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3章
鬼
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「……意外だな。まさか魔王様が人間風情を庇うとは」
仰々しく男はそう言う。
「これも契約の一環なのでな」
視線の先、少女は、深雪麻友はそう言った。
「その子は一体何者だい?」
矛盾。ここには男と彼女以外誰もいないのだ。深雪麻友と男以外誰も。
「その子?平仄が合わないね。」
君、だろ?彼女はそうシニカルな笑みを浮かべて言った。
「魔王様は随分と嘘つきなんだな~」
男は値踏みするかの様な下卑た視線を麻友に向ける。
「そんな目で見ないでくれる?」
この子が嫌がるでしょう。彼女は男に対してそう答えた。
二人の笑い声が森に響く。
「いいや、からかい上手なんだね。」
破顔一瞬。笑みを消して男はそう言う。
「それでどうするんだい?逃げるの、戦うの?」
挑発的な目で男を見つめる。
「うらとしては逃げる事をお薦めするよ」
なにせ相手は魔王だから。少女はそう言ってひどく似合わない、不釣り合いな下卑た笑みをその顔に浮かべるのであった。
天使の様な、悪魔の様な。
「僕としては逃げたいのは山々なんだけど……」
だけどサ。男はそう反芻する。
「ああ、気が乗らないな。」
手土産の一つでも必要だろ?うちのお姫様には。
「……戦う、と言う事か?」
意外そうに彼女はそう訊いた。
「しかし。しかし、貴様にはその様な義理は無いだろ?」
なぜだ、彼女はそう反芻した。
「使徒である貴様が……何故ッ?」
「洞ヶ峠なんてとんでも無い。君は気付いていたんじゃないか……まったく、からかい上手だなァ。」
一箇所に纏めて殺した方が楽、ダロ?
下卑た、擦れた笑みを男はその正義のヒーローのマスクの上に浮かべる。
「ここで潰す、お前は」
「仲間思いなんだね、サタンさんは。」
憤怒する。少女は、ソレは憤慨し、憤怒し、その身に漆黒のドレスを纏う。
「あんまり興奮し過ぎると憤死するよ。」
それが男の、最後の戯言となった。
彼女はそのしなやかな体躯を猛禽の様にしならせ、男の懐に忍び込む。
マグナム。凛奈の放つ拳銃とは比較にならない威力を誇る拳が男の腹に二段、三段と炸裂する。
「全ての痛みは消える。」
血汐。男の全身を強烈な、圧倒的な痛みが巡る。圧倒的な憤怒が彼に一身に、一途に、健気に放たれていた。
血潮の海で、しかし男はそう言った。消える、と。
「いくら僕の事を殴ろうと、殺そうとしても多分無理だと思うよ。」
彼女の、少女の幼い体を丁度抱きかかえるかの様な格好になって血を吐きながら男はそう言う。
「君は既に負けてるんだよ。」
何もかもを見透かした様な目で男はそう少女に言った。
土地が隆起する。何も地震が発生したわけでは無い。
少女の、一人の少女の、否魔王のその憤怒が森の地形を変えていた。
一つの幽玄な渓谷が森に形成される。
「赤壁の戦いか……全くもうたら全くもうだな。」
絶望的だ。男は尚もその拳を、マグナムを止める事なく戦車の様に突き進んで来る少女を見やりそう言う。
「でも最後には勝った。」
高竜王。竜王の戯言……いや、それは辞書には載っていないのだから立派な嘘なのだろう。
男はすがるかの様に嘘を吐いていた。
「?!」
彼女の手が止まる。
竜が、炎が彼女を襲った。
マグナム、すがる様に彼女はその拳を振るう。
しかし、その拳はただ虚しく空を切るばかりであった。
拳は拳だ。拳銃じゃ無い。彼女にはその少女の体がひどく窮屈に、拙く思えた。
「そんなに怖い顔をするなよ。せっかくの綺麗な顔が台無しだぜ。」
柳の葉の様に華車な少女の体が谷の奥深くへと落ちて行く。
質量を伴った柳葉は、軽々と落ちて行く。
彼女はその身を男の元へと向けようと必死にもがく。けれども……だけれども。
「君から見て僕は東だろ?」
赤壁の戦い。
強烈な東風が少女を襲う。
柳に風。
しかし、質量を伴った窮屈な人間の体は谷へと押し戻されるばかりであった。
「さようなら。」
火風が襲う。
「……おのれ、使徒めが」
憎たらしげに魔王はそう言った。
浮遊感。
たしかにその身は落下しているのにも関わらず、少女の身をその不思議な感覚が襲う。
