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そして影は立ち伸びる

優しくて暖かい人

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 一方その頃ネクは、子どもたちと戯れていた。

「ねぇちゃんねぇちゃん! 追いかけっこしようぜ! 氷鬼やろ氷鬼」
「いやだよ! 氷鬼なんて変温動物がやるもんじゃないよ! かくれんぼやろかくれんぼ」
「そんなの、カメレオンのお前が有利すぎるだろ!」

 目の前で喧嘩している少年は、カメレオンの獣人のメレンとウミガメのミガである。そして、この争っている2人の奥で不貞腐れているトゲを合わせて、この施設には3人の子どもがいるらしい。

「よしじゃあ、ねえちゃんに決めてもらおう! ねぇちゃん何やりたい??」

 ミガが自分に目をぱちくりとさせて、そう問いかけてくる、かわいいなぁ。ネクは内心で呟く。自分は復讐に夢中なシェドの目しか見たことはないが、彼にもこんな時代があったのだろうか。

「……うーん。じゃあ、かくれんぼがいい、かな」

 ネクは、おずおずと彼らの質問に答える。

 ちなみにネクもカメレオンの獣人相手にかくれんぼにおいて勝てる自信があるわけではない。ただかくれんぼの方が、子どもから離れることに違和感はないため、この施設の調査に専念できると思っただけだ。

「えぇーそっかぁ、トゲもそれでいい?」
「別にいいよ。サン様と、遊べないならなんでもいいもん。ただやけになった私は強いからね!」

どうやらトゲも一応参加はするらしい。なんというかどこか負けず嫌いっぽいし、きっと遊びも真剣に取り組むタイプだろう。

「そっかぁ、かくれんぼかぁ、わかったよ」

ミガはそう言って不貞腐れながらも、大人しくメレンの決定に従う。

――少し悪いことしちゃったな。時間があったら氷鬼もやってあげよう。

 そんなことをネクが思いながらも、子ども四人とネクの間でじゃんけんが行われる。そしてメレが鬼になった。幸いネクは、鬼になることは防ぐことができた。

「うわぁ、俺が鬼かあ。じゃあ数えるよー。隠れてねー。あーあ、隠れたかったな」

 周りと色を同じくできたら鬼でも十分脅威だと思うけど。ネクがそんなことを考えながらも、かくれんぼが開始される。それと同時に、ネクは施設の方へ走り出し、ミガとトゲの視線に配慮しながらも調査を始めた。

 もちろん調査といっても今はかくれんぼ中なのだからそれほど大それたことはできない。
ただ偶然を装って落ちているものや周りの様子に気を配るだけ。

 ――ん?

 しばらくするとネクは、旗のようなものを見つけた。大きな旗に子どもじみた刺繍で『ハクダ団』と縫ってある。

 ――これは、団旗?

 ハクダ団。ネクはその名前を以前レプタリアに潜入捜査をした時聞いたことがあった。確か、アリゲイト、ゲッコウ、マムスがやっていた自警団のはず。

 いや、確かハクダ出身の誰かが、確かその自警団にはもう1人女性のメンバーがいると言っていたはず。とするとあのカナハがそれに当たるというのだろうか。全然そんなふうには見えないけど。

 ――ザザ。

 すると足音のようなものが聞こえネクは慌ててそちらを振り向く。まずい、もしカナハがアリゲイトと密接なつながりがあった場合、自分の存在はバレているかもしれない。そう思い、咄嗟に自身の腰のナイフに手を当てる。

「なに? こんなところに隠れてたの? あーあ、隠れるとこ被っちゃった」

 それは、カナハではなく、トゲだった。あー怖かった。ネクは、大きく息を吐き、胸を撫で下ろす。

「……あ、ごめんね。私別のところ隠れるから。って、トゲ。その足の傷どこで刺されたの?」

 ネクはそこで足を止め、トゲのくるぶしあたりにある噛み跡を見つけた。さっきは、水を汲むため、トゲは長靴を履いていたから気づかなかったようだが、彼女のくるぶしは、今、すっかり赤く腫れていた。

「ああ、これ? 別に何かの虫に刺されただけだよ。結構痛いけどすぐ治ると思うし」
「見せて!」
「え? あ、はい」

 唐突に苛烈になるネクの剣幕に気圧され、大人しく足を差し出すトゲ。ネクは、そんな彼女の足の赤くなっている部分を念入りに観察する。

「……トゲ、もしかしてここ以外の場所も痛くなってたりしない?」
「え、ああ、少し体で痛くなっている部分はあるけど、でもこの虫は関係ないよ」
「ううん、違うの。あなたが刺されたのは、セアカゴケグモって言う毒蜘蛛だよ」
「え?」
「最初はちょっと痛いだけなんだけどね。どんどんこの腫れが全身に広がっていってだんだん頭痛とかの、症状にもつながっていくの。すごく怖い毒なんだよ」

トゲの顔が青ざめる。ませているとはいえ中身はまだ幼い少女。不安そうな顔を浮かべながらネクに尋ねる。

「え……やだ、そんなのやだよ。どうしたらいいの?」
「……安心してこういう時のために私たちがいるの」
そうやってトゲに笑顔を見せるとネクはポーチを漁り始めた。そして注射を取り出す。
「なにそれ……注射?」
「うん、よくいるクモだから一応血清を持ち歩いてるんだ。こういうのを抗毒素治療って言うんだけどね。多分これを打ったらその痛みも消えると思うから」

 そしてネクは、ゆっくりと針をトゲの刺された箇所に注入した。するとトゲの痛みはみるみるうちに消えて、心なしか気だるかった彼女の体も軽くなった。彼女は驚いて目を丸くしながらネクに言葉を発する。

「すごい、おねえちゃん。お医者さんなの?」
「……お医者さんってほどじゃないよ。ただ、知ってるだけ。一緒にいたいって人がすぐ無茶をする人だからさ。その人がいつ傷ついてもいいように、一通りの医学の知識は頭に入れたの。私にはその人と一緒に戦う才能はあまりなかったから」
「…………それってサン様のこと?」

 そうだった。この子は自分とサンの関係を勘違いしたままだった。ネクは気づく。別にそういう関係じゃないから、早めに訂正してあげればよかった。それにしても様付けとは、あまりにもサンのイメージと違いすぎてネクは内心で笑みを浮かべる。

「ううん違うよ。私とサンは、トゲが思っているような関係じゃないよ」
「……そっか、良かったぁ。こんな綺麗でなんでもできる人が相手だったら私勝てないもん。じゃあ他にそういう人がいるんだね! どんな人!?」
「……え」

 急にめちゃくちゃ褒められて動揺しながらも、ネクは自身の思い人へ想いを馳せる。どんな人か。彼を他人に紹介するなら、どんな言葉が合うのだろうか。いや、そうか、やっぱりなんだかんだこの言葉が一番彼には似合うのだろう。

「……すごく、優しい人。不器用で、それを表に出すのが下手だけど、本当にどうしようもないくらい。優しくて暖かい人」

 それからかくれんぼを終えて、サンも施設の子どもと遊び倒した後、彼らはその施設を後にした。夕暮れを背に受けながら、サンやネクに手を振る。そんなカナハ達の姿は、あまりにも美しくて、和やかで、こんな土地にそんな光景が存在することは奇跡だと、彼らは感じるのだった。
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