わった。
通常は貫く攻撃だが、それだと火竜に与えるダメージが大きすぎる。
とはいえ、相当な速度が付いた散弾なので、かなり痛いはずだ。
案の定、こちらの存在に気付いて火竜が怒りの咆哮をあげた。
ベビーとはいえ、なかなかの咆哮だ。
怒り狂った火竜が急接近するのを感じる。
目視で確認出来る距離まで来て、火竜が空中で停止する。
その場で羽を羽ばたかせてホバリングしているのが見える。
口を開け、大きく息を吸い込む。
ブレスが来る!
ドン!!
森の中で食らったブレスも大きかったが、怒りのせいか、更に巨大な火球があずき目掛けて高速で接近してくる。
「アクアデウス マヌス(水神の手)!」
あずきはすかさず、宙に魔法陣を描いた。
初めて描くタイプの魔法陣だ。
――でも大丈夫。なんたって、水の精霊に直接教わったもんね。
あずきの呪文に応じ、湖から水で出来た巨大な右手が一本、ぬっと生えた。
その大きさたるや、指の一本一本の長さが二メートルを超えるレベルだ。
あずきは杖を左手に持ち替えると、迫りくるブレスに対し、フリーになってる右手を無造作に振るった。
あずきの動きに合わせるように、湖から生えた巨大な水の手がブレスを叩き落とした。
火球が湖の中ほどに落ち、大爆発が起きる。
十メートルを超える水柱が上がり、辺りに雨かと見紛うほどの激しい水しぶきを撒き散らすが、岸から離れているので被害は無い。
続けて来た二発目、三発目も、あずきは水の手で全て叩き落とした。
あずきは四発目を迎撃するべく身構えたが、一向に来ない。
あずきは注意深く火竜を観察した。
火竜のオーラの色が変わっている。
――ひょっとして息切れしてる? なら!
あずきは右手を火竜に向かって伸ばした。
湖から生えていた水の手が、あずきの腕の動きに合わせ、火竜に向かって伸びていく。
水の手はそのまま息切れしている火竜の横を通り抜け、後ろに回り込んだ。
次の瞬間、あずきは右手を思いっきり振った。
バッチーーン!
水の手による平手打ちをモロに受けた火竜は、凄いスピードで湖に叩き落された。
火竜はやがて湖面に浮き上がってきたが、ピクリとも動かなかった。
気を失っているらしい。
「いっけない、やりすぎたかも!」
「拾ってあげましょう」
あずきとミーアは、近くに停めてあったボートに乗ると、いそいそと小火竜の回収に向かったのであった。
野咲あずき……十二歳。小学六年生。日本と英国のハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
リーロイ……ブラウニーの男の子。ルーミィの兄。
ルーミィ……ブラウニーの女の子。リーロイの妹。
ミーア……リーロイ、ルーミィの母。ブラウニーの隠れ里の魔法教師。
あずきは湖を背に、桟橋に立った。
岸から二十メートルは離れている。
いざとなれば、湖に飛び込めばいい。
あずきのすぐ横には、白エプロンを付けたブラウニーが立っている。
リーロイとルーミィの母にして、ここヴェルビアの森の魔法教師、ミーアだ。
「あの子は遊んでいるだけ。今までもこういうことはあったわ。それに、魔術師軍団が消火の為にスタンバイしてるから、延焼とかの心配はしなくていい。いい? わたしも一緒にいるから、あなたは魔法のコントロールに専念するのよ」
大きな魔法を行使するときは、身体の中の魔力だけでは賄いきれない。
沼地での戦闘で息切れしたのは、まさにこれだ。
人一人の持つ魔法量など、たかが知れているのだ。
体の中の魔力は起爆剤とコントロール用として使うだけで、魔法そのものは自然界に溢れる魔素を使用する。
あずきはミーアに習ったことを、頭の中で反芻した。
あずきの不安を打ち消そうというのか、ミーアが毛むくじゃらの手であずきの手を握った。
あずきがミーアにうなずく。
「さぁ集中して。知覚を拡散させて」
ミーアの声を聞きながら、あずきは目を閉じた。
身体という境界線を薄めて、そこから知覚を伸ばす。
あずきは寝ているのか起きているのかさえ分からない、光や音さえも消えた世界で、全ての感覚が希薄になり、自分という殻を越えて遥か先まで知覚が広がっていくのを感じた。
「そう、それでいい。次に精霊の気配を探って。今、力を借りたい精霊は何?」
あずきは考えた。
――相手は火属性の生き物なんだから、弱点と言えば水よね。なら今必要なのは、水の精霊の力だ。ちょうどそこに湖があるし。
不意にあずきは、体内の魔法核が大きく開くのを感じた。
次の瞬間、自分が様々な精霊に囲まれていることに気付く。
木にも、岩にも、湖にも。
自分を包む世界のそこかしこに様々な精霊が溢れているのを感じる。
「無事繋がったみたいね。その感覚、忘れちゃダメよ。一度繋がったから次からは楽に繋がるはず。さぁ、精霊と対話するのよ」
ミーアの声が聞こえる。
あずきは暗闇の中で水の精霊を見つけた。
そちらに向かって手を伸ばす。
――わたしに力を貸してくれる?
精霊がうなずく。
「イグナイテッド(着火)!」
あずきは魔法核を起動した。
直結した水の精霊の力が堰を切って流れ込んでくるのを感じる。
――溺れる!!
