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蹄鉄は今踏みしめられる

その人が歩むべき、正解の道なんてないと思うんだ

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――過去――

「おーい、何こんなところで黄昏てるんだ、少年」

 時は十数年前、まだ紅炎旅団が旅を続けていた頃、その一員として冒険していたラビが夕日を眺めていると、真紅に染まる長髪の女性、アサヒが、彼に話しかけてきた。

 まだ幼かったラビは、そんな彼女の優しさに気づくことができず、不器用に言葉を返す。

「何? ただ夕日を見ていただけだよ」
「そっか」

  そしてそのままラビの隣へ腰掛けるアサヒ。なんで隣に座ってくるのか、ラビにはわからなかったが、しばらくそうしていると、アサヒは再び温かな言葉をかけてきた。

「ラビはさ、十分強くなったよ」

 するとその言葉を受けて、ラビの心の奥に閉じ込めようとしていた悔しさや虚しさが沸々と込み上げてくる。ラビはそれを涙に変える前に、アサヒへと言葉を返す。

「どこがだよ!! 全然オルクに歯が立たなかった!! 俺の方が先にペガさんに教えてもらったのに! 何も、できなかった!」

 堪えていたのにも関わらず、ユニの両目から言葉と共に涙がこぼれてくる。

 そう、先ほどラビは、アサヒの弟子オルクと戦ったのだ。そして、何もできずに、負けた。それどころか、オルクに刀を2つ使わせることさえ、敵わなかった。

「オルクは、ほかの誰よりも成長が早いからさ。でも、ラビだって最初と比べたら見違えるくらい強くなったし」
「全然そんなことないさ! やっぱダメなんだよ。こんなこと続けたって、ペガさんに迷惑かけるばかりだ! 俺は、俺はきっと、蹄鉄拳になんて、出会うべきじゃーー」
「しーー」

 アサヒは、人差し指をラビの指に立てて、彼の言葉を無理やり遮った。そして優しい笑顔を浮かべながら、彼に伝える。

「言葉の力は偉大だから、思ってもないことを口になんか出しちゃダメ。ラビはさ、本当はそんなこと思ってないでしょ」
「…………うん」
「いっつもみんなに隠れて練習してるの、知ってるよ。お姉さんいつも体調崩しやしないか心配なんだから。その陰で誰よりも努力するところ、ほんとにラビは、ファルにそっくりだ」

 そう言葉をこぼしながらそっとラビの頭を撫でるアサヒ。そんな彼女に対して、ラビはゆっくりと言葉をこぼす。

「でもさ、アサヒ。俺、時折不安になっちゃうんだよ。本当に今歩いている道が正しいのかなって。ペガさんに憧れて弟子入りしたことに後悔はしてない。でもさ、本当は俺はこの道を進むべきじゃなくて、実家の農家を継ぐべきだったんじゃないかって思うんだよ」
「なるほどなるほど」

 アサヒは決してにこやかな笑みを崩すことなく、そう相槌を繰り返す。そして彼女は、ラビへ向かって朗らかに言葉を向ける。

「ねぇ、ラビ。私さ。その人が歩むべき、正解の道なんてないと思うんだ」
「どういうこと?」

 言葉の意味がわからなくて、ラビはアサヒに問いかける。アサヒは優しくラビに対して答えを返す。

「私たちは、功績を残した人を見て、その人は、その道を極めるために生まれたんだろうなって錯覚する。でもさ、きっと違うんだよ。その人の目の前にもきっとたくさんの道が広がっていた。そして時折悩みながらもその人はその道を歩き続けたんだ。ねぇ、ラビ、私はね」

 アサヒは、ラビから沈む夕日へと視線を移し、ゆっくりと言葉を続ける。

「この世界で名前を残した人は、正解の道を選び取る力があったわけじゃない。きっとさ、そういう人たちには自分が歩いた道を絶対に正解にしてやるっていう覚悟があったんだ。私はさ、そう思うんだよ」

 沈みゆく夕日の光がアサヒに当たり、彼女の白い肌がそれをほのかに反射している。ラビは、そんなアサヒを見つめながらも、心の中でそっと、彼女の言葉を反芻するのだった。


――現在――

 半月の夜、夜風に吹かれながら、ラビはニンジンを咥えて佇んでいた。少しずつ低下していく気温に体を震わせて、彼は、シェドたちが口に出していた言葉を呟く。

「……ケル、ねぇ」

 聞き覚えのある名前だった。顔見知りというわけではないが、かつてペガ師匠に紅炎旅団の話を聞いた際、その名前が出てきた気がする。

 そしてそのケルという男は、確かあの神と行動を共にしていたはず。そう、かつてヤレミオを唆し、神との戦争を始めさせた張本人『ハデス』と。

 ――やっぱり絡んでたか。面倒ごとの裏には、いっつもあいつがいやがる。

 ラビは舌打ちをしながら、手に持つニンジンを齧るペースを上げる。そんな彼の後ろから、ふいに声がかかった。

「あ、ラビさん。起きてたんだ」

 サンだった。もうすでに全員眠っていると思っていたが、まだ起きていたのか。ラビは、サンに目を向けて言葉を発する。

「サンこそ、よくこんな時間まで起きていたな。今日は眠れなかったのか?」
「うん、考え事しているうちに、なんか眠くなくなっちゃったんだ」
「考え事? なんだよ。3日後の作戦に、今から緊張でもしてるのか?」
「違うよ。もちろんそれに対して気を抜くつもりはないけどさ、俺が今考えてるのは、ユニのことなんだ」
「なるほど、あいつのことか」

