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3章

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「何だ……これ?」

目の前を過ぎて行く弾道。飛び散る血を見ながら那須太一はそう言った。

「……血?俺の?」

気流と共に空を駆けて行く自身の鮮血を見てそう呟いた。

「ああ……母さんッ!」

走馬灯の様に視界が目まぐるしく回転し、暗転する。

下卑た笑み。彼を殺した下卑た笑み。彼が壊した下卑た笑みが視界を巡る。

ふと太一の手の力が弱まる。

男はその毛厘たる隙を逃しはしなかった。

掌から彼女が消えた。

「……嫌だ、行かないで」

「母さんッ」

太一の少年の部分がそう叫んだ。

しかし、その声が青年へと成長した彼には届かない。太一は声を発せず、ただ呆然と彼女が自身から遠ざかって行く様を見つめるだけだった。

彼女は彼の母親では無い。

そんな事は分かっている、分かりきっていた。

しかし、その認識は少年のままの彼には届かない。彼はただその感情を吐露して茫然と泣き尽くすだけに他ならなかった。

「彼女を返して貰う。」

男は、深雪六花はそう言って彼女の肩をそっと優しく抱き寄せる。

太一は許せなかった。

かつて母を救えず、抵抗をするまでもなく凶器に、文明の利器という人間の狂気に屈してしまった自分を。

いや、彼にもし微々たる人間の性情が残っていたのなら……彼は嫉妬したのであろう、目の前で不敵に微笑むちっぽけな人間に。

人間は立ち向かった。その微々たる力で、圧倒的な太一に。

それは彼がかつてどうしてもしたくて、出来なくて……今も悔やむ事だった。

「……させないッ」

この声を発したのはどちらの太一だろうか?青年……それとも少年のままの彼か?

とにかく彼はすぐにその体勢を立て直した。

傷はもう塞がっている。

走馬灯の様に太一は男を目掛けて足を踏み出した。

馬踏飛燕。

しかし、彼は男には追いつけない。

先程の太一の心臓を貫いた銃弾はそれでもなお、悪魔でも凶器であった。

血が噴き出していた。血潮の中で太一は駆けて行った。

汗血馬の様に。
目の前を飛んで行く男を目掛けて。

「ふざけるな……」

一日一回限定の裏技。朝日が西から昇っていた。

しかし、もう既に男のその姿は彼方へと消えて行っていた。

「俺ら二人共、惨敗か……」

慰める様に、どこか気だるそうで見透かした様な声がした。

「どの道あれは僕が吐いた嘘だからな……」

しょうがなかった、男はそう言う。

「今後の打ち合わせ、打ち上げと洒落込もうじゃないか」

嘘つきは、詐欺師はそう言って嗤った。愉快に、憂鬱そうに。

「……俺はこのまま深雪六花を追跡する。魔王は任せたぞ、ウリエル。」

太一は気にも留めず、踵を返す。

「奴さんこれだからな……」

嘘は嫌いだ。
太一が男に会って初めて言った言葉だった。

「優しい嘘、必要悪ってやつもあるのにね」

自分が嘘をついている共知らないで。男はただ月に向かって下卑た笑みを向けるだけだった。

「しかし、アイツどうしてましてや銃なんかを……」

様々な憶測が男の脳裏を過ぎった。

「まあ、全部どうせ戯言なんだよなぁ……」

そう男は最後の戯言を更新して行くのだった。

「生きるって戯言だよなぁ」

月光を浴びて、男はそう言った。

___今日ハ月ガ眩シイヤ。
男はそう言ってただ空に立ち尽くすばかりだった。

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