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3章

腹ペコ悪役令嬢は怒られたい

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「ちょっと、こんだけしか用意出来ていないの!」

甲高い、声が響く。

「良い、料理ってのは足りない事が一番駄目なことなの!大は小を兼ねるって云うでしょ!」

バイオリンはそう続けた。

「いや、でも……その量は決して足りない、というモノではないと思いますが」

気まずそうに、バツが悪そうに下男はそう言う。

「アナタの考えなんて聴いていませんっ!私が足りないと言ったら足りないのよ!」

横暴な、独奏はそう言った。

「ご主人は今随分と機嫌が悪いのよ。神鷹さんがいないから」

なんとも期限の悪い、ひそひそ話である。

「は、ハァ?私のどこが機嫌悪いって言うの?」

蛇に睨まれた蛙の様に先程の下女は立ち竦む。

「ああ~もうッ!なんとか言いなさいよ、ムカつくわね!」

柳凪のバイオリンは弦が張ちきれた様にそう言った。

随分と彼女は機嫌が悪い。

「新しい料理をお持ちしました」

新しい下男がそう次から次へと暗い部屋にその両手に料理を載せて入って来る。

それはハタラキアリの行進の様に規則正しかった。

「どうぞ」

一人だけその協調の輪を乱す様に、ビッシリとしたスーツにその身を包んだ男がそう言った。

男の身にはスーツ姿がやけに似合っているからだろうか……その身は強調されていた。

「次、持って来なさい」

「はい」

苦笑と共に男はそう張りのある声で返事する。

「それで」

「はい、なんでしょうか」

間髪入れずにそう男は返事をしながら、不断に膳を上げ下げする。

「彼女はどうだった?」

「榮倉」

男_____榮倉凪はそう主人に尋ねられて顔を歪めた。

「良い経験になったかい?」

この弱者を痛ぶる様な顔が、彼女が悪魔であるという事を十全に知らせてくれる。

七つの大罪。「暴食」を司る彼女の名は“ベルゼブブ”と言った。

「ハイッ!それは勿論ッ!彼女は私の学者としての琴線を刺激してくれましたッ!」

彼の言う学者の琴線とは彼女を学者として捉えた時の彼女の研究結果と、彼女を実験体として見た場合の興味とが含まれている。

「ああ、そう」

柳眉を潜めて柳はそう言った。

「しかしッ!彼は不可解な人物ですね」

悪魔に魅入られた者の、特有の狂った声音で男はそう言った。

否、普段の声の方が彼からしてみれば彼の本心を表していない事から考えるに狂っているのだけれども。

「私を蘇らせる為に貴女に名を付けるとは!」

名付け____それは信頼関係の構築であり、万能に近く行為。

しかし、彼はただ彼女に彼の友人の蘇生のみを願ったのだ。

「そうね。もう既に私に支配されているアンタが生き返る事は無いのに……」

覆水盆に還らず。
もう彼女の胃袋に収められた食材が本来の形を保つ事は出来ないのだ。

「ご主人の太公望はしかし、彼だったのでしょう?」

ミルクを差し出し、榮倉は顔を歪めた。

その顔は嗤っていた。ありもしない愉悦に歪められていた。

「まあ、ね」

「だから、だから彼が使徒であったとしても……」

「良いわよ。私に裏切らせれば良いだけじゃない」

きっぱりと、悪魔はそう言った。

「ああ、そうですか……そ、れ、は、」

「やっぱり駄目ね。こんな玩具じゃ」

歯車が狂った玩具の様に、男の呂律は次第に人のソレではなくなって行く。

「食玩にもならないわ」

血潮。
血汐。

残虐な朱色の液体が周囲に飛び交う。

「それにしても……彼は大丈夫かしら?深雪六花は……」

目下の敵をその瞳に据えて彼女はそう呟いた。

「まあ、どうだって良いわ。姉様が何をしようと。でも、それで世界が滅ぶのは嫌ね」

糸の切れた人形の様に人形えいくらの体は膝から綺麗に床へと落ちる。

その胴の断面から、不断に彼の血が床へと流れて行く。

「彼は私のモノよ。だから私が護るの」

朱に交われば朱くなる。

「お腹が空いたわ」

腹ペコな、腹黒い悪役令嬢はそう言って唾を飲み込む。

呑み込む。食玩、食料へと位が下がった自身の奴隷を見て。

「いただきます」

彼は言った。食事には感謝せよ、と。

悪魔で悪魔な彼女にはその警告は意味を為さない。

彼女が食すのは生前に彼女に食われる事を約束した者なのだから。
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