 どうやら、ユニは自分の約束通り、サンとしっかり話しながら帰っているらしい。ユニが現状を変えようと努力していることを兄弟子として感じるラビ。そんな彼に対し、サンは、言葉を発する。

「でもちょうどよかった。ラビさんにさ、聞きたいことがあったんだよ。ラビさんはさ、ユニが蹄鉄拳をやめることどう思ってるの?」
「俺か? 別に答えてもいいが、サン。お前は、ほかのやつを気にしている余裕があるのか? お前だってちゃんとあと3日で修行を完成させなけりゃ、あいつらには勝てるようになれないぞ」
「俺は俺でなんとかするよ。絶対間に合わせる。でもさ、ユニはきっとさ、このままじゃダメだ」
「まあ、そうだな。あいつはこのままだと間に合わない可能性の方が高そうかもーー」
「違う! そうじゃないんだ!」

 サンは、ラビの言葉を自身の言葉で遮る。ラビが見る限り、サンはそのように人の話を遮るタイプに見えなかったため、ラビは、少し驚き彼を見つめた。サンはそんなラビに対し、どこか自身の思考を必死で言葉へと変えながら、それを発する。

「間に合う間に合わないとか、そういう話じゃないんだ。もしユニの修行が完成しなくても、その分俺が二倍頑張る、だからそんなことを言いたいんじゃないんだよ。このままだとユニは、大切なものを失って行くような気がする。俺はさ、なんか、うまく言えないけど、それがすごく嫌なんだ」

 どこか苦しそうな顔をしながら、そう言葉をこぼしたサン。ラビは、そんな彼の姿にある人物の姿を重ねずにはいられなかった。誰かが苦しんでいる時、悲しんでいる時、辛い時、無理している時、必ずその手を差し伸べようとする。そんな、かつてペガさんにその背中について行きたいと思わせた女性、アサヒの姿を。

 ――なるほどなファルさん。確かにあんたが言っていた通り、こりゃ生き写しか何かだぜ。

ラビは、考える。かつてほんの少しだけ、彼らと旅をした時、アサヒにどんな言葉をもらったか。そして自分が大人として、彼女の子どもに言葉を残す際、どんな思いを込めればいいか。

「人生における正解は、決して一つとは限らない」
「え?」

 ラビは、気付かぬうちにかつてアサヒからもらった言葉をそのまま彼に繰り返していた。キョトンとするサンに対し、ラビは、自身から無意識に出た言葉に苦笑しながらも、サンに対し、続ける。

「まあこれは人からの受け売りなんだがな。大切なのはどの道を選ぶかじゃなく、選んだ道をどう歩くかだ。だからこそそいつがこれからどう生きるかなんてそいつが後悔しないように決めればいい」
「……それは、つまり、ユニのことはほっとけってこと?」

 サンは少しだけ不服そうな目を向けながらラビに言葉を発する。しかしラビは、そんなサンの言葉を否定した。

「そう聞こえたか? まあでも俺が言いたいのは少し違うんだ。ユニがどんな道を選ぶかはあいつが決めるべきだ。だが、あいつに対してどんな言葉をかけるか決めるのは、他ならぬサン、お前なんだよ」
「……つまり?」

 ラビは、ニンジンをひと齧りし、自身の言葉を続ける。

「ユニに対して自分がどうしたいか、お前が考えた気持ちを伝えればいい。それが違う考えだとしてもぶつけ合って見るべきなんだよ。それがダチならなおさらな」

 ――まあ俺も、人のこと言えた義理じゃないけどな。

 そう言ってラビの頭にオルクの姿がよぎる。今彼はどうしているのだろうか。アサヒが死んだっきり、彼とは碌に腹を割って話せていない。願わくばいつかどこかで、かつての紅炎旅団での思い出話に花を咲かせて見たいものだが。

 サンはラビの言葉を受けて少しだけじっと考えるような表情をした。そしてその後、彼は優しい笑みを浮かべて、言葉を述べる。

「そっか、ありがとうラビさん。なんか、スッキリした。考えてみるよ、俺があいつに対してどうしたいか」

 その表情は、やはり自分があの日見たアサヒの笑顔にそっくりだった。ラビは思わず目を細めながらも、彼に対して答える。

「ああ、そうしてみろ。まあでもこんな遅くまで起きるのは普通に感心しないからな。早く寝ろ。明日の修行もいつもの時間から始めるぞ」
「うん、分かった。おやすみ、ラビさん」
「ああ、おやすみ」

 ラビにそう言葉を残して、少しだけ目を擦りながら、ゆっくりと家へと戻っていくサン。ユニはそんな彼を見送ると、なんとなく夜空の星々に自分の視線を移す。

 そして今は亡き、彼女に対し、彼は空へ言葉を呟く。

『アサヒさん。あんたの息子さ、眩しいくらい立派に育ってるよ。もし叶うならあんたに見せてやりたいぐらいだ』
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