上 下
36 / 43

第36話 ループ

しおりを挟む
 わたしは空間を丁寧にセンシングして、ループしている領域を調べた。
 範囲はせいぜい三百メートルといったところで、端まで進むと三百メートル手前に飛ばされる仕掛けだ。
 そうやってループした道を延々と歩き続けるのだ。

 楽天主義が顔面に貼りついているユートも、さっきから道を行ったり来たりしているわたしの様子を見て何かが起こっているらしいとは察したようだ。
 邪魔をするまいと黙り込んでいる。
 わたしはユートの方に振り返ると、状況の説明をしてやった。

「わたしたちは今、閉ざされた空間の中にいるの。今ちょうど真ん中辺りにいるんだけど、試しにこのまま真っ直ぐ歩いて行ってごらんなさい。面白いことが起きるから」

 頭の中に大量にハテナを浮かべたような表情をしつつ馬を進めたユートは、やがてわたしの後ろからやってきた。
 その顔に驚愕の表情を浮かべている。

「ななな、なんで? だってオレ、エリンを後ろに残して行ったんだぞ? なのになんでエリンが前にいるんだ? 意味分かんねぇ!」

 はっは、大パニックだ。ちょっと面白い。が、そうも言っていられない。
 白猫のアルが近寄ってくる。

「で? どうする、エリン。下手すると突破するのに数か月はかかるぞ?」
「ふっふっふ。こんなこともあろうかと色々細工をしておいたのよ。行くわよ。スタミナルーチス マニフェスタティオ(光の糸、顕現けんげん)!」

 さっきまで何もなかったわたしの手のひらの上に、光り輝く一本の糸が現れた。
 視認するのが困難なほど、限りなく細い光る糸だ。
 だが、その先に何かがあるとでも言うのか、手に持った光の糸の先が、突如目の前の空間に飲み込まれるように消えている。
 それを見てアルが目を丸くする。

「エリン! お前、いつの間にそんなものを!?」
「あら? 悪魔王ともあろう者が気づかなかったとは。わたしもなかなかのものね。ほら、屋根の上でね。先端はあのハーゲンとかいう人狼の背中にくっついているわ。じゃ、さっそく引っ張るわよぉぉぉぉ? どっせぇぇぇぇぇぇいいいい!!!!!!」

 わたしは思いっきり光の糸を引っ張った。
 通常、糸は引っ張った分だけ近寄ってくるのに対し、この光の糸は魔法でできているだけあって伸縮自在。引っ張った分の数十倍、数百倍、一気にこちらに近寄ってくる仕様になっている。
 ほら、遠くから誰かの悲鳴が聞こえてくる……。

 ガッシャアァアァァァァァァァァァアアアン!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」

 わたしの目の前の空間が割れて、人狼ハーゲンが背中から飛び出してきた。
 なぜだか首に白いエプロンを掛け、手にナイフとフォークを持っている。
 どうやら食事中だったらしい。

「な、なんだなんだなんだぁ!?」

 わたしはすかさず、その場にしゃがみ込んで目を白黒させているハーゲンの無防備な首めがけて右のローキックを放った。

 スカっ。
 ち、はずしたか。

 野生の勘か、間一髪ハーゲンは身体をよじりつつジャンプし、少し離れたところに着地した。

 完全にったと思ったのに避けるとは。さすが人狼。

「あっぶねぇ!! 姫さん、あんた思いっきり振り抜いたろ! 当たりどころが悪けりゃ脳挫傷のうざしょうで一発リタイアだぜ。背後からの致命的クリティカル攻撃なんざ、武人の風上にも置けねぇぜ!」
「あんた何言ってんのよ。わたしは武人なんかじゃないわ。禁じ手なんかクソ喰らえよ」
「……仮にも一国の姫君ともあろうお方がなんて言い草だ。信じられねぇぜ」

 強張った顔。汗びっしょりで荒い息を吐いている様子。
 それを見れば、避けられはしたものの相当に肝を冷やしたことが分かる。

 わたしはその場で必死に息を整えるハーゲンと、何が起こったかさっぱり分からずその場に立ち尽くすユートを無視し、ほんの十メートルほど前方に広がる空間の裂け目に目を凝らした。

 人が通れそうなくらいの大きさで、空間が揺らいでいる。
 ハーゲンの飛び出してきた穴がゲートと化したのだ。
 首魁しゅかいはこの先にいる。

 わたしはハーゲンとユートをガン無視してパルフェの背にまたがった。
 くだらない笑劇ファルスになんか付き合っていられないもの。
 正気に戻ったハーゲンが慌てて大声を上げた。

「おい、ちょっと待ちな、お姫さん! あんたの相手はこの俺だ! 行かせはしないぜ!」
「お前の相手はオレだ、人狼!」

 剣を構えて突進するユートを華麗にジャンプして避けたハーゲンは、そのままの勢いでパルフェ上のわたしに爪での攻撃を仕掛けてきた。

「もらったぁぁ!!」

 だが――。
 わたしはハーゲンの横薙よこなぎを苦もなく避けると、その手をグルっと巻き込みつつ払った。
 空中で錐もみ状態になったハーゲンが、路上をゴロゴロ転がりつつ体勢を立て直すと驚愕の目でわたしを見つめた。

「……今、何をしやがった!?」
「妹を返せぇぇぇ!!」

 その隙を見逃さず、ユートが剣で打ちかかった。
 その激しい剣さばきに、ハーゲンも集中せざるを得なくなる。

「邪魔をするな、冒険者!」
「妹をどこへやった!」
「妹? あぁ、憑代よりしろのことか。お前もたいがいしつこいな。もう、当人の意識なんかこれっぽっちも残ってないって言ってんだろうが! 何回このやり取りを繰り返せば納得するんだよ! お前の妹は、偉大なる吸血鬼――マリウス=ブルーメンタールさまの身体となったんだ。光栄に思えよ!」

 その名を聞いて、わたしは思い切り手綱たづなを引っ張った。

 キュキュ!?

 急な指示変更に、ミーティアが困惑の表情でわたしの方に振り返る。
 わたしの頭の中のパズルが音を立てて組み上がっていく。

 ブルーメンタール伯爵家。少女姿の吸血鬼。……やったわね、ユリアーナ!!

「ハーゲンって言ったわよね、あんた」
「お? やる気になったかい? お姫さん!」

 ハーゲンが自前の鋭い爪でユートの剣をいなしながら返事を返す。

「そうね。ユートに勝ったら相手をしてあげるわ。せいぜい頑張ることね」

 ハーゲンの相手をユートに任せたわたしは、ミーティアを空間のゆらぎに向けると、一気にゲートに飛び込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

処理中です...