月光旅譚 ~あずきとおはぎと月の女王~ 

雪月風花

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第27話 ブラウニーの隠れ里 1

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【登場人物】
野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本と英国のハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
リーロイ……ブラウニーの男の子。ルーミィの兄。
ルーミィ……ブラウニーの女の子。リーロイの妹。


 ブラウニーの隠れ里は、結界に阻まれて普通の人には近寄ることさえ出来ない、キライリ渓谷の深奥部を更に進んでいったところにあるという。
 
 彼らブラウニー族は普段、森の隠れ里に棲んでいるのだが、半年に一度くらいのペースで都会に交易に出てくる。

 彼らの持ってくるのは主に木工細工や鋳物の民芸品、それに宝飾品類だ。
 手先が器用なだけあってその製品はどれもとても見事な出来栄えとなっており、高値で売買される。

 そして、やはりどんな世界にも名人はいるようで、匠の作品ともなるととんでもない額で取り引きされるという。
 そうやって彼らは、半年に一度、普段森で得られない都会産のものを入手して帰っていく。 
 少なくともあずきはサマンサからの説明で、そう聞いていた。

 ところが、いざ隠れ里への入り口となるキライリ渓谷駅で降りてみると、あずきたちの眼前に広がる光景は聞いていた話とまるで違っていた。

 まず、キライリ渓谷駅で降りる人があずきの想像以上に多かった。
 大勢の観光客に混じって駅を出ると、顔出し看板を店頭に置いた観光案内所があり、土産物屋や飲食店が通りに沿ってこれでもかと並んでいる。
 それを横目に見ながら、皆ぞろぞろと、渓谷に掛かった吊り橋を目指して歩いていく。

 いわゆる映えスポットのようで、吊り橋の上では、大勢の観光客がしきりに写真を撮っている。

 あずきも肩におはぎを乗せると、人の波に流されるように、観光客に混じって歩いた。
 その足元を、ちょこちょことブラウニーの兄妹が歩いて付いてくる。

 吊り橋のたもとには川へと降りる階段があり、そこを降りていくと川下り用の船が何艘も待機しており、そこも順番待ちで長蛇の列で人がいっぱい並んでいた。

 中でも、家族連れの観光客の多くは、パパを川下り船の列に並ばせておいて、ママと子どもたちが近くに設置された屋台で魚の塩焼きを人数分購入するという、分業制を取っていたりもしていた。

 だが、何に驚いたって、観光案内所で観光客相手に説明をしているのも、土産物屋の呼び込みをやっているのも、飲食店で働いているのも、川下りの船頭をやっているのも、みんな身長一メートルにも満たない茶色い毛玉のかたまり、つまりブラウニーだったということだ。

「隠れ里でひっそり暮らしているはずが、思いっきり観光地化してるじゃん!」
「だねぇ……」

 小声のあずきに、おはぎが呼応する。

「やっぱり懐事情ふところじじょうが深刻になっちゃうのかな、半年に一回の交易だけだと」
「見た感じ、人口がそれなりにありそうだしねぇ」
「先祖が観光資源を残してくれたことだし、そりゃフル活用するよね。里のみんなの生活掛かってるもん」
「世知辛い話だなぁ」

 おはぎがため息をつく。

「ダムダおじさん!!」

 突如、ブラウニーの兄妹が走り出す。
 二人して、上半身が青い法被はっぴ一枚、下半身は白のふんどしのぬいぐるみ、もとい、船頭に飛び付いた。

「うぉ? リーロイとルーミィでねぇが! お前らしばらく見てながったが、どこか行ってただか?」

 二人してわんわん泣きながら抱きついている。

「こら、二人とも落ぢ着けって! 分がった、分がったから!」
「あの……もしかしてこの二人の親戚の方ですか?」

 あずきが近寄る。

「はぁ。んだすが、あんたは?」
「良かった。わたし、東京タウンで置いてけぼりになってた二人を送って来たんです」
「あんれまあ。そいづはどうも。甥と姪がすっかり世話になっぢまったようで」
「いえいえ。無事お届け出来て良かったです。ではわたしはこれで。リーロイ、ルーミィ、元気でね!」

 あずきは兄妹に小さく手を振り、駅に向かって歩き出した。

「待った待った! 恩人をこのまま帰すわけにもいがねぇ。せめてこいつらの家に寄ってってけろや」
「そうだよ、あずき。お父さんの技術、見てってよ」
「そうだよ、あずき。お母さんの料理、食べてってよ」

 あずきはリーロイとルーミィに強引に手を引っ張られ、船着場ふなつきばまで来た。
 あずきはこういう強引なタイプに弱くもあるのだが、実は密かにブラウニーの生態にも興味があった。
 どんな家に住んでいるのか、どんな暮らしをしているのか、とても興味があった。

「あれ? こっちの船じゃないんですか?」

 あずきの案内されたのは、船体が長い川下り用の木舟では無く、少し小さな四、五人乗りの船だった。

「あぁ、あれは観光客用だでな。ちょっと狭いかもしれんが、勘弁してけろ」

 ダムダは操縦席に着くと、手慣れた様子でハンドルを動かし、船を出発させた。
 動き出してすぐ、あずきは魔法の反応を感じた。 
 船尾にモーターが付いている様子は無いので、何らかの魔法で動かしているのだろう。

 あずきの乗った船は、しばらく川下り船と同じコースを辿った。
 川下り船は川の流れ自体を推進力とし、竿を使って船を操る。
 船頭が茶色いぬいぐるみであることを除けば、観光地の川下り船と同じだ。

 ちょうど並走した川下り船の観光客が、あずきたちに向かって手を振る。
 あずきも何だかテンションが上がって、観光客に向かって手を振り返した。
 しばらく並走した後、本流を行く川下り船と別れ、ボートは支流に入った。

 川幅がどんどん狭くなる。
 両岸に茂る葦が壁となり、視界をどんどん奪っていき、やがて葦は頭上まで覆って完全にトンネルと化した。
 
 いい加減あずきが息苦しさを感じた頃、ふっと視界が開けた。

 そこは湖だった。
 まだ昼のはずなのに、上空をすっかり木々に覆われて、まるで夜のように暗い。
 
 ゆっくり船が進み、船着き場で船を降りると、あずきの眼前には広大な森が広がっていた。
 森を見たあずきの足が止まる。

 夜のような暗い世界の中、地上に樹上にと、いくつも木製の小屋が建っており、それらを沢山の吊り橋やハシゴが繋いでいる。
 そんな中、そこかしこに生えているキノコが淡く光を放ち、ランプのような優しい明るさを確保している。

 あずきは、目の前に広がる息を飲むほど幻想的な風景に、そっとため息をついた。
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