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第14話 暴食帝 グラフィド=ボージュ

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 敵が向かってくるからと行儀よく待つオレじゃない。
 目線でフィオナと一瞬の会話を交わしたオレもまた、暴食帝グラフィドに向かって一気に駆けだした。

 オレの意図を悟ったフィオナが、すかさず呪文の詠唱に入る。
 こんなこともあろうかと、山賊砦からこっち、強敵が現れたとき用にと機会を見つけてはちょくちょく訓練したフォーメーションだ。
 
 あの構えからスタートする呪文なら発動まで約三分。よし!

 幸いにしてグラフィドは完全にオレをターゲットに定めたようで、他の奴らはガン無視だ。
 オレさえ平らげちまえば残りは如何様いかようにでも料理できるって認識なんだろ。ふざけやがって。

韋駄天足いだてんそく!!」

 オレは百メートル六秒のスピードモードでグラフィドに斬りかかった。
 山賊砦を襲撃したときの、腕力、速力が一時的に増したブーストモードだ。
 
 このモードも使用後結構疲れるんだが、制限解除リストリクションリリースみたいに長時間行動不能におちいるほどではない。

 制限解除はオレに言わせればEXエクストラブーストで、いわば格闘ゲームで言う超必殺技ってヤツだ。
 さすがにアレは鍛えようがない。
 使うタイミングをシュミレートするのが関の山だ。

 でも、ブーストモードはまだ鍛える余地があるからってんで、あの後の三日間で自在に出せるよう訓練したんだよ。

 ガキャャャャン!!

 普通の人間なら対応できないくらいの速さで一気に懐に飛び込んだオレは、殺意全開で大剣を思いっきり横薙よこなぎにした。
 ところがコイツ、持っていた大鎌でオレの全力攻撃を平然と止めやがった。
 オレの剣とグラフィドの鎌とのぶつかり合いで激しく火花が散る。

「うぉ! これを防ぐのかよ!」
「ほぅ……」

 グラフィドはちょっとだけ驚いた風な顔でこちらを見たが、だからどうしたと言わんばかりに大鎌を振ってオレに反撃する。
 むしろ、これでやっとまっくろけモードのグラフィドとスピードが互角。ただし、腕力は向こうがまだ圧倒的に上だ。

 ガキャァァァァアアアン! ガキャァァァァアアアン!!

 当たれば身体のどこかを持っていくであろうグラフィドの攻撃を、何とか手数で上回ろうとするも、どう斬りつけても防ぎやがる。
 こんなんじゃ、オレの体力が先に尽きちまうぞ?

「うぉっと!!」

 オレは、ちょうど頭のあった辺りを唸りをあげて通りすぎる大鎌を必死に避けた。
 髪の毛が数本持っていかれる。
 なんて切れ味だ。

「勇者どの! 頑張って下され!」
「勇者さま!」

 ギャラリーから声援が飛んでくる。
 声の主は生き残った国軍兵士どもなので、オレ同様オッサンばかりだ。
 高スピード戦闘で下手に援護に入れないからの声援なんだろうが、ムサいオッサンに応援されてもなぁ。

 ズシャァァァァアアアア!!
 ザカァァァァアア!!

「痛ぇ!」
「ぬぅ!」

 オレの左肘から先とグラフィドの右腕が丸ごと、互いの剣戟けんげきにより同時に吹っ飛ぶ。

「わお!」

 オレは思わず目を見張った。
 予想していたことではあったのだが、この魔族、オレの再生スピードとほぼ変わらない速さで腕を生やしやがった。
 
暗黒体ダークネスボディの僕と互角に戦えるとは。楽しいね、勇者さん。じゃ、コレを避けられるかな?」

 コイツ、笑ってる? オレを相手に全力で殺し合いができることを喜んでやがる。人間を捕食する化け物がふざけやがって!

 グラフィドが大鎌を振り上げたままの形でいきなり止まった。
 腕と足の筋肉が見るからに盛り上がる。力を込めているようだ。
 オレも飛び退すさって十メートルほど距離を取ると、グラフィドの様子を油断なく観察した。

風刃乱舞ふうじんらんぶ!!」

 グラフィドは技名を叫ぶと、凄まじい速さでその場回転をし始めた。
 その様子は、まるでスケートのスピンのようだ。

「何だ? 何をしている?」

 と、黒くて薄い何かがオレの右頬を皮一枚で当たった。触ると血が流れている。オレの頬が裂けている。
 
 次の瞬間、黒い風の刃がとんでもない量で飛んできた。
 一瞬で背筋が凍る。

「伏せろぉぉぉぉぉぉおお!!」

 オレはギャラリーに向かって一声叫ぶと、即座にブーストモードに入って風刃を避けた。

 風の刃は真っ直ぐに、あるいは弧を描くように、速度も軌道もランダムに、色々取り混ぜつつあらゆる角度からオレに向かって飛んできた。

 駄目だ、避け切れない!!
 オレの後ろの木々や建物も、流れ風刃で続々と切り裂かれ、倒壊して行く。

「きゃぁぁああああ!」
「うわぁぁぁあぁぁ!!」

 風刃による被害を受けているのかギャラリーの悲鳴が聞こえるが、こっちは避けるので手一杯だ。そこまで面倒見切れん!

 身体のあちこちを切り裂かれ、血まみれになりつつ必死になって避けるオレの視界の隅で何かが光った。
 フィオナからの合図だ。
 こっちもブーストモードで避け続けるのが限界だったんだ。後はフィオナを信じる!
 超必殺技、行っくぜぇぇぇぇ!!!!

制限解除リストリクションリリース!!」

 オレは一声叫ぶと、超高速戦闘モードに突入した。

 ◇◆◇◆◇ 

 前回の山賊砦のとき同様、頭の片隅にゲージが浮かぶ。制限時間は五秒。
 その間だけ、オレは秒速三百四十メートル――音速で動くことができる。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!」

 風の刃を避けつつ一瞬でグラフィドの懐に飛び込んだオレは、グラフィドの身体を斬って斬って斬りまくった。
 
 流石にこのモードになると、グラフィドの動きさえゆっくりに見える。

 覚悟はしていたんだが、思った通り、オレの身体は人体の限界を超えるEXエクストラブーストモードに耐え切れず、あっという間にぶっ壊れ始めた。
 剣を振るうごとに骨が折れ、肉が裂け、だがそれら全ての傷が一瞬で修復する。
 
 後から来るであろう激痛を考えると気が重くなるが、オレはひるむことなく全力で斬りつけ続けた。
 だって仮にも魔王の配下だぜ? 
 オレは油断せず、高速の世界の中でも必殺技を繰りだした。
 
「行け、シルバーファング! 第一の牙、蛇腹剣ひきさくつるぎ!!」
 
 オレは大剣を蛇腹剣モードにすると、グラフィドの身体を念入りにズタズタに切り裂いた。
 とにかく斬った。

 グラフィドは、自身が一瞬でコマ切れにされたことに気づけなかっただろう。
 何が起こったのかも分からずオレの剣でなます切りにされつつも、その驚異的な修復力で身体の部位一つ一つが勝手に元の場所に戻ろうとする。

 だが、ひたすら斬り続けたオレは、やがて、飛び散る黒靄の中に暗黒に輝く直径三センチほどの玉を見つけた。
 グラフィドの魔核デモンズコアだ。人間で言うなら心臓の位置にある。
 今だ、来い!

 オレは、尚も斬りつけながら、フィオナの方を振り返った。

 直径三十センチ程の、超高温で燃え盛る火球がフヨフヨとオレたちに向かって漂ってきている。
 あぁ、もちろん、火球自体はもっと早いぜ? 時速にして百五十キロは出ていると思う。オレの動きが高速すぎるせいでゆっくり見えているだけだ。

 タイミングバッチリ!
 オレはちょっとだけ斬り方を変え、グラフィドの集結しようとする身体のまさに中心にフィオナの放った火球が行くよう調整した。
  
 ゼロ! 時間だ。

「ぐあぁぁぁぁあ!!!!」

 能力限界の五秒が終わると同時にオレはその場でつんのめり、全身、意識が持って行かれるほどの激痛に襲われた。

「がっ……はぁ!!」

 あまりの痛みに身動き一つ取れない。呼吸すらできない。
 身体が引き裂かれるような痛みに絶えず全身が包まれる。

 完全に無防備。本来なら敵の前でこんな醜態しゅうたいさらしてちゃいけない。
 首を断たれて、一発でゲームオーバーだ。
 だが。

「う……ぐぅ……うぉ?」

 グラフィドの変化に気づいたオレは、地面に転がり、激しい痛みにのたうち回りながら、鉄の意思でわずかだけ顔を上げた。
 グラフィドが苦悶の表情を浮かべている。

 見ると、修復し元の暗黒体に戻ろうとするグラフィドの身体の隙間という隙間から、超高熱の炎の舌が舐めるよう這い出している。
 フィオナの放った最大級の炎属性攻撃魔法が、グラフィドを内側から焼き尽くそうとしているのだ。

 驚愕の表情を浮かべていた暴食帝グラフィドが一瞬オレを見て真顔になった――。

「強者よ、お前の勝ちだ。持っていくがいい」

 次の瞬間。
 ドガァァァァァァァァァァァァァアアアアアアンン!!!!

 大爆発にともなって、眩い光と耳をつんざく轟音、暴風とが一瞬でその場を駆け抜け、グラフィドの黒い身体が消し飛んだ。

 ――ストン。

 闇を封じ込めた、輝く宝玉がその場に転がる。
 グラフィドの魔核だ。

 一瞬の間の後、周囲から大歓声が上がった。
 そんな中、フィオナはオレに真っ先に駆け寄ってくると、グッタリしているオレの上半身を起こし、その豊満な胸でギュっと抱き締めた。

 全身激痛にさいなまれているからか、あるいはたわわな双球に力いっぱい押しつけられて呼吸を妨げられたからか、何が何だか良く分からないまま、オレはその場で気を失ったのであった。
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