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蹄鉄は今踏みしめられる

なんで、こんな打撃しか、打てないんだよ

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 そして、再び数日間ユニとサンは、自身の修行を重ねた。シェドもまた、戦いに備えて、自身の技を磨いた。そしてついに、ホルノ山へと攻め入る前日、最後の修行日に、サンは、ラビに修行の成果を見せにきた。

「どうだ? 今日の朝飯は美味かったか?」

 岩に腰掛けてニヤニヤと笑いながらも、サンに問いかけるラビ。そんな彼にサンは笑顔で答える。

「うん、最高に美味しかったよ」
「まあ、随分と調節も上手くなってたもんな。今度の戦闘の時は、炎を出しながら獣力を使いこなすことも可能だろう。じゃあ早速こっちの修行の成果も見せてもらおうか」
「うん」

 そうして、ラビは、自身の横にある岩に視線を移した。サンは、そんな彼の言葉に、強く自信を持ってうなずく。どうやら、確実に課題をクリアできるようになるまでは、鍛錬を積んできたようである。

「じゃあやるね」

 サンは、岩の正面に立ち、ラビを見て彼に言葉を発する。ラビは、その言葉に頷き、それを見てサンは、岩の方を見つめた。

 相変わらず大きな岩だ。サンは思う。1週間前は、これが自分に割れるようになるなんて思わなかった。本当に、ユニやラビから色々なことを学べたおかげだ。

 大きく息を吸い込み、それを吐き出す。まず、自身を取り囲む獣力をシャットアウトし、じっと、発動の時を待つ。そしてその状態で、刀を構え、木々に一筋の光が差し込む様子をイメージする。

「陽天流一照型、木洩れ日!!」

 ――ズガァァァァン!!

 サンの右手から勢いよく放たれる突き。それは刃の先に凄まじいエネルギーを宿して、岩と衝突する。そしてその岩は、刀が触れた瞬間にひび割れ、そしてボロボロと崩れていくのだった。

「……よし。完璧だな。これでとりあえずお前の課題はクリアだ」
「やった!」

 ラビが笑顔でサンにそう言葉を発し、サンは喜びのガッツポーズをとる。できるとは思ったが、まあよくこの一週間でここまでの突きを完成できたものだ。ラビが感心していると、サンは、不意に彼に対して言葉をこぼした。

「なあ、ラビさん。もう一つさ、見てもらいたい技があるんだ」
「ん、そうなのか? まあ構わないが、これと同じくらいの岩は、どこかにあったかな」
「大丈夫、その奥にもさ、でっかい岩あるじゃん。あれでやりたい」
「ああ、あれか?」

 サンの指差す方向に視線を向け、彼の言う岩を見つけるラビ。彼はそれを見て言葉をこぼす。

「別にいいが、さっきのより二回りはでかいじゃないか。できないとは言わないが、あれは俺も壊すのには苦労するぞ。ユニも多分あのサイズにはまだ挑めていなかったが」
「うん、だからあれでやりたいんだ。いいでしょ?」
「まあもちろん構わないが」
「よし、じゃあ見てて」

 するとサンは、どこか嬉しそうにしながら、岩の前に立った。まるで新しい知識を得た子どものようだな。ラビはどこか微笑ましそうな目で、サンのことを見つめる。

 そう、この時彼は、サンからあれほど恐ろしい技が出るなんて思わなかったのだ。

 サンは、岩の前で構えをとった。いまだかつて見覚えのない構えに、ラビは違和感を覚える。大勢を低くし、刀を横に構え、じっと獲物を見据えている。そして真っ赤な炎が、彼の刀を纏い、それをサンは、刀を持たない方の手で炎の鞘のようなものを作り、そこにしまっていた。そして彼は、小さく、つぶやく。

「陽天流八照型――――」

 ――ドズガァァァァァン!!!

 目にも止まらぬ速さで刀を振るい、岩を通り過ぎるサン。すると彼の後ろにある岩は、一瞬で崩れ去った。あまりの出来事に、目を丸くし、言葉を失うラビ。サンはそんな彼の方を見て、笑顔で答える。

「どう? 昨日考えたんだ、この技、結構いい線いってるでしょ?」

 ――こりゃあ、結構な才能を目覚めさせちまったかもな。

「ああ、実戦でできたら、かなりの武器になると思うぜ」

 ラビは、目の前の少年の才能に、少しだけ背筋を震わせるのだった。



 ――ズガァァァァン!

 そしてここにも1人、大木に向かって拳を叩きつける者がいた。彼は、自身の打撃に納得がいかず何度も何度も、自身の拳を打ち付ける。

 ――はぁはぁはぁ。

 まだ修行を始めてからそれほど時間が経っていないのにもかかわらず、大きく肩で息をするユニ。『なんで、なんで!』彼はそう呟きながら、強く強く拳を握りしめる。

「……なんで、こんな打撃しか、打てないんだよ」
「……その様子だと、どうやら上手くはいかなかったみたいだな」

 そんなユニの後ろから、兄弟子の声がかかってくる。どうやらサンの方は、もう終了したようだ。

「……お疲れ様です。ラビさん。サンの修行の出来はどうでしたか?」
「完成したよ。正直、きっと今のお前とサンがやったら、次はサンが勝つ。そのくらいあいつはこの一週間で大きく成長した」
「……そうですか」

 そしてユニは引き続き、正面の木を見つめて、拳を構える。

「ちょっと待ってくださいね。ラビさん。もう少しで、何か掴めそうなんです。もう少しで――」
「ユニ!」

 ラビは、ユニの言葉を遮るようにして彼の名前を呼んだ。その言葉にびくりと体を震わせるユニ。そんな彼に対し、ラビは、厳しくも優しい口調で、彼に告げる。

「今日は、サンと一緒に早めに上がれ」
「なんでですか! 僕だってできます! あと少し時間があれば、絶対」
「ユニ、分かってるはずだ。この問題は、努力なんかで解決できるような問題じゃなかった。これ以上お前が自分の拳を痛みつけたとしても、その分お前が前に進めるわけじゃない」

「でも、それじゃあ、兄さんは誰が止めるんですか! それだけは他の人に任せるわけにはいかないのに!」
「もちろん作戦当日は、お前がユナと戦えばいい。兄と全力でぶつかるうちに見えてくるものもあるかもしれない。だが今日はこれ以上無理するな。明日が作戦決行日だって言うのに、その前日にお前がこれ以上自分を追い込むのを、俺は兄弟子として看過するわけにはいかない」

 冷静な眼差しでユニを見つめて、ゆっくりとそう諭すラビ。ユニもまたラビの言うことが正しいということは十分に分かっていた。これ以上やっても自分は今日のうちにきっと結果を出すことはできない。だったら今日はひとまず休息し、明日への体力を温存することの方が大事だ。

「……わかりました」

 ユニは、自身の拳を握りしめながらも、ラビの言葉に渋々頷いた。ラビは、そんな彼の気持ちを強く理解しながらも、ユニのことを家へと連れ戻すのだった。



「はあ? 数日前に獣人2人にあっただぁ?」

 レンシは苛々としながら、ケルの言葉を繰り返す。そして彼はケルに対して、言葉を続ける。

「なんでそれを早くいわねぇんだ? それなら向こうが取る行動も色々変わってくるだろ?」
「どうしてわざわざそんなことを言う必要がある? そいつら2人が、ターゲットと関係があるとは分からんだろうが」

 ケルの言葉を聞いて、レンシは深々とため息をつく。そして彼はそのまま呆れたように言葉を発する。

「あのなぁ、お前が出会ったヘビの獣人は、ヤマカガシだったんだろ? だとしたらターゲットと遭遇した時一緒にいたやつだ。それに当日まで改造獣人が届ききらないって事情も話したんだろ?」
「まあ、そうだな」

 今一自分がしたことの良し悪しが分かっておらず、そう強く頷くケル。レンシはそんな彼に再び大きなため息をつく。

「はぁぁ、なあケル。おまえたまにハデス様に抜けてるって言われないか?」
「失礼なやつだな。ハデス様がそんなこと自分に対しておっしゃるわけないだろ。むしろたまにお前といると肩の力が抜けるよと褒めてくださる」
「……ははは、ああ、そうですか」

 ――そんな言葉で褒めるやつこの世にいやしねぇよ。

 レンシは、ケルに心の中で悪態をつきながらもこれからの展開を想像する。もし敵にある程度頭の切れるやつがいるとしたら明後日まで待つことなくここに襲撃してくるだろう。しかしここまで襲撃がなかったことを見るに、何か動きがあるとしたら、きっと明日か。

「まあいいや。ケル。多分明日そのターゲットとやらが、仕掛けてくるぞ。もし見たかったら明日の監視時間を早めてくることをお勧めするぜ」
「本当か? なんでだ? それにもしそうだとしたら、今の戦力で迎え打てるのか?」
「……まあ敵の気まぐれってやつだな。それに迎え撃てるかどうかは心配するな。別に明後日までに改造獣人全てが届ききらないってだけで、もう十分な数は届いている。あとはお前も入れれば戦力としては十分なはずだ」

 そうしてレンシは洞窟の奥深くに仕舞い込んだ、膨大な数の棺桶を見渡す。チマチマとここハビボルで集めた素材をつぎ合わせて作った分。そして、ラキュラ様から直々に届いた分に、42号と26号の眷属がこちらには控えている。

 ――これならもし仮にターゲットがラビと繋がっていたとしても、十分対処できるはずだ。

 レンシは、もう決して自分の意思で動くことのできなくなった彼らを見て、過去の自分を思い出す。そうだ、ここから始まるんだ。ここからやっと、俺は、俺から全てを奪った奴らに復讐できる。奪われる側から奪う側へと、変わることができる。

 そうして彼は歪み切った欲望をその体に抱えながら、歪な笑みを顔に浮かべるのだった。
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