上 下
84 / 86
4章

ヒト

しおりを挟む
「どうやら機が熟した様ですね」

暗い廊下。いつもと違うのはその異臭だけだ。

地面に這いつくばる様にしているこの男、否果たして少年は寝巻きにその身を包んでいた。

「ああ、ヒトの憤怒がサタンを召喚する。我々の……我々の念願が遂に成就するのだ」

「人類の夢。永遠の命の独占が」そうほくそ笑みながら、矢張り老人もその成金趣味な着物を自身の血で朱に染めてそう言った。

「でも、なんで独占するんですか?」と寝巻き。

「お前にはまだ説明していなかったかな?」

「我々は総合思念体___或る一つの事象を無限にまで拡張出来る存在だ」

意識の共有。今食べている米の味の共有。

「だが、ソレはあくまで認識の共有に過ぎない。記憶は共有出来ないのだよ」

ましてや思想はね。

「認識と……記憶?」

「そうだ。人間ってのはまず目で見てその後に脳に記憶として保管するだろう?」

「君はすっかりそのまま抜け落ちてしまっているらしい」

見てはいるがその瞬間に忘れてしまう。故人の相貌の様だ。

「人間ってのは皆、その起源を辿ると一人の女性に帰着する。」

アダムとイブ。

「我々は皆共有しているのだよ」

その細胞を。

「故に私は断ち切らねばならないと感じた。人間を超える為に」

「その結果が独占、ね。」

全ては復讐の為。師である彼を裏切らせた神に復讐するため。

「成る程、納得出来たよ。ありがとうさん」

寝巻きはそのまま眠そうに瞼を数回瞬きする。次第にその動きは怠慢になり、遂に動かなくなった。

しかし、もう片方の老人は見る見る内に息を吹き返して行く。若返って行く。

そこにはただ、銭袋を提げたイスカリオテのユダの姿があった。

「さあ、始めようか」

彼はそう言ってやおら立ち上がる。

袋が紐解かれて中から古く錆びた銭の山がこぼれ落ちる。

そして包み込む様にして彼を起き上がらせる。

「矢張り分身は全員殺されてしまったか……」

辺りの惨状を見て彼はそう落胆する。辺りには大小様々な男達の死体が転がっていた。

「初期が懐かしいなぁ。人体精製ってのは男女一対でしか成立しなかったからな」

あれだけコピーがいれば何も山本を一人処刑しただけでよもや気付かれまい。

入れ替わったとしても彼女達は。グレートヒェンは。

「片方が死ねばもう片方も道ずれだからな……そんなの完璧とは言えない」

深雪六花が殺した山本晶。ベルフェゴールが殺したのはユダだった。

それは一体どのユダだろうか?彼は彼の最愛の女性を殺したのだろうか?その手で、彼等は。

「ああ、面倒臭いなぁ」

辺りの男達の山はとても彼一人の力では持ち上げる事は出来そうに無い。

銭袋からカジノの様に大量の金貨が吐き出される。

ソレは男の足元を台風の目に辺り一帯を波の様に畝る。

次第に部屋の隅の方に固まり出す。

美しかった金貨は、ヒトが求めるソレは醜い泥の塊へとその姿を変えていた。

「うん。これで大分片付いたな」

廊下には再び静寂の反芻が訪れた。

元々はヒトが八人いたのだけれども。

彼等は彼なのだから。

「悪魔め、ふざけおって!こっちは高い代償を払って貴様等と契約を結んだのに」

焼却と冷却。

焼却は周囲のマナを消し去り悪魔の無力化を。

冷却はマナを凝固させその安定を。

「あいつ等揃いも揃ってこの万魔殿から逃げ出しおって」

裁くのは魔王だから。

「まあ、どの道全員処分するつもりだったのだがな」

そう悪態を吐く男の体は生々しい手術痕でびっしりと埋められていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

達也の女体化事件

愛莉
ファンタジー
21歳実家暮らしのf蘭大学生達也は、朝起きると、股間だけが女性化していて、、!子宮まで形成されていた!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...