「しかし、まあ。太陽はやっぱり東から昇るもんだよ。」
楽しめたよ。彼女は風圧に押しつぶされながらそう言った。
仰々しく男はそう言う。
「これも契約の一環なのでな」
視線の先、少女は、深雪麻友はそう言った。
「その子は一体何者だい?」
矛盾。ここには男と彼女以外誰もいないのだ。深雪麻友と男以外誰も。
「その子?平仄が合わないね。」
君、だろ?彼女はそうシニカルな笑みを浮かべて言った。
「魔王様は随分と嘘つきなんだな~」
男は値踏みするかの様な下卑た視線を麻友に向ける。
「そんな目で見ないでくれる?」
この子が嫌がるでしょう。彼女は男に対してそう答えた。
二人の笑い声が森に響く。
「いいや、からかい上手なんだね。」
破顔一瞬。笑みを消して男はそう言う。
「それでどうするんだい?逃げるの、戦うの?」
挑発的な目で男を見つめる。
「うらとしては逃げる事をお薦めするよ」
なにせ相手は魔王だから。少女はそう言ってひどく似合わない、不釣り合いな下卑た笑みをその顔に浮かべるのであった。
天使の様な、悪魔の様な。
「僕としては逃げたいのは山々なんだけど……」
だけどサ。男はそう反芻する。
「ああ、気が乗らないな。」
手土産の一つでも必要だろ?うちのお姫様には。
「……戦う、と言う事か?」
意外そうに彼女はそう訊いた。
「しかし。しかし、貴様にはその様な義理は無いだろ?」
なぜだ、彼女はそう反芻した。
「使徒である貴様が……何故ッ?」
「洞ヶ峠なんてとんでも無い。君は気付いていたんじゃないか……まったく、からかい上手だなァ。」
一箇所に纏めて殺した方が楽、ダロ?
下卑た、擦れた笑みを男はその正義のヒーローのマスクの上に浮かべる。
「ここで潰す、お前は」
「仲間思いなんだね、サタンさんは。」
憤怒する。少女は、ソレは憤慨し、憤怒し、その身に漆黒のドレスを纏う。
「あんまり興奮し過ぎると憤死するよ。」
それが男の、最後の戯言となった。
彼女はそのしなやかな体躯を猛禽の様にしならせ、男の懐に忍び込む。
マグナム。凛奈の放つ拳銃とは比較にならない威力を誇る拳が男の腹に二段、三段と炸裂する。
「全ての痛みは消える。」
血汐。男の全身を強烈な、圧倒的な痛みが巡る。圧倒的な憤怒が彼に一身に、一途に、健気に放たれていた。
血潮の海で、しかし男はそう言った。消える、と。
「いくら僕の事を殴ろうと、殺そうとしても多分無理だと思うよ。」
彼女の、少女の幼い体を丁度抱きかかえるかの様な格好になって血を吐きながら男はそう言う。
「君は既に負けてるんだよ。」
何もかもを見透かした様な目で男はそう少女に言った。
土地が隆起する。何も地震が発生したわけでは無い。
少女の、一人の少女の、否魔王のその憤怒が森の地形を変えていた。
一つの幽玄な渓谷が森に形成される。
「赤壁の戦いか……全くもうたら全くもうだな。」
絶望的だ。男は尚もその拳を、マグナムを止める事なく戦車の様に突き進んで来る少女を見やりそう言う。
「でも最後には勝った。」
高竜王。竜王の戯言……いや、それは辞書には載っていないのだから立派な嘘なのだろう。
男はすがるかの様に嘘を吐いていた。
「?!」
彼女の手が止まる。
竜が、炎が彼女を襲った。
マグナム、すがる様に彼女はその拳を振るう。
しかし、その拳はただ虚しく空を切るばかりであった。
拳は拳だ。拳銃じゃ無い。彼女にはその少女の体がひどく窮屈に、拙く思えた。
「そんなに怖い顔をするなよ。せっかくの綺麗な顔が台無しだぜ。」
柳の葉の様に華車な少女の体が谷の奥深くへと落ちて行く。
質量を伴った柳葉は、軽々と落ちて行く。
彼女はその身を男の元へと向けようと必死にもがく。けれども……だけれども。
「君から見て僕は東だろ?」
赤壁の戦い。
強烈な東風が少女を襲う。
柳に風。
しかし、質量を伴った窮屈な人間の体は谷へと押し戻されるばかりであった。
「さようなら。」
火風が襲う。
「……おのれ、使徒めが」
憎たらしげに魔王はそう言った。
浮遊感。
たしかにその身は落下しているのにも関わらず、少女の身をその不思議な感覚が襲う。
「しかし、まあ。太陽はやっぱり東から昇るもんだよ。」
楽しめたよ。彼女は風圧に押しつぶされながらそう言った。
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