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4章
決戦
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「いっけぇえぇぇええー---」
咆哮と共に鮮血が飛び散る。
「分かってるわよッ」
少女は硬く握り締めた拳を振り上げ宙で振りかぶる。
ソニックブームが巻き起こる。肩の脱臼する壮絶な音と彼女の悲鳴とが響きわたる。
少女が殴った、マナを注ぎ込んだモノはカタパルトの様に発射される。
「____?!」
ソレに気が付いた太一は咄嗟に聖槍を六花の体から引き抜く。
鮮血が、内臓が飛び散る。
ピンクのペンキがアスファルトの壁にぶちまけられた様だ。
____弾く。
血を滴らせながらも六花はその刀身を捉えて弾いた。
デジャブ、守破離。
その型はベルフェゴールが六花に放ったモノそのものであった。
二刀流の二の太刀が躍動する。
「母さん。」
歪な声で、朧げに人語を操るソレは息の絶える瞬間にそう言った。
届かない。彼の再生能力では。
彼の母を蘇生する事は。そして、彼の母が身を挺して守ったこの肉体を再生するのには、あまりにも脆かった。
太一の体には凛奈のありったけのマナが込められた鞘である袋が突き刺さっていた。
「うぉぉおおおお」
言葉にならない声を発して六花はその刀を太一の体に突き刺す。
ピクリと痙攣が走る。けれどもそのフラスコは割れていた。
母親の愛情が詰まったフラスコは、もう元には戻れないのだ。
「わァァァ、うりゃあ」
袋は六花に彼女が与えた物であった。
グレートヒェンが最後に六花に与えた。
けれども物、だ。物に過ぎない。モノではない。
「辞めてッ!」
六花にそう叫ぶ彼女の瞳は矢張り烱々と光っている。
「麻友ちゃんが……麻友ちゃんが見てるのよ。」
深雪麻友。グレートヒェンが最後に六花にくれたモノは彼女だ。
「あ、あ……」
力の抜けた声が六花の口から漏れる。
「帰りましょう。」
空の煙は晴れて、血の雨によって出来た虹が綺麗に映えていた。
***
「お兄ちゃん、起きて」
可愛らしい鈴の様な声でそう言いながら六花の体を揺するのは麻友だ。
「おう……おはよう」
まだ眠たいのかその目を六花は頻りに瞬かせる。
二階にある自室から降りた先には母と父の姿があった。
「行ってきます」
朝食を急いで食べ終えて六花はドアに手を掛けてそう言う。
「行ってらっしゃい」
まだ朝礼の時間には幾分かの余裕があるが六花には急ぐべく理由があった。
「あら、おはよう。今日はまた随分と遅いじゃない。この私を278秒も待たせるなんて良い度胸しているじゃない。」
そう高飛車に言う彼女。
「そんな勿体ぶって如何にも長く待ち惚けを食らったみたいに言うな!お前はカントか!」
カントとケーニヒスベルクの人々の時計。
因みに五分弱だ。確かに人を待つのには少し微妙に長い時間なのかもしれない。
「あら、貴方がカントを知っているなんて意外ね。それならカントに倣って自律する事ね。」
「そう言うお前はロジャー=ベーコンを見習え。」
友人を待つには確かに長いかもしれないが、良いじゃないか。
恋人なんだし。
「『人は賢明になればなるほど、ますます腰を低くして他人から学ぼうとする。』ね」
「そうだ!それそれ!にしてもお前良くそんな言葉知ってるなぁ」
「あら、当たり前じゃない。浅学非才な貴方とは違って博学多才な私を貴方と同じステージで語ろうとする事自体がそもそも愚かなのよ」
「俺たち恋人じゃなかったっけ?!」
「冗談よ。それで、私がベーコンが好きかどうかだっけ?」
涎を垂らしながらそう言う。
「馬鹿だ!もの凄い馬鹿がいた!」
「あら?馬鹿と天才は紙一重よ。尤も、チンパンジーと人間の遺伝子の差は僅か1%だけれども。」
そんな事を六花を指差しながら彼女は言う。
「私だったらこう言うわ。それは馬じゃなくて鹿よ、ってね。」
そんな他愛の無い話をしながら足を進めて行くうちに二人は学校へと到着した。
「退屈な授業の後にはご褒美をキチンと用意してあげてるから」
耳元で彼女はそう言ってそのまま六花の耳を甘噛みする。
「おはようございます、玉藻先生」
八方美人だ。まあ、彼女の場合はただの美人なのだけれど。
「お弁当にしましょう」
四限目の玉藻先生の授業が終わり、彼女は唐突にそう言った。
担任の授業なのにコイツは碌に授業を受けずにちょっかいをかけ続けてきた。
「ああ、そうしよう」
屋上へと向かう。
「桜、綺麗だよな」
「桜、好きなの?」
「ああ。この学校の名物だしな」
「それよりもお弁当にしましょう」
随分と気合の入れた、けれども家庭的な弁当が差し出される。
正にこれこそ理想的な弁当だ。
「美味しい?」
そう尋ねてくる彼女。
「ああ、美味しいよ。」
本当は味などしないのだけれど。
深雪六花には味覚など全くないのだけれど。
六花はそう言った。
「そう、良かった。」
家庭的な弁当は矢張り家庭的な弁当箱に入っていた。
『二階堂芽生』そうマジックペンで名前が書かれている。
「今、幸せ?」
あの刀は聖遺物となった。イエスの死を確認してロンギヌスの槍の様に。
「ああ、幸せだよ。」
聖遺物、マナ。焼却と冷却。
六花は世界中のマナを持ってして幸せを掴んだのだ。
針の止まった時計が、動き出していた。
【完】
咆哮と共に鮮血が飛び散る。
「分かってるわよッ」
少女は硬く握り締めた拳を振り上げ宙で振りかぶる。
ソニックブームが巻き起こる。肩の脱臼する壮絶な音と彼女の悲鳴とが響きわたる。
少女が殴った、マナを注ぎ込んだモノはカタパルトの様に発射される。
「____?!」
ソレに気が付いた太一は咄嗟に聖槍を六花の体から引き抜く。
鮮血が、内臓が飛び散る。
ピンクのペンキがアスファルトの壁にぶちまけられた様だ。
____弾く。
血を滴らせながらも六花はその刀身を捉えて弾いた。
デジャブ、守破離。
その型はベルフェゴールが六花に放ったモノそのものであった。
二刀流の二の太刀が躍動する。
「母さん。」
歪な声で、朧げに人語を操るソレは息の絶える瞬間にそう言った。
届かない。彼の再生能力では。
彼の母を蘇生する事は。そして、彼の母が身を挺して守ったこの肉体を再生するのには、あまりにも脆かった。
太一の体には凛奈のありったけのマナが込められた鞘である袋が突き刺さっていた。
「うぉぉおおおお」
言葉にならない声を発して六花はその刀を太一の体に突き刺す。
ピクリと痙攣が走る。けれどもそのフラスコは割れていた。
母親の愛情が詰まったフラスコは、もう元には戻れないのだ。
「わァァァ、うりゃあ」
袋は六花に彼女が与えた物であった。
グレートヒェンが最後に六花に与えた。
けれども物、だ。物に過ぎない。モノではない。
「辞めてッ!」
六花にそう叫ぶ彼女の瞳は矢張り烱々と光っている。
「麻友ちゃんが……麻友ちゃんが見てるのよ。」
深雪麻友。グレートヒェンが最後に六花にくれたモノは彼女だ。
「あ、あ……」
力の抜けた声が六花の口から漏れる。
「帰りましょう。」
空の煙は晴れて、血の雨によって出来た虹が綺麗に映えていた。
***
「お兄ちゃん、起きて」
可愛らしい鈴の様な声でそう言いながら六花の体を揺するのは麻友だ。
「おう……おはよう」
まだ眠たいのかその目を六花は頻りに瞬かせる。
二階にある自室から降りた先には母と父の姿があった。
「行ってきます」
朝食を急いで食べ終えて六花はドアに手を掛けてそう言う。
「行ってらっしゃい」
まだ朝礼の時間には幾分かの余裕があるが六花には急ぐべく理由があった。
「あら、おはよう。今日はまた随分と遅いじゃない。この私を278秒も待たせるなんて良い度胸しているじゃない。」
そう高飛車に言う彼女。
「そんな勿体ぶって如何にも長く待ち惚けを食らったみたいに言うな!お前はカントか!」
カントとケーニヒスベルクの人々の時計。
因みに五分弱だ。確かに人を待つのには少し微妙に長い時間なのかもしれない。
「あら、貴方がカントを知っているなんて意外ね。それならカントに倣って自律する事ね。」
「そう言うお前はロジャー=ベーコンを見習え。」
友人を待つには確かに長いかもしれないが、良いじゃないか。
恋人なんだし。
「『人は賢明になればなるほど、ますます腰を低くして他人から学ぼうとする。』ね」
「そうだ!それそれ!にしてもお前良くそんな言葉知ってるなぁ」
「あら、当たり前じゃない。浅学非才な貴方とは違って博学多才な私を貴方と同じステージで語ろうとする事自体がそもそも愚かなのよ」
「俺たち恋人じゃなかったっけ?!」
「冗談よ。それで、私がベーコンが好きかどうかだっけ?」
涎を垂らしながらそう言う。
「馬鹿だ!もの凄い馬鹿がいた!」
「あら?馬鹿と天才は紙一重よ。尤も、チンパンジーと人間の遺伝子の差は僅か1%だけれども。」
そんな事を六花を指差しながら彼女は言う。
「私だったらこう言うわ。それは馬じゃなくて鹿よ、ってね。」
そんな他愛の無い話をしながら足を進めて行くうちに二人は学校へと到着した。
「退屈な授業の後にはご褒美をキチンと用意してあげてるから」
耳元で彼女はそう言ってそのまま六花の耳を甘噛みする。
「おはようございます、玉藻先生」
八方美人だ。まあ、彼女の場合はただの美人なのだけれど。
「お弁当にしましょう」
四限目の玉藻先生の授業が終わり、彼女は唐突にそう言った。
担任の授業なのにコイツは碌に授業を受けずにちょっかいをかけ続けてきた。
「ああ、そうしよう」
屋上へと向かう。
「桜、綺麗だよな」
「桜、好きなの?」
「ああ。この学校の名物だしな」
「それよりもお弁当にしましょう」
随分と気合の入れた、けれども家庭的な弁当が差し出される。
正にこれこそ理想的な弁当だ。
「美味しい?」
そう尋ねてくる彼女。
「ああ、美味しいよ。」
本当は味などしないのだけれど。
深雪六花には味覚など全くないのだけれど。
六花はそう言った。
「そう、良かった。」
家庭的な弁当は矢張り家庭的な弁当箱に入っていた。
『二階堂芽生』そうマジックペンで名前が書かれている。
「今、幸せ?」
あの刀は聖遺物となった。イエスの死を確認してロンギヌスの槍の様に。
「ああ、幸せだよ。」
聖遺物、マナ。焼却と冷却。
六花は世界中のマナを持ってして幸せを掴んだのだ。
針の止まった時計が、動き出していた。
【完】
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