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3章

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「お、お姉ちゃん……苦しいよ」

麻友の頭を抱き寄せ、その胸に抱えていた凛奈に対して彼女はそう言った。

「ああ、ごめんなさい」

放心状態でその動作を継続していた凛奈は彼女にそう言って謝る。

「大丈夫?」

少女の愛らしい芳信が返される。

放心____これも一種のトランス状態なのだろうか。


凛奈はそう考えた。しかし、彼女のソレと目の前に佇む少女のソレは全くもって異なる性質を持つものであった。

「ええ、大丈夫よ」

なんとも情けない話だ。本当に不憫なのはこの少女なのに、彼女ではないのに。

傲慢にも凛奈はしかし、少女と自身との間に明確な境界線を施していた。

彼女は出来ないのだ。自分の意志で判断を施す事は。

少女の心は囚われていた。魔王の魔性に魅入られていた。

「?」

他人の疝気を頭痛に痛む。
凛奈のまじまじとした視線を感じ取り、少女は不憫にも彼女の事を心配していた。

「行きましょう」

案じるより産むがやすし。
彼女はそう言って少女の手を握った。

小さな、優しい少女の手を。無意識の内に魔性に利用され、彼の兄に利用されたこの小さな手を。

「?うんッ」

泣きたくなる涙を押さえ込めて、き止めて凛奈は歩いた。

空には綺麗な星が炯々と輝いていた。

「……ここ、かしら?」

二人は森を抜けた後、麻友の家へと向かった。

「道、間違えていない?」

しかし、彼女の言う道を通り、彼女の言う通りの住所に向かうも幾度となく少女の家に二人は辿り付けずにいた。

「家においで」

夜も遅くなっている。少女が道に迷う事を責める事はできなかった。

「……うん」

六花の事を知っていると明かしたおかげか少女はコクリとその首を縦に振った。

彼女は悩んでいるらしかった。流石に今日初めて知り合った者の家に泊まる事は抵抗があるのかもしれない、凛奈はそう考えた。

「お母さん」

目の前には一人の女性の姿があった。

「?なんです?」

訝しげに彼女を見つめる凛奈の視線を受けて女性はそう言った。

買い物帰りの主婦だろう。その手には買い物袋が提げられている。

「あの、この子は貴女のお子様ですか?」

恐る恐る、といった感じで凛奈はそう訊く。

「は?誰の事ですか?」

「この子ですよ、この子!ここにいる小学校高学年位の!」

凛奈は少女を指差してそう懸命に言う。

「……何?アナタ大丈夫?」

女性は心配そうに、怯える様にしてそう言った。

「ああ、もう大丈夫です」

彼女は虚脱してそう言った。

女性は、この少女の恐らく母親であろう女性は凛奈の指差す方角とは明後日の方角を終始向いていたのだから。

彼女の目にはこの少女の姿は映っていなかった。

「深雪」

凛奈はトランス状態でそう言った。

「……ッ」

刹那、女性のその顔が強張る。まるで不審者を見る様な視線が凛奈を、少女を突き刺す。

そそくさと女性は消えていた。否、角を曲がり夜の帳へと消えて行った。

「この子、友達の妹だから」

結局、彼女達はそのまま凛奈の家に向かい、今を迎えていた。

「ここに泊まりなさい」

膳を運んで凛奈はそう言った。

少女はしかし、沈黙を続ける。

「これ、食べない?」

案じるより団子汁。
凛奈は少女にそう勧めた。

「美味しい?」

たどたどしい手付きから次第に少女のその手は速まって行く。

「私、人間じゃないんです」

少女はそう繰り返しボソリと言い、沈黙が反芻する。

「大丈夫よ。貴女の事は私に任せなさい。」

全くもって損な性格だ。凛奈は我ながらこの性情を煩わしく思えた。

しかし、彼女の事を煩わしいとは思えない、思わなかった。

「ロジャーは何処に行ったのかしら」

凛奈は全くもって愚かであった。守護者であり、最大の協力者である彼の事を今の今まですっかりと忘れていたのである。

那須太一。あの男が最後に吐いたその名にとてつもない不安を覚えた。

もし彼が敵だったら、ロジャーはもう死んでいるだろうか。

最悪の答えが凛奈の脳裏に過ぎった。

「大丈夫?」

そう言って心配そうに凛奈を覗き込んで来る少女を見て凛奈は閃いた。

しかし、今日はもう寝る事にしよう。流石に彼女を酷使する事は躊躇われた。

それに凛奈も疲れていた。魔王に再び会う事は。

大丈夫。彼は大丈夫だ、凛奈はそう考えた。

太一が行った様にすれば彼はきっと蘇る。

「今夜はもう寝ましょうか」

凛奈は傲慢にもそう言って臥した。
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