上 下
41 / 43

第41話 雪上の攻防

しおりを挟む
「……なに?」

 悪魔の書を構えるユリアーナの足元に、いつの間にか人影が立っていた。
 といっても身長は五十センチほど。アルとどっこいどっこいだ。

 それはバレリーナの形をした操り人形パペットだった。ただし、糸が繋がっている様子はない。
 全身はニット地で目は紺色のボタン。金色の毛糸で作られた髪をアップにし、真っ白いチュチュを着ている。

 素人が作った人形のように全体的にいびつだが、ユリアーナの傍でまるで生き物のようにちょこちょこと動いている。
 絶対にユリアーナが動かしているんじゃない。コイツは意思を持っている!!

 だがわたしは、人形自身の薄気味悪さより、人形からにじみ出る何かを感じ、総毛立そうけだった。
 わたしの感じたもの――それは、何百という数の、人の魂の残滓のこりかすだったのだ。

「あんた……あんたまさか!!」
『あいつ……やりやがった!!』

 叫ぶわたしの頭の中で、引っ込んだはずのアルのつぶやきが聞こえた。
 わたしの反応を見たユリアーナが、ニチャアっと笑った。
 
「可愛いでしょ? 名前はドロシー。ちゃあんと一から全部、私が縫ったのよ?」
「中身は! 中身はどうしたの!」

 バレリーナ人形――ドロシーをヒョイっと抱えたユリアーナは、チュチュをめくってお腹の辺りをわたしに向かって見せた。
 人形のくせにくすぐったいとでもいうのか、ドロシーが身体をよじる。
 わたしはドロシーの腹に描かれた模様を見て戦慄せんりつした。

 それはかつて、ゼフリアの教師・マティアス=ヒューゲルがアラル川の中州なかすにて描きかけた巨大魔法陣をそのまま小さくしたものだった。
 自分の顔が血の気を失っていくのがはっきりと感じられる。

「キャプティス(捕獲)……、アグレガツィオ(集約)……、コンベルシオ(変換)……」
「よくご存じで。そう。人の魂を大量に捕獲し、集約して、ぐっちゃんぐっちゃんに混ぜて、人造の魂として変換作成したもの。お姫さまの推測通りだわね。これが人造悪魔よ。可愛いでしょ? オーッホッホッホッホ!!」

 わたしにショックを受けさせたという偉業達成が誇らしいのか、魔女ユリアーナが高笑いをする。
 対照的に、激しい怒りが一瞬でわたしの全身を包み込んだ。
 怒髪天どはつてんくとはこのことだ。

「あんた、それだけの量の魂をどこから持ってきたの!!」
「それ言わせる? サムラの街の失踪者に決まっているじゃない。約三百名、綺麗さっぱりこの子の中に入れたわよ。それがどうかした?」

 ブチン。

「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 あまりの怒りにわたしは絶叫した。
 それに対し、ユリアーナは歓喜の表情を浮かべると、悪魔の書を構えた。
 パペットが横でちょこちょこと踊る。

「そんなに激高げきこうしなくっても今すぐ殺してあげるわよ、お姫さま! さぁ、我が敵を食い殺せ!! ダンテ ゲール(疾風の牙)!」

 真っ白い毛皮に黒い斑点。
 魔女ユリアーナの描いた魔法陣から体長四メートルはあろうかという雪豹が何匹も飛び出すと、一斉にわたしに襲いかかってきた。

 これは一般的な雪豹ではなくユリアーナがオリジナルをモチーフに作り出した魔法生物なので、大きさも速度も攻撃力も倍増している。
 一撃でも食らえば、ゴッソリ肉を持っていかれて即死するレベルの凶悪さだ。 

「絶対に許さないんだから!!」

 懐からピンク色の短杖ワンドを取り出したわたしは、宙に小さな魔法陣を描いた。
 悪魔の書と戦うのに通常の杖では心もとないが、仕方がない。

 魔力を使い切ったと言ったが、悪魔の書を喚び出せるほどの魔力量がないだけで、全く魔法が使えないわけではない。
 常時展開型の防御壁など魔力を垂れ流している部分があるので、それをさっ引くと言うほど魔法が使えないことは確かだが、わたしには他にも色々戦う手段がある。
 それがこれだ。

「メンブラフェロー(鋼鉄の四肢)」

 出現した魔法陣が、わたしの両手両足に貼りついて消える。
 その場でヒョイっと飛び上がったわたしは襲ってきた雪豹を鋼鉄と化した右足で思いっきり蹴り飛ばすと、次いで襲ってきた雪豹を左ストレートで吹っ飛ばした。

 手足に貼りつけた魔法陣には魔法解除マジックキャンセル機能をほどこしてあるので、迎撃した雪豹がスーっと霞のように消える。

「あらあら、魔法に武術で対抗しようっていうの? そんな悪あがき、いつまで続くかしら? ほぉら!」

 わたしの背後に、いきなり何かの気配が現れた。

「なに!?」
 ブゥゥンっ!!

