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研がれし剣は継がれゆく

シーラの味方の一点撃ちで決まりだ

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 時は少し戻り、まだナマズラが0号と戦っていた頃、リサメは、ずっと森で戦いの様子を窺っていた。
 彼は掠れた声で、呟く。

「そんな、ウビトさんたちですら、叶わないなんて」

 まだ16であるとはいえ、リサメも強者を志すものであった。そのためにウビトやニカなど、各集落の代表者たる実力者たちのことは知っていた。ヤドさんもその代表者の集会に帰ってくる際、よく彼らのことを話していたし、実際の戦いを見たこともあった。

 だからこそ、リサメも心の中では期待していた。彼らならば、0号を倒してくれるのではないかと。それ故に彼は、ウビトたちが0号と戦う際に、自ら水を差しにいくことはしなかった。しかし、その結果がこれである。

「……僕が行かないと。早く」

 リサメは、その場から立ちあがろうとした。そんな彼を腕輪の彼女の声が、引き止める。

「行くの? リサメ。その傷で」
「……ヘスティア」

「昨日も無理してたじゃない。橋で戦っていた2人の男を助けるために。それなのに、今日も0号と戦ったらあんた死ぬわよ! それに、私、あいつのことを知ってたわ! 獣の姿じゃなくなって気づいた! あいつは怪物よ! あんたは絶対にあいつに勝てない」

「……あんた『は』ってことはさ。前の持ち主の時には勝ったってことでしょ?」
「―――ッッ!」

 ヘスティアは、リサメになんの言葉も返せなかった。そんな彼女に、リサメは微笑む。

「なら、大丈夫だよ。僕には、ヘスティアがついてる。負けるわけない」

 リサメはヘスティアに向かって優しくそう言葉にした。しかし、そこには、言葉通りの自信など少しも含まれていなかった。ヘスティアは、彼の本心を理解していながらも、言葉を紡ぐ。

「違う、違うわ。リサメ。こんな残酷なこと言わせないで。確かにあんたみたいに自分を犠牲にして誰かを守ろうとする奴は、この世界で一握りよ。でも……でもね」

 ヘスティアは自らの脳裏にアサヒの姿を思い浮かべる。そう、そうなのだ。彼女みたいな人間など、そうはいない。

「その中で本当に誰かを守れる力を持ってる奴はね、もっともっと少ないの。誰かを守る力を誰かを守りたいと願うすべての人間に与えてくれるほど、世界は優しくないのよ。ねえ、リサメ。あなたがどっちの人間かなんて、あなたが一番わかってるでしょ」
「――うん、ヘスティア。わかってる」

 するとリサメは、そっとその手で腕輪のヘスティアに触れた。そして彼はゆっくりと立ち上がる。

「でも、ここで、戦わない僕だったら、ヘスティアは僕を選んでくれてない。そうでしょ?」
「待って、リサメ。待って――」
「おやすみ、ヘスティア。君が起きる頃には、さよならだ」

 リサメは拳を握りしめ、ヘスティアの力が体に流れ込んでくるのを感じた。彼の体が、鈍く青く光りだす。それは、ヘスティアの力が彼へと譲渡された合図。ヘスティア自身は眠りにつき、神剣所有者の戦いが今、幕を開ける。

「よし、行こう」

ーーーーーーーー
 
「はぁはぁはぁ」

 ヤドは、転ばぬように細心の注意を払いながら、橋のある方向へ駆け出していた。すると刃と刃が交わる音が聞こえ、それが次第に大きくなる。まだ戦いは終わっていないんだ。ヤドは、それを強く感じた。そして役に立つかも分からない弟子によく用いていた救急バッグを握りしめ、戦場へ急いだ。

「ヤド? なぜここに」

 すると、ふと自分の横に、座っているナマズラの気配を感じた。いやナマズラだけではない。他にも複数人の獣人が戦線を離脱し、橋の入口付近で休んでいたのだ。

 ヤドはナマズラの言葉にどう返すか迷いながらも言葉を選んで彼に答える。

「皆さんが戦うということをどこからか聞きつけて、居ても立ってもいられなかったんです。これは、皆さんのために持ってきた救護バッグです」

 ヤドは、座り込み救護バッグの中のものを取り出しながら、そう語った。ナマズラはそんな彼に対し、何かに気付きつつもそれを隠すような表情を浮かべて言葉を返す。

「そうか。お前さんらしいのう、ヤド。来てくれてありがとう。わしは蹴りを一撃もらっただけじゃが、ガンやスルメは0号に斬られてしまっておる。そちらから治療を頼めるか」
「わかりました」

 ナマズラにそう言われ、ヤドは複数人の中からガンとスルメの気配を探る。そんな中、鳴り響いている刃の音をヤドは不思議に思わずにはいられなかった。今ここにいると自分が感じている獣人の気配は7人。そして、自分がナマズラの家で声を聞いた獣人も7人だ。しかし、だとしたら、今鳴り響いているこの音は、一体誰のものなのか

「ヤド? きたのか?」

 そう自分に声をかけたのは、ウビトだった。間違うはずもない、目が見えた頃自分の剣の練習に何度も付き合ってもらった親友だ。ヤドは、驚くウビトへ優しく言葉を返す。

「やあ。ウビト。来てしまったよ」
「ああ、そうみたいだな。悪かったな。お前がいない時に、こっそりこんな楽しいこと始めちまって」

「何を言うんだい。そんなことに腹なんて立てないさ。それよりも、今戦ってるのは、一体誰なんだい?」
「ブクブクブクブク、怪物だよー、ヤドー。ブクブク」

 この泡の音はニカだろう。ヤドは彼に尋ねた。

「怪物って?」
「ブクブク、あれだよー。少し前から君たちのところを騒がせていた刃の怪物さ。ブクブク、ヤドは、見てないからわからないかもだけど、今怪物が、ブクブク、0号と戦ってる」

「戦ってるって……どういうことだい? 怪物が怪物と戦ってるのかい?」

  そんなヤドの質問に対して、スルメが答える。

「それが私たちにもわからないんでゲソ。本当に前触れもなく、あの怪物が橋に現れて、0号を攻撃し始めたんでゲソ」

「フン、妙なことはもう一つあるさ。あの怪物、我々が加勢しようとしたら威嚇してそれを拒むんだ。どうやら独りで0号と戦いたいようだ。まあ敵同士潰しあってくれるならありがたいが」

「……敵? シャッカそれ、本気で言ってるんですか?」

  そんな中、カサガがシャッカの発言を耳にし、言葉を挟んだ。そして彼女はどこか言葉に怒りの色を含んで続ける。

「こんなに人が大勢いるのに! 何でわからないんですか? あれは! あの人は!」

「俺は、分かるぜぇ、カサガ、ハッハー」

 するとガンが、寝転びながらもカサガの言葉を引き継いだ。彼は、その右手の人差し指をその刃の怪物に向けて発言する。

「あの怪物、俺らに威嚇はしても決して敵意は向けねぇ。そしてその敵意は全部あの0号にぶつけてる。どっちにするか指差すまでもねぇだろ。あんなの俺たちの、そして、シーラの味方の一点撃ちで決まりだ」

 そのガンの言葉を受け、ヤドは、彼らと共に真っ直ぐに、その戦いの音がする方向へ顔を向ける。
『戦っているというのかい、シーラのために。この7人でも敵わなかった相手に、独りで』

 ヤドもかつては武人の1人であった。だからこそ、彼らの話に聞く怪物のその志に、ヤドの心は、強く震えた。

『この国のために、誰一人傷つけさせないために、命を削って、君は、その敵を討とうとしているのかい』

 ヤドは、自身の闇の中から懸命に目を凝らした。力を振り絞って戦っている彼の姿を、紛れもない一人の『武人』の姿を、ヤドはその瞳に収めたかったのだ。

『ああ、『刃の怪物』よ。君は一体どんな目で敵を見据えているんだい。どんな口で敵に吠えているんだい。どれほど鍛え上げた手で、その剣を握っているんだい』

 ヤドは、漆黒の中、その戦いの音のする方向に対して無意識に伸ばす。

『一目でいい。一目でいいから見てみたいよ。君の、その勇姿を』
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