上 下
10 / 59

第10話 夏休みっちゃ田舎でしょ 2

しおりを挟む
 祖父の熱烈なハグから解放されて、ようやく祖父をまじまじと見ることが出来たあずきは、軽くため息をついた。

「ねぇおじいちゃん。その恰好で来たの?」
「ん? おぉ、楽でいいんじゃよ。似合っとるじゃろ?」

 祖父の本日の恰好は、上は白のランニングで下はベージュの作業ズボン。足元は泥で汚れた黒長靴という、典型的な農業従事者のソレだった。
 英国にいた頃は毎日のように有名どころの高級スーツを着ていただろうに、今の服装は上から下まで、そこらの作業着専門店で安く売っている代物だ。
 今の家の敷地内に畠を作っているので、作業後、そのまま来たのだろう。

 祖母オリヴィアも、祖父同様白髪が目立つようになってはいるが、若い頃はモデルをしていただけあって、品のいい歳の取り方をしたようで、その美貌は健在だ。
 その祖母、英国老婦人はといえば、地方の小さな婦人服屋さんに置いてありそうな、どう見ても日本製の紫色のちりめんジャケットを着ている。
 祖父母揃って、色々台無しだ。

 ――ま、二人がその服を気に入ってるんならいいんだけどさ。

 ここまで来てお分かりかと思うが、あずきはハーフだ。
 地方大学で教授をしている冴えないヒョロガリ眼鏡の日本人の父と、純英国産金髪美人である母の間に生まれた日本と英国のハーフ。
 そう聞くと、どう想像するだろう。
 
 ハリウッドのファンタジー映画にでも出てきそうな金髪美少女だろうか。
 祖父母は富豪で、父の知能と母の美貌を受け継いだ、生まれながらの勝ち組美少女だとでも?

 だが残念。あずきの髪は金じゃない。黒だった。
 一応、肩甲骨まであるその髪は、母がまめに手入れしてくれてるだけあって天使の輪が浮いているが、あくまで黒。
 ブロンドではない。
 鼻も低く、典型的な鼻ぺちゃ。
 目は愛嬌のあるアーモンドアイだが、その色は、蒼ではなく黒だ。
 ついでに言うと、成績も中の下といった程度でパっとしない。
 
 もしあずきをよくある六角形のステータス表に当てはめるなら、全部の値が中間に来るだろう。
 実に平均的で、没個性だ。

 パパ、野咲のざき家の血が完勝した結果、どの角度から見ても、あずきに英国の血が混じっている雰囲気は皆無となった。
 名前も『野咲あずき』と純和風にしたお陰で、あずきがハーフだと誰も信じてくれない。
 低学年の頃、あずきは何かの折に学校でハーフだと告白したことがあったが、当然のことながら大爆笑された。
 お陰で今でもこの告白は、あずきの中で一生の不覚となっている。

「よく来たわね、あずきちゃん。元気だった?」
「うん、元気元気。あ、これ、ママから」

 祖母に、地元の銘菓が入った紙袋を渡す。

「あら、ありがとう。これ、大好きなのよ。おやつの時間に一緒に食べましょ」

 三人して、ロータリーに停まっていた白い軽トラックに一緒に乗り込んだ。
 お互いの近況報告をしながらも車は街を抜け、山の中に入っていく。
 と言っても、メインで喋っているのは運転担当の祖父で、それに答えるあずき、そのやり取りをニコニコ微笑んでうなずく祖母、といった感じだ。

 祖父は、木々が生い茂る田舎道をひたすら山に向かって車を走らせた。
 あずきはクーラーを切って車の窓を開けた。
 気持ちの良い風が車内を吹き抜ける。
 陽が照ってはいるものの、実家のうだるような暑さとは違う、高原ならではの涼しさを感じる。

「にゃあ」

 ――いっけない、忘れてた!

 あずきは慌てて、足元に置いたボストンバッグを開けた。
 黒猫のおはぎが、すかさずあずきの膝に飛び乗る。

「あら。おはぎ、付いてきちゃったのね」

 祖母があずきを見て笑う。

「まぁ半月程度のことだし、家の中にいれば迷うことも無いでしょ。今のうちにママに連絡しておきなさい」
「はーい」

 駅を出発してきっかり一時間後。
 車は薄緑色のとんがり屋根の乗った、瀟洒しょうしゃな二階建て洋館の前に着いた。
 目の前に、反対側が見えないくらい大きな湖が広がる。
 ここが今の祖父母の家だ。

 ここに来るとあずきはいつも思う。まるで外国のようだと。
 外国の小説の挿絵に書いてある田舎の風景。
 勿論、あずきは渡航経験が無いので想像に過ぎないけれど。

 両親が合流するまでの半月、あずきはここで祖父母と三人で過ごすことになる。

 ――ママに後で怒られないよう宿題は毎日欠かさずやるつもりだけど、祖父母のことだ、毎日のように色々遊びに連れてってくれるだろう。とりあえず、絵日記のネタは切らさずに済みそうかな。

 軽トラから降りて玄関前まで行ったところで、横から五十CCの配達用バイクに乗った女性が滑り込んできた。

「あら、美琴ちゃん。待たせちゃったかしら?」
「いいえ、ちょうど今来たところですよ」

 近所の鮨屋『月乃つきの』の一人娘、美琴みことだ。
 祖父母の家に行くときは、だいたい一回は、この出前が発生する。

 『月乃美琴つきのみこと』は二十歳はたちそこそこの美人さんで、祖父母の家に来る度に会うようになったので、一人娘のあずきにとっては年に何度か会う、歳の離れたお姉さんといった存在だ。
 何度も結婚の話が出ているものの、いまだに話がまとまらないらしい。
 条件が厳しいんだろうか。

「美琴姉ちゃん!」
「大きくなったわね、あずきちゃん」

 あずきは美琴にギュっと抱きしめられた。

 ――う、胸で圧死しそう。会う度に胸が大きくなってる気がするぞ。

「再会を祝いたいけど、出前の注文がかち合っちゃってちょっと忙しいのよね」

 美琴はあずきに大きな寿司桶を一つ渡した。
 見るからに美味しそうなお寿司が、桶一杯に詰まっている。

「そっかー。でも夏休み中に遊ぶ機会、あるよね」
「もっちろん!」

 あずきの問いに美琴はニッコリ笑って大きくうなずくと、バイクを走らせ、お店に戻っていった。

「ようこそ、お祖母ちゃんの家へ。早速出来立てのお寿司でお昼ご飯にしましょ」

 祖母が玄関の扉を開けながらあずきの方に振り返り、優しそうに微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

(完)私の家を乗っ取る従兄弟と従姉妹に罰を与えましょう!

青空一夏
ファンタジー
 婚約者(レミントン侯爵家嫡男レオン)は何者かに襲われ亡くなった。さらに両親(ランス伯爵夫妻)を病で次々に亡くした葬式の翌日、叔母エイナ・リック前男爵未亡人(母の妹)がいきなり荷物をランス伯爵家に持ち込み、従兄弟ラモント・リック男爵(叔母の息子)と住みだした。  私はその夜、ラモントに乱暴され身ごもり娘(ララ)を産んだが・・・・・・この夫となったラモントはさらに暴走しだすのだった。  ラモントがある日、私の従姉妹マーガレット(母の3番目の妹の娘)を連れてきて、 「お前は娘しか産めなかっただろう? この伯爵家の跡継ぎをマーガレットに産ませてあげるから一緒に住むぞ!」  と、言い出した。  さらには、マーガレットの両親(モーセ準男爵夫妻)もやってきて離れに住みだした。  怒りが頂点に到達した時に私は魔法の力に目覚めた。さて、こいつらはどうやって料理しましょうか?  さらには別の事実も判明して、いよいよ怒った私は・・・・・・壮絶な復讐(コメディ路線の復讐あり)をしようとするが・・・・・・(途中で路線変更するかもしれません。あくまで予定) ※ゆるふわ設定ご都合主義の素人作品。※魔法世界ですが、使える人は希でほとんどいない。(昔はそこそこいたが、どんどん廃れていったという設定です) ※残酷な意味でR15・途中R18になるかもです。 ※具体的な性描写は含まれておりません。エッチ系R15ではないです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...