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3章

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「兎に角コレを。」

そう言って彼女が差し出すのは一対のくたびれた古めかしい手袋であった。

彼、深雪六花は暫くの間、感慨にふけっていた。

「ああ、ありがとう。」

後ろ髪の引かれる様な気持ちを抑えて、彼はグレートヒェンからその手袋を受け取った。

否、引っ手繰るといった感じになっていたのかもしれない。

「全くもう。」六花はそう思った。そして、すぐに自分を責めた。

___優しいのですね。
彼女のその言葉が嫌なくらいに六花の心を締め付ける。

彼は女からその手袋を逃げる様に引ったくった。

実のところ、彼には春野芽生を復活させるという実に荒唐無稽な話は未だに諦めきれないでいた。

だからこそ。だからこそ彼はあの時、彼女の差し出した手を握ったのだ。否、彼女達のその手を。

彼は嵌めたのだ。彼女を。

そして、彼は逃げようとしているのだ。かつて交わした約束からも。遺言という遣る方無い、いとも簡単に逃げる事が出来る、絶対に逃れる事の出来ない、そんな事もうどうしようもなくわかりきった呪縛、幸せから。

「君の事は俺が守るよ……」

そっと手袋をはめながら、六花はそう言った。

彼女を、その兄を、全てを嵌めて、欺いて、彼はそう微笑む。

「はいッ。」

花が咲く様な笑顔を讃えて嬉しそうに彼女はそう返事をするのであった。

不束者ふつつかものですが、宜しくお願いします」

「……それ、多分使い方間違ってるよ?」

「?お客様は私の事を守って下さるのでしょう、。」

洒落にならない笑顔が咲いていた。

もうこうなったら仕方が無い。六花だけが彼女を嵌めるのでは不公平だというものだろう。

「ああ、こちらこそな……」

もういっその事抱えこんでしまおう。春野芽生も目の前の彼女の事も。

ひどくぎこちなく、彼はそう言って微笑み返すのであった。

「いや~、妬けるねぇ」

聞いた事の無い声。彼等は勢い良く後ろを振り向いた。

「お前は誰だ?」

まず六花が開口一番、そう言う。

「運命ってのは面白いもんだね。さっきまで僕がそう訊いていたのに今度は逆にコッチがそう尋ねられる側に回るなんて」

ケタケタ、と愉快そうに彼___那須太一はそう笑うのだった。愉快に、爽快に。

「おいおい、そんなに怖い顔をするなよ。何か困った事でもあったのかい?」

突然現れた正体不明の男がそんなふうに笑うもんだから六花達は開いた口が塞がらないというものだ。

「お前はどっちなのか?」

開口三番、六花はそう問いかけた。

「敵か、それとも味方か?」

あれだけの大見得を切ったばかりである。六花は訝しげにそう訊いた。

「敵さ、それでも敵だ。」

やあ兄弟、元気にしてたか?といった口調でそう男は言った。

「まあ何、何も闇雲に君を攻撃するつもりは無い」

咄嗟に警戒体勢に入った六花達に向かって諭す様に男はそう言う。

「これから君にはある選択問題に挑んでもらう訳だけれども、準備は良いかな深雪六花君。」

何、簡単な丸ばつ問題だよ。男はそう言った。

「君には選んでもらう」

テストというものは心底嫌いだ。六花はそう痛感した。テストなんてものはコチラの都合なんてまるでどうでも良いみたいに蹂躙してくるから。

「春野芽生かかをね。」

こいつは嫌な奴だ。六花はそう思った。何が簡単な問題だ。

「……どうした?早く答えないか?」

捕まえた虫を翻弄するかの様に加虐的な笑みを讃えて男はそう言った。愉快に、不快に。

「そんなの決まっているだろ……」

六花も六花で答えを勿体ぶるかの様にしてそう間を置く。

彼にとってこの問題は問題にならないものなのだ。

「俺はどっちもを選ぶ。」

彼はそう答えた。爽快に、颯爽と。

その問いかけは彼にとってはどうしょうもなく簡単で問題にならないものだった。

解答用紙に記入する年組み番号、名前、その様なものであった。

「矢張り君は危険分子だな。その答えが聞けて僕は嬉しいよ……皆殺しさッ、正義の執行の時だッ。」

血の滴るその身にアルカイックスマイルを浮かべた男が、そこにいた。

……薬でもキマっているのだろうか、

「正義を。裁きを。」

否、救世主という役にハマっている男がそこにはいた。それも最悪な事に六花の敵であった。

「ああ、まかり通さしてもらおうか……悪ってヤツをな。」

正義あくせいぎの戦いの火蓋が今、切って落とされた。
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