5 / 44
おちる
しおりを挟む
意識が曖昧になると身体との解離が起きるのだと少年は知った。
食べ物どころか水一滴すら拒否した少年は朝日を二つ数えたところで意識を手放し、三つ目の朝日を瞼越しに感じる頃には肉体が魂を手放そうとしていた。
生と死の狭間で少年はうすぼんやりとこれまでの日々を思い出していた。
一番古い記憶はマリファの膝の上に抱き抱えられるように座っていた夜。夕食後、眠るまでのほんの少しの時間。マリファは様々な寝物語を語ってくれた。
それは楽しい話ばかりではなくて、ときに切なく悲しい話もあった。その夜の話もそんな悲しい話だったのだろう。幼子は物語の中で描かれた死を悼んで涙を流していた。
──僕はなぜ泣いたのでしたか。
少年は過去に巻き戻り、あの夜の記憶を浚う。
マリファが聞かせたのは異種間ながら友情を育んだ獣達が、種の違いから起こる寿命の差に心痛める話だった。
残す者と残される者。そのどちらもが苦しむ。
愛しい存在を残してこの世を去るやりきれなさ。
心身を蝕む苦痛を取り除けない無力感。
子供心にどちらの思いも少年の胸に刺さった。故に泣いた。
──ああ。僕はマリファ様を残して逝くのですね。少しは寂しがってくれると嬉しいのですが。
大きくなった少年は死を恐れてはいなかったし、悲しくもなかった。心優しい神はきっと少年の骸を地上に捨てることはないから。きっと空の片隅に埋めてくれるから。
そうすれば少年の魂は神の庭の小さな営みの環に加われる。
──幾度と繰り返す生と死の輪踊曲を愛しき貴方に捧げましょう。
少年が生を手放すときがやって来た。最期にもう一度だけ愛する者の姿が見られたらと思ったけれど、重い瞼は開かない。
ちょっとだけ残念だなと少年は思った。
その時、肌の上を冷たい風が撫でたように感じた。熱を生み出すほどの体力も残っていないため身体の芯から冷えていたはずなのに、死の淵は更に冷たく感じるのかと少年はどこか冷静だった。
──さようなら。マリファ様。
穏やかな最期というのは素敵だなと思っていた少年の安寧が脆くも崩れたのは一瞬のことだった。
全身を熱く熱した杭で打たれたかのような衝撃。痛みを訴える慟哭。
──これは罰です。
少年は己の身に与えられる暴力を、身勝手に命を捨てたことに対する罰だと察した。
本来ならば隠しておくべき身の内の柔い部分を暴き、熱鏝で焼くのは地獄の番人か。
少年は幾度となく声なき悲鳴をあげる。
──神の教えに背いて命を粗末にしたのは悪かったかもしれません。けれどもそうしなければ耐えられなかったのです。
愛しきお方に見送られて地上に落とされても僕はきっと務めなど果たせませんでした。孤独にうちひしがれて一昼夜と保たずに死んでいました。
どうせ絶たれる命なら。いっそ空で散らしたいと願うことはそんなに罪なのですか。
ならば問います。戯れに命を拾い上げて愛することこそ罪深くはないのですか?
僕は手慰みの玩具ではないのに。ひとりの意思ある人間なのに。己の終わり時くらい決めさせていたただきます。
少年は身体の中心に一本の熱い杭を通され、天も地もなく揺さぶられ、あまりの痛みで冷静さを欠いていた。
故に、間違いを犯した。
自身の現状を正しく見極められなかった。
けれども誰が少年を責められようか。力ある神に翻弄された幼き魂を。
人の子だった少年は終わりの知れない苦行に苛んだ。
結果、過度に与えられた神の精を歪めて受け取った。
少年は目覚めた。
新たな神として。
呪の神“ラナティン”はこうして生まれた。
食べ物どころか水一滴すら拒否した少年は朝日を二つ数えたところで意識を手放し、三つ目の朝日を瞼越しに感じる頃には肉体が魂を手放そうとしていた。
生と死の狭間で少年はうすぼんやりとこれまでの日々を思い出していた。
一番古い記憶はマリファの膝の上に抱き抱えられるように座っていた夜。夕食後、眠るまでのほんの少しの時間。マリファは様々な寝物語を語ってくれた。
それは楽しい話ばかりではなくて、ときに切なく悲しい話もあった。その夜の話もそんな悲しい話だったのだろう。幼子は物語の中で描かれた死を悼んで涙を流していた。
──僕はなぜ泣いたのでしたか。
少年は過去に巻き戻り、あの夜の記憶を浚う。
マリファが聞かせたのは異種間ながら友情を育んだ獣達が、種の違いから起こる寿命の差に心痛める話だった。
残す者と残される者。そのどちらもが苦しむ。
愛しい存在を残してこの世を去るやりきれなさ。
心身を蝕む苦痛を取り除けない無力感。
子供心にどちらの思いも少年の胸に刺さった。故に泣いた。
──ああ。僕はマリファ様を残して逝くのですね。少しは寂しがってくれると嬉しいのですが。
大きくなった少年は死を恐れてはいなかったし、悲しくもなかった。心優しい神はきっと少年の骸を地上に捨てることはないから。きっと空の片隅に埋めてくれるから。
そうすれば少年の魂は神の庭の小さな営みの環に加われる。
──幾度と繰り返す生と死の輪踊曲を愛しき貴方に捧げましょう。
少年が生を手放すときがやって来た。最期にもう一度だけ愛する者の姿が見られたらと思ったけれど、重い瞼は開かない。
ちょっとだけ残念だなと少年は思った。
その時、肌の上を冷たい風が撫でたように感じた。熱を生み出すほどの体力も残っていないため身体の芯から冷えていたはずなのに、死の淵は更に冷たく感じるのかと少年はどこか冷静だった。
──さようなら。マリファ様。
穏やかな最期というのは素敵だなと思っていた少年の安寧が脆くも崩れたのは一瞬のことだった。
全身を熱く熱した杭で打たれたかのような衝撃。痛みを訴える慟哭。
──これは罰です。
少年は己の身に与えられる暴力を、身勝手に命を捨てたことに対する罰だと察した。
本来ならば隠しておくべき身の内の柔い部分を暴き、熱鏝で焼くのは地獄の番人か。
少年は幾度となく声なき悲鳴をあげる。
──神の教えに背いて命を粗末にしたのは悪かったかもしれません。けれどもそうしなければ耐えられなかったのです。
愛しきお方に見送られて地上に落とされても僕はきっと務めなど果たせませんでした。孤独にうちひしがれて一昼夜と保たずに死んでいました。
どうせ絶たれる命なら。いっそ空で散らしたいと願うことはそんなに罪なのですか。
ならば問います。戯れに命を拾い上げて愛することこそ罪深くはないのですか?
僕は手慰みの玩具ではないのに。ひとりの意思ある人間なのに。己の終わり時くらい決めさせていたただきます。
少年は身体の中心に一本の熱い杭を通され、天も地もなく揺さぶられ、あまりの痛みで冷静さを欠いていた。
故に、間違いを犯した。
自身の現状を正しく見極められなかった。
けれども誰が少年を責められようか。力ある神に翻弄された幼き魂を。
人の子だった少年は終わりの知れない苦行に苛んだ。
結果、過度に与えられた神の精を歪めて受け取った。
少年は目覚めた。
新たな神として。
呪の神“ラナティン”はこうして生まれた。
0
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが
古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。
女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。
平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。
そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。
いや、だって、そんなことある?
あぶれたモブの運命が過酷すぎん?
――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――!
BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる