上 下
53 / 86
3章

しおりを挟む
「……見えるッ」

深雪六花は空を飛びながら弾幕を回避していた。

彼の両手は松明の様に燃え盛り、ソレはさながらジェットエンジンの様に噴火していた。

「これが貴様の罰だ。甘んじて受けろッ」

那須太一はそう言い、尚もその手に力を込める事をやめようとはしない。

「お前はあの悪魔の誘惑に乗ってしまった。それがこの結果を生み出した。だからこの結果はお前には変えようがないんだよ。」

男はさらに糾弾を続ける。

「お前の憤慨が、憤怒があの悪魔___魔王をこの世に顕現させたんだよッ。」

これは神が定めた事だ。男はしかし、どこか寂しげにそう言った。

「……僕は悲しいよ。彼女を巻き込まなければならない事が。」

「それなら俺と、俺とだけ正々堂々と戦えッ!」

六花の、六花だけの憤怒が恍惚と燃え上がる。

「ああ、僕は悲しい。自分の無力さがッ!」

「魔人のお前なら人間の俺なんて一捻りだろッ!」

男はしかし、彼女の頭をさらに捻る。

彼女の凛とした、しかし苦悶の表情で染め上げられた呻き声が六花の耳元で囁く。

遠いいのに、どうしょうも無いくらいに六花から彼女は遠くにいるのに……彼の耳にはそれがどうしょうもなく近くに感じられてしょうがなかった。

「なんで僕は、僕の天使は悪の道にその道を踏み外した外道を、下衆を抹殺する権能を与えてくれなかったのか……」

ソレはどうしょうもなく純粋で、無垢で、残酷だった。

「ああ、僕は悲しいッ。」

太一はそう言って下卑た笑みを浮かべ、彼女をその手に締め上げる事での愉悦を噛みしめる様にした。

「手前ェーーーー」

六花の慟哭が響く。六花は加速した。その憤怒はとうとう弾幕を突破した。

「手前ってのは自分の事を指しているのかい?それなら自分でさっさと刺せよ。自分自身をな。」

大義名分。

世の正義が太一に協力しているのなら、世の憤怒は六花に味方しただろう。

たったそれだけの差であった。しかし運命は彼の味方をしてくれなかった。

深雪六花はその後、それに舞っていた。

否、落ちていた。飛行中に空を飛んでいた鳥が、憤怒という翼を持った鳥が、正義という無機質な銃弾の元に倒れていた。

男はその片方の手に燃え盛る利器を手にしていた。

「お前はもう魔人でもなんでも無い。お前は人間だ。」

僕は使徒なんだよ。
生物としての格が違う。そう男は愉悦に、優越に浸る。

「……知ってるか。人間ってのは輝けるんだぜ。」

彼女の様に。

「叩けば輝くもんなんだよ。命って字には叩くって入ってるだろ?」

春野芽生の様に。

六花に、愚鈍な彼に優しく接してくれた彼女の様に。

自分を殺した相手を愛し、それでも尚、彼を待ち続ける彼女の様に。

世の正義が、憤怒が彼等の内のどちらかを祝福しようと。

世の中の人間はきっと彼女を___春野芽生を愛するだろう。

例え隣の人間がそれを否定しようとも、深雪六花の中の世の中は彼女を求め、愛し続けるのだから。

これからも。これまでも。

「だから俺は信じる……人間って奴をな。」

神をも殺す。
深雪六花の、一人の人間とそれを翻弄する悪魔の。

俺と悪魔の反乱物語の幕が開けた。

「初戦は勝利で飾らなきゃな……例えそれがラスボスでも。」

だって彼は既に合っているのだから。

本来のラスボスである魔王と。

「彼女を返してもらおう。」

六花はその拳を男に突き出した。

「……だから何度も同じ事を言わせないでくれよ。」

君にこの罰の結果を変えられない。男はそう言う。

結果とは行動によって起こるその結末の事だ。

数字、感動。

それを物理的に算出できるかどうかは不躾な質問であろう。

確かに彼が魔王の力を、彼女の小さなその体に彼の憤怒を預けてしまった事は結果としては正しくないだろう。

しかし、しかし。それが悪い事だとは決して言えないのではないのか。

人間は結果を幸せを決める事ができない。

それをできるのは、正しくそれは神だろう。

それに決める事は結果であり、結果は幸福なのだから。

けれど人間は考える。反乱しようとする。

それは人間が決める事ができるからだ。

自分に問い掛ける事が可能だからだ。

悔いが残るか、残らないかを。

「だから言っただろ……結果は変えられないと。」

六花の放った拳は太一の利器によって斬られる。

痛い。たしかに痛い。しかしその痛みは魔王の負わせたあの痛みとは比べ物にならない。

憤怒により自身を支配された、支配する痛みとは比較にならなかった。

「効かねぇんだよそんなオモチャの剣なんかよッ。」

六花の拳から漏れた炎が空を裂く。

丁度ソレは斬られた事により指の様な形になる。

「魔人や使徒って言ったって所詮は人間様の二番煎じだろ?」

太一の、天使の、神の利器は六花のその拳の骨によってせき止められ、六花の拳を裂く事は出来ない。

「人間の……文明の利器ってヤツを味わえ。」

これがお前が馬鹿にし、恨み、目にして来なかった力だ。六花はそう言って笑った。大きく笑った。

「どうだ、痛いか?」

銃弾が、榮倉の落としていった銃弾が、六花の、魔王の指によって弾き出された銃弾が太一の胸を貫通していた。

皮肉にも、彼の母を殺した文明の利器が、人間の輝きが、彼を再び殺した。

「こっちの利器は鋭く尖ってるだろ?」

下卑た嗤いを浮かべて人間はそう言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...