 慌てて振り返ったわたしの顔面めがけて、巨大な右拳がうなりをあげて飛んできた。
 身体をひねってギリギリ避けたわたしの鼻先を、圧倒的な質量が通りすぎる。
 切り株ほどもある太い氷の腕に、わたしの顔が一瞬うつる。
 身長五メートルもある氷でできた巨大なボディ。アイスゴーレムだ。

 巨体の割にフットワークが軽く、そこらのボクサー並みにパンチを次々と放ってくる。
 そんなものまかり間違って身体に当たろうものなら、一発で内臓が破裂する。

「性格悪いわね!!」

 左から飛びかかってきた雪豹を右の廻し蹴りで吹っ飛ばしたわたしは、続いて襲ってきたアイスゴーレムのパンチを間一髪よけると、一気にその身体を駆け登って上を取った。

 ゴーレムは核さえ壊せば土に戻る。
 アイスゴーレムも同様だ。

「そこ! てりゃぁぁぁぁぁぁああああ!!」

 空中でセンシングして右肩に核をみつけたわたしは、核の辺りを狙って踵落としを放った。

 ドゴゴゴゴゴゴゴォォォォォン!!

 核を砕かれたアイスゴーレムが地響きを立てて崩れ落ちた。
 どうやら仕込んでいたアイスゴーレムはこれ一体だけだったらしい。

 だが、ホっとしたのも束の間、またも吹雪を縫って雪豹が襲ってきた。
 気を抜く暇もない。

 吹雪で視界の悪い中、わたしは黒いゴスロリ服を揺らしながら、前後左右に自在に動き回りながら雪豹を迎撃した。
 足が止まったら終わりだ。
 とはいえ、足元の悪い中で飛び跳ね、地道に一匹一匹雪豹を消すのは意外と疲れる。 

「よし、これで最後っと! あ痛っ!」
「あらあら、防御壁がかなり薄くなってるみたいよ? 大丈夫ぅ?」

 わたしの額からツツっと一筋、血が流れた。
 氷つぶてだ。
 反射的に両腕で頭をかばうと、それを待っていたかのように、がら空きになったわたしの胴に氷つぶてがバシバシと当たる。 

「くっ!」

 こちらが夢中になってアイスゴーレムや雪豹を迎撃している間に、ユリアーナは吹雪に大量に氷つぶてを混ぜていたのだ。
 そうやってこちらの残り少ない魔力をちまちま削って、丸裸にするつもりだろう。

「ウザったい!」

 とはいえ、この削り攻撃は思った以上に効いた。
 なにせ氷つぶてが当たる度に、ダメージを通すまいと防御壁が余計に魔力を持っていくのだ。
 想定より早く魔力が減っていく。

 ユリアーナの狙い通りどんどん防御壁が薄くなり、身体のはしばしに氷つぶてが当たるようになってきた。
 威力は弱められているものの、痛みは地味に蓄積する。
 最終戦闘モード前にできる限りユリアーナの魔力を消費させたかったけど、この辺りが限界か。

「ほっほっほ! もうそろそろかしら? 真っ白な雪の上にお姫さまの高貴な血が大量に流れたら素敵だと思わない? 引き裂かれた四肢がばら撒かれたらどんなに綺麗でしょう! 想像するだけでとても興奮するわね!」

 ユリアーナの足元で嬉しさの表現のつもりか、人形が軽やかに踊る。

「……さぁ、そろそろ終わりにしましょうか。グラーチェス エトニクス クールス(氷雪の舞)!!」

 突如、わたしを囲むかのように吹雪がうずを巻いた。
 しかも、中心にいるわたしに向かってゆっくりゆっくりと迫って来る。
 ふと、吹雪に潜む、何か光るものに気づき、目をこらす。

「なに!?」

 台風並みの風速の吹雪の中に大量に入り混じったキラキラ光る何か――それは刃だった。
 刃の形状をした氷の粒が吹雪に混じって猛スピードで飛んでいるのだ。  

 防御壁すら満足に張れなくなった今のわたしがこんなものを食らおうものなら、あっという間にズタズタのボロボロになるだろう。
 生きていられるか怪しいものだ。

「さすがに今これを食らうわけにはいかないわね。んじゃ、そろそろ行くわよ、アル! 白の仮面ペルソナ!!」
『あいよ!!』

 金色の左目に刻まれた六芒星が光を放つと、まるでそこに太陽が出現したかのように、わたしの身体が光り輝いた。

 絶対に、内なる悪魔に主導権を渡すんじゃないわよ! 気合入れろ、わたし!!

「なに!? 何をしようとしているの!?」

 魔女ユリアーナがいぶかしむ声が聞こえる。
 光に包まれたわたしは、右足をスっと上げると、鋭い呼吸とともに思いっきり足元の雪を踏みつけた――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

処理中です...