感覚を共有していたミーアが、あずきの手を強く握る。
「落ち着いて。弁を作って出力をコントロールするの。ゆっくりとよ? だんだん自分の許容量が分かってくるわ。慌てなくていい」
あずきはゆっくり出力を絞った。
――このくらい……かな。よし、これなら何とか扱える。
あずきが精霊との対話に成功したことが分かったミーアが、ニッコリ微笑んであずきの手を離した。
あずきは目を開けた。
あずきの知覚が、森の奥で飛んでいる小火竜を感知する。
――絶対に殺しちゃダメ。ブラウニーの工房の大切な火種だもん。威力を調整して気絶に留めなくっちゃ。
あずきは懐から先端が無残に折れた杖を出し、宙に魔法陣を描いた。
「アクア サジータ デュエット(水の矢連弾)!」
あずきの杖の動きに合わせ、湖から水の矢が十本ほど飛び出した。
火竜に向かって水の矢が飛んでいく。
あずきは杖を顔の前に持ってくると、矢の軌跡をしっかり確認しながら何かぶつぶつ詠唱した。
「ポップ(弾けろ)!」
あずきの放った水の矢が、火竜の直前で弾け、つぶてに変わった。
通常は貫く攻撃だが、それだと火竜に与えるダメージが大きすぎる。
とはいえ、相当な速度が付いた散弾なので、かなり痛いはずだ。
案の定、こちらの存在に気付いて火竜が怒りの咆哮をあげた。
ベビーとはいえ、なかなかの咆哮だ。
怒り狂った火竜が急接近するのを感じる。
目視で確認出来る距離まで来て、火竜が空中で停止する。
その場で羽を羽ばたかせてホバリングしているのが見える。
口を開け、大きく息を吸い込む。
ブレスが来る!
ドン!!
森の中で食らったブレスも大きかったが、怒りのせいか、更に巨大な火球があずき目掛けて高速で接近してくる。
「アクアデウス マヌス(水神の手)!」
あずきはすかさず、宙に魔法陣を描いた。
初めて描くタイプの魔法陣だ。
――でも大丈夫。なんたって、水の精霊に直接教わったもんね。
あずきの呪文に応じ、湖から水で出来た巨大な右手が一本、ぬっと生えた。
その大きさたるや、指の一本一本の長さが二メートルを超えるレベルだ。
あずきは杖を左手に持ち替えると、迫りくるブレスに対し、フリーになってる右手を無造作に振るった。
あずきの動きに合わせるように、湖から生えた巨大な水の手がブレスを叩き落とした。
火球が湖の中ほどに落ち、大爆発が起きる。
十メートルを超える水柱が上がり、辺りに雨かと見紛うほどの激しい水しぶきを撒き散らすが、岸から離れているので被害は無い。
続けて来た二発目、三発目も、あずきは水の手で全て叩き落とした。
あずきは四発目を迎撃するべく身構えたが、一向に来ない。
あずきは注意深く火竜を観察した。
火竜のオーラの色が変わっている。
――ひょっとして息切れしてる? なら!
あずきは右手を火竜に向かって伸ばした。
湖から生えていた水の手が、あずきの腕の動きに合わせ、火竜に向かって伸びていく。
水の手はそのまま息切れしている火竜の横を通り抜け、後ろに回り込んだ。
次の瞬間、あずきは右手を思いっきり振った。
バッチーーン!
水の手による平手打ちをモロに受けた火竜は、凄いスピードで湖に叩き落された。
火竜はやがて湖面に浮き上がってきたが、ピクリとも動かなかった。
気を失っているらしい。
「いっけない、やりすぎたかも!」
「拾ってあげましょう」
あずきとミーアは、近くに停めてあったボートに乗ると、いそいそと小火竜の回収に向かったのであった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
雨梁探偵部事件ノートX~ファンタニジアクエスト~
はぐるま さいき
ファンタジー
表紙、挿絵は絵が上手くなったらちゃんとしたの入れます。
月曜更新の予定です。只今休載中。雨梁探偵部事件ノート1も同じ登場人物で書いてるのでそちらで暇潰しといてください。
感想くれると喜んで返信します。
翼達は悟の叔父の会社が作った次世代体験型ゲームの試作品を試すことに。そのゲーム機「スフィア」は各所にセンサーの付けられた直径3m以上の球体の中にセンサーが各所に付けられた服とVRを装着して入ることにより、歩く、走る、などの動作により魔法世界を冒険できるRPGであった。果たして彼らは謎を解き集め、世界を救うことはできるのか⁉
ハプスブルク家の姉妹
Ruhuna
ファンタジー
ハプスブルク家には美しい姉妹がいる
夜空に浮かぶ月のように凛とした銀髪黒眼の健康な姉
太陽のように朗らかな銀髪緑眼の病弱な妹
真逆な姉妹だがその容姿は社交界でも折り紙付きの美しさだった
ハプスブルク家は王族の分家筋の準王族である
王族、身内と近親婚を繰り返していた
積み重なったその濃い血は体質だけではなく精神も蝕むほどの弊害を生み出してきているなど
その当時の人間は知る由もない
レディース異世界満喫禄
日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。
その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。
その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!
【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~
椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。
しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。
タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。
数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。
すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう!
手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。
そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。
無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。
和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる