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夜の闇は日々を侵す
私さ、ファルに会えて、本当に幸せだったよ
しおりを挟む――過去――
「随分、大きくなったな。腹」
ファルは、大きく膨らんだアサヒのお腹を見て、そのようなことを呟いた。確か出産は、1ヶ月後だったか。
「そうだね。一体どんな子に育つんだろ?」
アサヒは、自分のお腹を撫でながら、愛しみをこめてそう言葉をこぼす。これから生む子を大切に育てると既に決意している母親の顔。ファルはそんな彼女の顔を、複雑そうな表情で見つめる。
「しかし、そんな時期に男と会っていいのかよ。お前の旦那、嫉妬深いんだからよく思わないだろ」
アサヒは、そんな彼の言葉に笑う。
「大丈夫だよ。私とファルの仲じゃん。それにさ、私の旦那も、やけにファルのことは認めているよ。一体『あの結婚式の日』に何があったのかは知らないけど」
「…………」
ファルは押し黙った。どうやらあの日のことは、アサヒの旦那も黙ってくれているようだ。それでいい。あんなこと、彼女に知られたら、自分はきっと顔という顔から火を噴き出してしまう。
「……まあ、それは何よりだ」
「やっぱ言う気はないんだねー。一番の幼馴染に隠し事なんて、私泣いちゃうよ」
「男と男の約束みたいなもんだ。アサヒが口を出すことじゃないよ」
「ケチ」
暗闇の中、互いのことなど知り尽くした幼馴染同士の2人が、軽く口を叩き合いながら、夜空を眺めている。
しかししばらくすると、徐々に夜の闇が晴れて、太陽が姿を現した。ここスカイルは、浮島であるため日の出という概念はないが、地平線の彼方と大地の真下から眩い光が世界全てを照らし出す。
「うわぁぁぁ、やっぱり綺麗だね」
そうこれが、アサヒが母親になる前に見たいと言っていた、このスカイルで1番の、日の出の景色だ。
「ああ、綺麗だな」
ファルは、アサヒの横顔に見惚れながらも、すっと彼女から視線を逸らし、広がる世界を眺めて言葉を放った。アサヒは、そんなファルの様子に気づくこともなく、無邪気な子どものように景色に夢中になりながら、ファルに言う。
「ねぇ、覚えてる? ファル。私たちの旅はさ、ファルと私でこの場所から始まったんだよ」
『行こうよ! ファル! 私たちなら絶対に、救えないものなんてないんだから』
じっと足元に広がる空を眺めるアサヒ。そんな姿にファルは、幼き頃の彼女を重ねる。そうだ、あの日から、あんな無茶苦茶な旅が幕を開けたのだ。
「覚えてるに決まってるだろ。本当に今思えば、幼馴染ってだけで随分と振り回されたもんだ」
「でも楽しかったでしょ! 本当に素敵な人たちに会えたよね。ペガ、ヴォルファ、オルク、それにラビやフォン! もし私たちが旅をしてなかったら、紅炎旅団のみんなに会えなかった。……いつかさ、ヤレミオとも仲直りできたらいいけどね」
神と共に戦うことになり、いつしか旅団を去ってしまった彼の名を口に出して、アサヒは俯く。考え方が違ったんだ。アサヒが気に止む必要はない。そんな言葉がフォンの頭に浮かんではくるが、彼はそれを口には出さない。彼女がそんな言葉で仲間を諦める人間でないのはわかっているからだ。
「……ああ、そうだな」
だからファルは、静かにそう言葉をこぼした。下手に励ますこともなく、ただ静かにアサヒの言葉を受け入れる。いつも自分はそれしかできないのだ。
けれども、アサヒにとってはそんなファルの優しさが最も居心地が良かった。彼は、いつも理想を口にし、笑われてばかりの自分の背中をそっと押してくれる。そんな彼がいたからこそ、自分は神と獣人の仲を取り持つ上で、ここまでの功績を残せたのだ。
アサヒは目の前の景色からそっとファルの方に視線を変えた。そして彼に、言葉を投げる。
「ねぇ、ファル、今日はさ、ファルにお願いしたいことがあったんだ」
「何度も聞いたセリフだけどな。なんだよ?」
――でもきっと、これを最後のお願いにしよう。
アサヒはそんなことを心で呟き、そっとお腹に手を当てて続ける。
「私に何かあった時さ、この子をファルに頼みたいの」
「は?」
ファルはアサヒの言葉を受けて固まった。自分と2人でこの場所に来たいと言われた時から、何か言われることは察しがついていた。しかし、それは流石に違うんじゃないか。
「この子にはさ。いっぱい色んな経験をさせてあげたいの。、私たちみたいにたくさんの人に会ってたくさんの優しさに触れてほしい。そして、それができるようになるまでさ、ファルに面倒を見て欲しいんだ。もしかしたら私はこの子が大きくなるまで一緒にいられないかもしれないから」
母親の予感なのだろうか、アサヒは何か覚悟を決めたような目をして、戸惑うファルに言葉を投げる。ファルはそんな彼女に返す。
「ごめんだな。なんで俺がアサヒの息子なんて預からなきゃいけないんだよ。そいつはお前の……そして、あいつの子だろうが。ちゃんと、2人で面倒見ろよ」
「ファル」
アサヒはどこか虚しそうな顔を浮かべてファルの名を呼んだ。
「ファルもさ。わかってるでしょ。『あの人』はさ、脆い。もちろん『あの人』が面倒見てくれるのが一番いいんだけどさ。もしもの時のために、ファルにも頼んでおきたかった。お願い……できないかな?」
アサヒは少しだけ潤んだ瞳でファルのことを見つめる。ああ、この目だ。ファルは心の中でため息をついた。こいつがものを頼む時、まるでその人しか頼める人がいないかのように、甘えたような目で自分を見る。一体何度この瞳に苦労させられたことか。
「……わかったよ。けどな、なんかあったらなんて気軽に口にするな。言っとくがアサヒが命を簡単に投げるような真似をしたら、その子の面倒は見ないからな」
ファルが観念したように、頭をかきながらそう言うと、アサヒは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、ファル」
そして、彼女は太陽を背に受け、ファルに微笑む。
「私さ、ファルに会えて、本当に幸せだったよ」
ファルは、そんな彼女の笑顔を静かに眺める。そして彼は静かに心の中で呟く。
――それは、ずるいだろ。アサヒ。
なんの裏表もなく、ただ真っ直ぐに、自分に対して向けられる陽光。ファルはその光に対し、これ以上魅入ることのないように、僅かに目を細めるのだった。
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