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2章
ルビコン
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「ああ、矢張り僕は正しいッ。」
那須太一はその身をさらに血に染めながらそう言う。
「それにしても随分呆気なかったね……」
物足りないように彼はそのまま宙を旋回する。
「悪は根絶やしにしなくちゃ」
正義。
義憤。
義侠。
偽善。
彼は冷たく幽邃なる森を見たのだった。
***
「……すまない。結局俺は君の兄を救えなかった。」
肩を落としてそう言う六花に「そう気になさらないで下さい」と彼女は呆然として答えた。
その声はしかし、彼女が放ったモノではなく、別の誰かが機械的に、事務的に答えたかのようであった。
「彼を救えなかったのはお客様ではなく、私なのですから」
あたりに沈黙が充満する。
「それより彼は最後になんと言ったのでしょうか?」
「私は気を失っていましたので」そうバツの悪そうに彼女は言った。
「マナを使うことってやっぱり疲れたりするもんなのか?」
閑話休題。
彼は彼女にそう尋ねた。
「俺がマナを使う時ってそれによる身体の酷使からくる疲れが多かったから……」
言い訳じみたことを言う。いいや、これは言い訳というより敵前逃亡なのだけれど。
「ええ。それはお客様が魔人であったからで普通、マナを扱う際にはコントロールするために精神的疲労を伴いますので。」
またビンタが飛んでくるのか、と歯を食いしばっていた六花にとってその彼女の律儀な回答は以外で、彼の心を深くえぐるかの様であった。
「そうか。俺は魔人だったから……か」
「ええ」
複雑な表情で彼女は曖昧にそうただ相槌を打つだけだ。
「それで、彼は一体なんと?」
六花を責問する。
何故彼を助けなかったのか、と。もうその事が不可能であった事を知りながらも彼女は六花を見つめた。
森に沈黙が反芻される。
「なにも私はあなたを糾弾しているわけではないのですよ」
その言葉が六花を糾弾した。
「君を助けて欲しい、そう彼は言って逝ったよ。」
もういっそどうにでもなれ、そのように六花は彼の最後の言葉を彼女に伝えた。
憤慨。
感謝。
一体どのような感情が彼女の中で湧き上がっているのか六花には到底解らなかった。
できれば憤慨が良い。彼はそう願った。
「ありがとうございます。」
彼女はその美しい碧眼を潤ませてそう言った。
それからどれだけの時間が経過しただろうか。
「君は救われたのかい?」
六花が辛抱出来ずにそう訊いた。
救われた。そう彼に対して言うべくは彼女であり、決してそれは彼から彼女に問いかける内容ではなかったのだ。
彼は後悔した。そう言った後に後悔した。後悔なんてするなら初めからそうしなければ良いのに。六花は本当にそう思った。
「ええ。だってアナタは私に言ってくれたじゃないですか。『もう君と俺は人間だ』って。」
六花は自責の念にかられた。
その彼女の言葉は彼女が言いたくて言った言葉ではなかった。
その言葉は六花がグレートヒェンにそう言うように仕向けてそう無理に言わせたモノであった。
彼女の安寧なその笑みがさらに六花の心を論詰する。
彼女は続けてこう言った。
「どうかこのお礼に私にアナタの手伝いをさせて欲しい」と。
遣る方ない。山本晶はもう既に死んでいて、彼女を救える筈の家族はもうどこにもいないのだ。
彼女の家族を殺した六花に家族を殺された彼女がそう言うのだからまったくもってこれは詭弁だ。
六花はグレートヒェンを嵌めたのである。
「そうか宜しく頼むよ。」
良心の呵責が無かったと言えば嘘になる。
彼はしかし心底嬉しそうにそう言って彼女に笑みを返したのである。
そして賽は投げられた。
那須太一はその身をさらに血に染めながらそう言う。
「それにしても随分呆気なかったね……」
物足りないように彼はそのまま宙を旋回する。
「悪は根絶やしにしなくちゃ」
正義。
義憤。
義侠。
偽善。
彼は冷たく幽邃なる森を見たのだった。
***
「……すまない。結局俺は君の兄を救えなかった。」
肩を落としてそう言う六花に「そう気になさらないで下さい」と彼女は呆然として答えた。
その声はしかし、彼女が放ったモノではなく、別の誰かが機械的に、事務的に答えたかのようであった。
「彼を救えなかったのはお客様ではなく、私なのですから」
あたりに沈黙が充満する。
「それより彼は最後になんと言ったのでしょうか?」
「私は気を失っていましたので」そうバツの悪そうに彼女は言った。
「マナを使うことってやっぱり疲れたりするもんなのか?」
閑話休題。
彼は彼女にそう尋ねた。
「俺がマナを使う時ってそれによる身体の酷使からくる疲れが多かったから……」
言い訳じみたことを言う。いいや、これは言い訳というより敵前逃亡なのだけれど。
「ええ。それはお客様が魔人であったからで普通、マナを扱う際にはコントロールするために精神的疲労を伴いますので。」
またビンタが飛んでくるのか、と歯を食いしばっていた六花にとってその彼女の律儀な回答は以外で、彼の心を深くえぐるかの様であった。
「そうか。俺は魔人だったから……か」
「ええ」
複雑な表情で彼女は曖昧にそうただ相槌を打つだけだ。
「それで、彼は一体なんと?」
六花を責問する。
何故彼を助けなかったのか、と。もうその事が不可能であった事を知りながらも彼女は六花を見つめた。
森に沈黙が反芻される。
「なにも私はあなたを糾弾しているわけではないのですよ」
その言葉が六花を糾弾した。
「君を助けて欲しい、そう彼は言って逝ったよ。」
もういっそどうにでもなれ、そのように六花は彼の最後の言葉を彼女に伝えた。
憤慨。
感謝。
一体どのような感情が彼女の中で湧き上がっているのか六花には到底解らなかった。
できれば憤慨が良い。彼はそう願った。
「ありがとうございます。」
彼女はその美しい碧眼を潤ませてそう言った。
それからどれだけの時間が経過しただろうか。
「君は救われたのかい?」
六花が辛抱出来ずにそう訊いた。
救われた。そう彼に対して言うべくは彼女であり、決してそれは彼から彼女に問いかける内容ではなかったのだ。
彼は後悔した。そう言った後に後悔した。後悔なんてするなら初めからそうしなければ良いのに。六花は本当にそう思った。
「ええ。だってアナタは私に言ってくれたじゃないですか。『もう君と俺は人間だ』って。」
六花は自責の念にかられた。
その彼女の言葉は彼女が言いたくて言った言葉ではなかった。
その言葉は六花がグレートヒェンにそう言うように仕向けてそう無理に言わせたモノであった。
彼女の安寧なその笑みがさらに六花の心を論詰する。
彼女は続けてこう言った。
「どうかこのお礼に私にアナタの手伝いをさせて欲しい」と。
遣る方ない。山本晶はもう既に死んでいて、彼女を救える筈の家族はもうどこにもいないのだ。
彼女の家族を殺した六花に家族を殺された彼女がそう言うのだからまったくもってこれは詭弁だ。
六花はグレートヒェンを嵌めたのである。
「そうか宜しく頼むよ。」
良心の呵責が無かったと言えば嘘になる。
彼はしかし心底嬉しそうにそう言って彼女に笑みを返したのである。
そして賽は投げられた。
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