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3章

波紋

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「足りない」

怒りが湧いて来る。

「お前じゃ無い。なんで……なんでお前なんかが」

哀しい。掠れた声で青年はそう言った。

「もう、全部殺そう」

歩く。薄暗い路地を一人で。

「……随分と荒ぶっているじゃないか」

「帰れ、詐欺師。僕はお前なんかと話ている暇なんて無い」

「そう連れない事を言うなよ。罪人を吊るので精一杯なのかい?」

「そうだ。」

血塗れの惨状が広がっていた。

「何も殺す事は無いだろうに……」

「お前は甘い。なんでお前なんて中途半端な奴が使徒に選ばれたのか不思議でならない」

「使徒、ね」辟易とする様に、まるで忌嫌われた言葉の様に男はそう吐き出した。

「中途半端だから、じゃないのかな?なんでも完璧であろうとすればする程上手く行かないものだよ」

「だって君は人間だろ?」

「不完全だからこそ、人間だからこそ完璧を求めるのは自然な事じゃないか」

「だからそれが間違ってるんだよ。君は求めているんじゃない。憧れているんだ、完璧って奴にね」

イカロスの翼。

「でもそれは決して無視して良いものじゃない。君の伸ばしたその手はいつから人を殺す為のものになったんだい?」

「こいつらはいずれ死ぬ。殺す」

「確かに完璧な正義の世界では罪人や心の穢れた人間は処刑されていないのかもしれない」

「だけど、だからこそ。処刑するのは人間なんだ。お前のそれは正義なんかじゃない」

「ただの我儘だ」忌子を見る様に、忌語を話す。

正義の、理屈で出来た言葉を。

「お前はそっちにはもう立てないんだよ。だってお前も願ったから」

「天使にね」

悪魔と同じ様に。

「もう……もう良いよ。結局、アンタも邪魔だ」

「なあ、愛が足りないよ。それじゃあ君は救えないよ」

救われないよ。

「消えろっ。僕の正義の前に」

剣を構える。その姿は荘厳で、とても人間には見えなかった。

「僕は愛した……悪魔でも、ね。」

ああ、やっぱり嘘は苦手だなぁ。

突き刺さる。突き抜ける。

「良いよ。君も愛、s……」

すよ。さない。して。すれば。しなさい。そうよ。……

嘘は苦手だ。自分にしかつけない。

一番大事な、最後の最後で失敗する。顔が綻ぶ。

何度目の淵だろうか……何度目の死だろうか。

神鷹慶照は、最後に虚空を見ながら思考した。

「足りない。」

血の滴る道の上を歩く。

「上を向いて歩こうよ」

涙がこぼれないように。

「太一?」「太一君?」

血が上がる。もう良い。謝罪はしなくて良いんだ。

『渋谷では大虐殺が……』『これはテロ行為ですね……』

血が上がる。十字架の様に。

「君は、君は言ったじゃないか……なのに、なのになんで母さんをッ」

罪人を殺す。

「愛を、君に。幸せは雲の上に」

善良な彼は鳴き叫ぶ。どうしてだろう?君が欲しがったのはこの首じゃないのかい?

「一人ぼっちの夜」

僕以外、いらない。

「ああ、今夜は星が綺麗だな」

処刑を終えて満足げに、那須太一は空を仰いだ。

そして彼は虚空を見上げて、考えるのをやめた。
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