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おちる

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意識が曖昧になると身体との解離が起きるのだと少年は知った。
食べ物どころか水一滴すら拒否した少年は朝日を二つ数えたところで意識を手放し、三つ目の朝日を瞼越しに感じる頃には肉体が魂を手放そうとしていた。

生と死の狭間で少年はうすぼんやりとこれまでの日々を思い出していた。
一番古い記憶はマリファの膝の上に抱き抱えられるように座っていた夜。夕食後、眠るまでのほんの少しの時間。マリファは様々な寝物語を語ってくれた。
それは楽しい話ばかりではなくて、ときに切なく悲しい話もあった。その夜の話もそんな悲しい話だったのだろう。幼子は物語の中で描かれた死を悼んで涙を流していた。

──僕はなぜ泣いたのでしたか。

少年は過去に巻き戻り、あの夜の記憶を浚う。
マリファが聞かせたのは異種間ながら友情を育んだ獣達が、種の違いから起こる寿命の差に心痛める話だった。
残す者と残される者。そのどちらもが苦しむ。
愛しい存在を残してこの世を去るやりきれなさ。
心身を蝕む苦痛を取り除けない無力感。
子供心にどちらの思いも少年の胸に刺さった。故に泣いた。

──ああ。僕はマリファ様を残して逝くのですね。少しは寂しがってくれると嬉しいのですが。

大きくなった少年は死を恐れてはいなかったし、悲しくもなかった。心優しい神はきっと少年の骸を地上に捨てることはないから。きっと空の片隅に埋めてくれるから。
そうすれば少年の魂は神の庭の小さな営みの環に加われる。

──幾度と繰り返す生と死の輪踊曲を愛しき貴方に捧げましょう。

少年が生を手放すときがやって来た。最期にもう一度だけ愛する者の姿が見られたらと思ったけれど、重い瞼は開かない。
ちょっとだけ残念だなと少年は思った。

その時、肌の上を冷たい風が撫でたように感じた。熱を生み出すほどの体力も残っていないため身体の芯から冷えていたはずなのに、死の淵は更に冷たく感じるのかと少年はどこか冷静だった。

──さようなら。マリファ様。

穏やかな最期というのは素敵だなと思っていた少年の安寧が脆くも崩れたのは一瞬のことだった。
全身を熱く熱した杭で打たれたかのような衝撃。痛みを訴える慟哭。

──これは罰です。

少年は己の身に与えられる暴力を、身勝手に命を捨てたことに対する罰だと察した。

本来ならば隠しておくべき身の内の柔い部分を暴き、熱鏝で焼くのは地獄の番人か。
少年は幾度となく声なき悲鳴をあげる。

──神の教えに背いて命を粗末にしたのは悪かったかもしれません。けれどもそうしなければ耐えられなかったのです。
  愛しきお方に見送られて地上に落とされても僕はきっと務めなど果たせませんでした。孤独にうちひしがれて一昼夜と保たずに死んでいました。
  どうせ絶たれる命なら。いっそ空で散らしたいと願うことはそんなに罪なのですか。
  ならば問います。戯れに命を拾い上げて愛することこそ罪深くはないのですか?
  僕は手慰みの玩具ではないのに。ひとりの意思ある人間なのに。己の終わり時くらい決めさせていたただきます。


少年は身体の中心に一本の熱い杭を通され、天も地もなく揺さぶられ、あまりの痛みで冷静さを欠いていた。
故に、間違いを犯した。
自身の現状を正しく見極められなかった。
けれども誰が少年を責められようか。力ある神に翻弄された幼き魂を。

人の子だった少年は終わりの知れない苦行に苛んだ。
結果、過度に与えられた神の精を歪めて受け取った。

少年は目覚めた。
新たな神として。
呪の神“ラナティン”はこうして生まれた。

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