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第41話 雪上の攻防
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「……なに?」
悪魔の書を構えるユリアーナの足元に、いつの間にか人影が立っていた。
といっても身長は五十センチほど。アルとどっこいどっこいだ。
それはバレリーナの形をした操り人形だった。ただし、糸が繋がっている様子はない。
全身はニット地で目は紺色のボタン。金色の毛糸で作られた髪をアップにし、真っ白いチュチュを着ている。
素人が作った人形のように全体的にいびつだが、ユリアーナの傍でまるで生き物のようにちょこちょこと動いている。
絶対にユリアーナが動かしているんじゃない。コイツは意思を持っている!!
だがわたしは、人形自身の薄気味悪さより、人形からにじみ出る何かを感じ、総毛立った。
わたしの感じたもの――それは、何百という数の、人の魂の残滓だったのだ。
「あんた……あんたまさか!!」
『あいつ……やりやがった!!』
叫ぶわたしの頭の中で、引っ込んだはずのアルのつぶやきが聞こえた。
わたしの反応を見たユリアーナが、ニチャアっと笑った。
「可愛いでしょ? 名前はドロシー。ちゃあんと一から全部、私が縫ったのよ?」
「中身は! 中身はどうしたの!」
バレリーナ人形――ドロシーをヒョイっと抱えたユリアーナは、チュチュをめくってお腹の辺りをわたしに向かって見せた。
人形のくせにくすぐったいとでもいうのか、ドロシーが身体をよじる。
わたしはドロシーの腹に描かれた模様を見て戦慄した。
それはかつて、ゼフリアの教師・マティアス=ヒューゲルがアラル川の中州にて描きかけた巨大魔法陣をそのまま小さくしたものだった。
自分の顔が血の気を失っていくのがはっきりと感じられる。
「キャプティス(捕獲)……、アグレガツィオ(集約)……、コンベルシオ(変換)……」
「よくご存じで。そう。人の魂を大量に捕獲し、集約して、ぐっちゃんぐっちゃんに混ぜて、人造の魂として変換作成したもの。お姫さまの推測通りだわね。これが人造悪魔よ。可愛いでしょ? オーッホッホッホッホ!!」
わたしにショックを受けさせたという偉業達成が誇らしいのか、魔女ユリアーナが高笑いをする。
対照的に、激しい怒りが一瞬でわたしの全身を包み込んだ。
怒髪天を衝くとはこのことだ。
「あんた、それだけの量の魂をどこから持ってきたの!!」
「それ言わせる? サムラの街の失踪者に決まっているじゃない。約三百名、綺麗さっぱりこの子の中に入れたわよ。それがどうかした?」
ブチン。
「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
あまりの怒りにわたしは絶叫した。
それに対し、ユリアーナは歓喜の表情を浮かべると、悪魔の書を構えた。
パペットが横でちょこちょこと踊る。
「そんなに激高しなくっても今すぐ殺してあげるわよ、お姫さま! さぁ、我が敵を食い殺せ!! ダンテ ゲール(疾風の牙)!」
真っ白い毛皮に黒い斑点。
魔女ユリアーナの描いた魔法陣から体長四メートルはあろうかという雪豹が何匹も飛び出すと、一斉にわたしに襲いかかってきた。
これは一般的な雪豹ではなくユリアーナがオリジナルをモチーフに作り出した魔法生物なので、大きさも速度も攻撃力も倍増している。
一撃でも食らえば、ゴッソリ肉を持っていかれて即死するレベルの凶悪さだ。
「絶対に許さないんだから!!」
懐からピンク色の短杖を取り出したわたしは、宙に小さな魔法陣を描いた。
悪魔の書と戦うのに通常の杖では心もとないが、仕方がない。
魔力を使い切ったと言ったが、悪魔の書を喚び出せるほどの魔力量がないだけで、全く魔法が使えないわけではない。
常時展開型の防御壁など魔力を垂れ流している部分があるので、それをさっ引くと言うほど魔法が使えないことは確かだが、わたしには他にも色々戦う手段がある。
それがこれだ。
「メンブラフェロー(鋼鉄の四肢)」
出現した魔法陣が、わたしの両手両足に貼りついて消える。
その場でヒョイっと飛び上がったわたしは襲ってきた雪豹を鋼鉄と化した右足で思いっきり蹴り飛ばすと、次いで襲ってきた雪豹を左ストレートで吹っ飛ばした。
手足に貼りつけた魔法陣には魔法解除機能をほどこしてあるので、迎撃した雪豹がスーっと霞のように消える。
「あらあら、魔法に武術で対抗しようっていうの? そんな悪あがき、いつまで続くかしら? ほぉら!」
わたしの背後に、いきなり何かの気配が現れた。
「なに!?」
ブゥゥンっ!!
慌てて振り返ったわたしの顔面めがけて、巨大な右拳が唸りをあげて飛んできた。
身体をひねってギリギリ避けたわたしの鼻先を、圧倒的な質量が通りすぎる。
切り株ほどもある太い氷の腕に、わたしの顔が一瞬写る。
身長五メートルもある氷でできた巨大なボディ。アイスゴーレムだ。
巨体の割にフットワークが軽く、そこらのボクサー並みにパンチを次々と放ってくる。
そんなものまかり間違って身体に当たろうものなら、一発で内臓が破裂する。
「性格悪いわね!!」
左から飛びかかってきた雪豹を右の廻し蹴りで吹っ飛ばしたわたしは、続いて襲ってきたアイスゴーレムのパンチを間一髪よけると、一気にその身体を駆け登って上を取った。
ゴーレムは核さえ壊せば土に戻る。
アイスゴーレムも同様だ。
「そこ! てりゃぁぁぁぁぁぁああああ!!」
空中でセンシングして右肩に核をみつけたわたしは、核の辺りを狙って踵落としを放った。
ドゴゴゴゴゴゴゴォォォォォン!!
核を砕かれたアイスゴーレムが地響きを立てて崩れ落ちた。
どうやら仕込んでいたアイスゴーレムはこれ一体だけだったらしい。
だが、ホっとしたのも束の間、またも吹雪を縫って雪豹が襲ってきた。
気を抜く暇もない。
吹雪で視界の悪い中、わたしは黒いゴスロリ服を揺らしながら、前後左右に自在に動き回りながら雪豹を迎撃した。
足が止まったら終わりだ。
とはいえ、足元の悪い中で飛び跳ね、地道に一匹一匹雪豹を消すのは意外と疲れる。
「よし、これで最後っと! あ痛っ!」
「あらあら、防御壁がかなり薄くなってるみたいよ? 大丈夫ぅ?」
わたしの額からツツっと一筋、血が流れた。
氷つぶてだ。
反射的に両腕で頭をかばうと、それを待っていたかのように、がら空きになったわたしの胴に氷つぶてがバシバシと当たる。
「くっ!」
こちらが夢中になってアイスゴーレムや雪豹を迎撃している間に、ユリアーナは吹雪に大量に氷つぶてを混ぜていたのだ。
そうやってこちらの残り少ない魔力をちまちま削って、丸裸にするつもりだろう。
「ウザったい!」
とはいえ、この削り攻撃は思った以上に効いた。
なにせ氷つぶてが当たる度に、ダメージを通すまいと防御壁が余計に魔力を持っていくのだ。
想定より早く魔力が減っていく。
ユリアーナの狙い通りどんどん防御壁が薄くなり、身体のはしばしに氷つぶてが当たるようになってきた。
威力は弱められているものの、痛みは地味に蓄積する。
最終戦闘モード前にできる限りユリアーナの魔力を消費させたかったけど、この辺りが限界か。
「ほっほっほ! もうそろそろかしら? 真っ白な雪の上にお姫さまの高貴な血が大量に流れたら素敵だと思わない? 引き裂かれた四肢がばら撒かれたらどんなに綺麗でしょう! 想像するだけでとても興奮するわね!」
ユリアーナの足元で嬉しさの表現のつもりか、人形が軽やかに踊る。
「……さぁ、そろそろ終わりにしましょうか。グラーチェス エトニクス クールス(氷雪の舞)!!」
突如、わたしを囲むかのように吹雪が渦を巻いた。
しかも、中心にいるわたしに向かってゆっくりゆっくりと迫って来る。
ふと、吹雪に潜む、何か光るものに気づき、目をこらす。
「なに!?」
台風並みの風速の吹雪の中に大量に入り混じったキラキラ光る何か――それは刃だった。
刃の形状をした氷の粒が吹雪に混じって猛スピードで飛んでいるのだ。
防御壁すら満足に張れなくなった今のわたしがこんなものを食らおうものなら、あっという間にズタズタのボロボロになるだろう。
生きていられるか怪しいものだ。
「さすがに今これを食らうわけにはいかないわね。んじゃ、そろそろ行くわよ、アル! 白の仮面!!」
『あいよ!!』
金色の左目に刻まれた六芒星が光を放つと、まるでそこに太陽が出現したかのように、わたしの身体が光り輝いた。
絶対に、内なる悪魔に主導権を渡すんじゃないわよ! 気合入れろ、わたし!!
「なに!? 何をしようとしているの!?」
魔女ユリアーナがいぶかしむ声が聞こえる。
光に包まれたわたしは、右足をスっと上げると、鋭い呼吸とともに思いっきり足元の雪を踏みつけた――。
悪魔の書を構えるユリアーナの足元に、いつの間にか人影が立っていた。
といっても身長は五十センチほど。アルとどっこいどっこいだ。
それはバレリーナの形をした操り人形だった。ただし、糸が繋がっている様子はない。
全身はニット地で目は紺色のボタン。金色の毛糸で作られた髪をアップにし、真っ白いチュチュを着ている。
素人が作った人形のように全体的にいびつだが、ユリアーナの傍でまるで生き物のようにちょこちょこと動いている。
絶対にユリアーナが動かしているんじゃない。コイツは意思を持っている!!
だがわたしは、人形自身の薄気味悪さより、人形からにじみ出る何かを感じ、総毛立った。
わたしの感じたもの――それは、何百という数の、人の魂の残滓だったのだ。
「あんた……あんたまさか!!」
『あいつ……やりやがった!!』
叫ぶわたしの頭の中で、引っ込んだはずのアルのつぶやきが聞こえた。
わたしの反応を見たユリアーナが、ニチャアっと笑った。
「可愛いでしょ? 名前はドロシー。ちゃあんと一から全部、私が縫ったのよ?」
「中身は! 中身はどうしたの!」
バレリーナ人形――ドロシーをヒョイっと抱えたユリアーナは、チュチュをめくってお腹の辺りをわたしに向かって見せた。
人形のくせにくすぐったいとでもいうのか、ドロシーが身体をよじる。
わたしはドロシーの腹に描かれた模様を見て戦慄した。
それはかつて、ゼフリアの教師・マティアス=ヒューゲルがアラル川の中州にて描きかけた巨大魔法陣をそのまま小さくしたものだった。
自分の顔が血の気を失っていくのがはっきりと感じられる。
「キャプティス(捕獲)……、アグレガツィオ(集約)……、コンベルシオ(変換)……」
「よくご存じで。そう。人の魂を大量に捕獲し、集約して、ぐっちゃんぐっちゃんに混ぜて、人造の魂として変換作成したもの。お姫さまの推測通りだわね。これが人造悪魔よ。可愛いでしょ? オーッホッホッホッホ!!」
わたしにショックを受けさせたという偉業達成が誇らしいのか、魔女ユリアーナが高笑いをする。
対照的に、激しい怒りが一瞬でわたしの全身を包み込んだ。
怒髪天を衝くとはこのことだ。
「あんた、それだけの量の魂をどこから持ってきたの!!」
「それ言わせる? サムラの街の失踪者に決まっているじゃない。約三百名、綺麗さっぱりこの子の中に入れたわよ。それがどうかした?」
ブチン。
「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
あまりの怒りにわたしは絶叫した。
それに対し、ユリアーナは歓喜の表情を浮かべると、悪魔の書を構えた。
パペットが横でちょこちょこと踊る。
「そんなに激高しなくっても今すぐ殺してあげるわよ、お姫さま! さぁ、我が敵を食い殺せ!! ダンテ ゲール(疾風の牙)!」
真っ白い毛皮に黒い斑点。
魔女ユリアーナの描いた魔法陣から体長四メートルはあろうかという雪豹が何匹も飛び出すと、一斉にわたしに襲いかかってきた。
これは一般的な雪豹ではなくユリアーナがオリジナルをモチーフに作り出した魔法生物なので、大きさも速度も攻撃力も倍増している。
一撃でも食らえば、ゴッソリ肉を持っていかれて即死するレベルの凶悪さだ。
「絶対に許さないんだから!!」
懐からピンク色の短杖を取り出したわたしは、宙に小さな魔法陣を描いた。
悪魔の書と戦うのに通常の杖では心もとないが、仕方がない。
魔力を使い切ったと言ったが、悪魔の書を喚び出せるほどの魔力量がないだけで、全く魔法が使えないわけではない。
常時展開型の防御壁など魔力を垂れ流している部分があるので、それをさっ引くと言うほど魔法が使えないことは確かだが、わたしには他にも色々戦う手段がある。
それがこれだ。
「メンブラフェロー(鋼鉄の四肢)」
出現した魔法陣が、わたしの両手両足に貼りついて消える。
その場でヒョイっと飛び上がったわたしは襲ってきた雪豹を鋼鉄と化した右足で思いっきり蹴り飛ばすと、次いで襲ってきた雪豹を左ストレートで吹っ飛ばした。
手足に貼りつけた魔法陣には魔法解除機能をほどこしてあるので、迎撃した雪豹がスーっと霞のように消える。
「あらあら、魔法に武術で対抗しようっていうの? そんな悪あがき、いつまで続くかしら? ほぉら!」
わたしの背後に、いきなり何かの気配が現れた。
「なに!?」
ブゥゥンっ!!
慌てて振り返ったわたしの顔面めがけて、巨大な右拳が唸りをあげて飛んできた。
身体をひねってギリギリ避けたわたしの鼻先を、圧倒的な質量が通りすぎる。
切り株ほどもある太い氷の腕に、わたしの顔が一瞬写る。
身長五メートルもある氷でできた巨大なボディ。アイスゴーレムだ。
巨体の割にフットワークが軽く、そこらのボクサー並みにパンチを次々と放ってくる。
そんなものまかり間違って身体に当たろうものなら、一発で内臓が破裂する。
「性格悪いわね!!」
左から飛びかかってきた雪豹を右の廻し蹴りで吹っ飛ばしたわたしは、続いて襲ってきたアイスゴーレムのパンチを間一髪よけると、一気にその身体を駆け登って上を取った。
ゴーレムは核さえ壊せば土に戻る。
アイスゴーレムも同様だ。
「そこ! てりゃぁぁぁぁぁぁああああ!!」
空中でセンシングして右肩に核をみつけたわたしは、核の辺りを狙って踵落としを放った。
ドゴゴゴゴゴゴゴォォォォォン!!
核を砕かれたアイスゴーレムが地響きを立てて崩れ落ちた。
どうやら仕込んでいたアイスゴーレムはこれ一体だけだったらしい。
だが、ホっとしたのも束の間、またも吹雪を縫って雪豹が襲ってきた。
気を抜く暇もない。
吹雪で視界の悪い中、わたしは黒いゴスロリ服を揺らしながら、前後左右に自在に動き回りながら雪豹を迎撃した。
足が止まったら終わりだ。
とはいえ、足元の悪い中で飛び跳ね、地道に一匹一匹雪豹を消すのは意外と疲れる。
「よし、これで最後っと! あ痛っ!」
「あらあら、防御壁がかなり薄くなってるみたいよ? 大丈夫ぅ?」
わたしの額からツツっと一筋、血が流れた。
氷つぶてだ。
反射的に両腕で頭をかばうと、それを待っていたかのように、がら空きになったわたしの胴に氷つぶてがバシバシと当たる。
「くっ!」
こちらが夢中になってアイスゴーレムや雪豹を迎撃している間に、ユリアーナは吹雪に大量に氷つぶてを混ぜていたのだ。
そうやってこちらの残り少ない魔力をちまちま削って、丸裸にするつもりだろう。
「ウザったい!」
とはいえ、この削り攻撃は思った以上に効いた。
なにせ氷つぶてが当たる度に、ダメージを通すまいと防御壁が余計に魔力を持っていくのだ。
想定より早く魔力が減っていく。
ユリアーナの狙い通りどんどん防御壁が薄くなり、身体のはしばしに氷つぶてが当たるようになってきた。
威力は弱められているものの、痛みは地味に蓄積する。
最終戦闘モード前にできる限りユリアーナの魔力を消費させたかったけど、この辺りが限界か。
「ほっほっほ! もうそろそろかしら? 真っ白な雪の上にお姫さまの高貴な血が大量に流れたら素敵だと思わない? 引き裂かれた四肢がばら撒かれたらどんなに綺麗でしょう! 想像するだけでとても興奮するわね!」
ユリアーナの足元で嬉しさの表現のつもりか、人形が軽やかに踊る。
「……さぁ、そろそろ終わりにしましょうか。グラーチェス エトニクス クールス(氷雪の舞)!!」
突如、わたしを囲むかのように吹雪が渦を巻いた。
しかも、中心にいるわたしに向かってゆっくりゆっくりと迫って来る。
ふと、吹雪に潜む、何か光るものに気づき、目をこらす。
「なに!?」
台風並みの風速の吹雪の中に大量に入り混じったキラキラ光る何か――それは刃だった。
刃の形状をした氷の粒が吹雪に混じって猛スピードで飛んでいるのだ。
防御壁すら満足に張れなくなった今のわたしがこんなものを食らおうものなら、あっという間にズタズタのボロボロになるだろう。
生きていられるか怪しいものだ。
「さすがに今これを食らうわけにはいかないわね。んじゃ、そろそろ行くわよ、アル! 白の仮面!!」
『あいよ!!』
金色の左目に刻まれた六芒星が光を放つと、まるでそこに太陽が出現したかのように、わたしの身体が光り輝いた。
絶対に、内なる悪魔に主導権を渡すんじゃないわよ! 気合入れろ、わたし!!
「なに!? 何をしようとしているの!?」
魔女ユリアーナがいぶかしむ声が聞こえる。
光に包まれたわたしは、右足をスっと上げると、鋭い呼吸とともに思いっきり足元の雪を踏みつけた――。
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