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2章

嘘付きハ泥棒の始まり

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「そろそろ潮時ですかね。」

若い男の声がする。

「いっそこのまま本当においしいところだけを戴いちゃいますか?」

彼はそう続けた。

「それはならん。契約違反となってしまう。」

皆の視線が一斉に集まる。そう言ったのは筋骨隆々な老人であった。

「あはは、冗談ですよ。僕も何もそこまで不躾じゃありませんから。」

先程の男が眼鏡を人差し指で上げながらそう言った。

「……そうか。」

何やら不穏な空気が会場に漂う。

「お客様がお見えになりました。」

暗く、先程まで互いの顔の輪郭しかわからなかった会場に、その声と共に光が舞い込む。

「やあ、やっとこうして会う事が出来たね。」

先程の男がそう言った。

「ええ、そうですね。やっと。」

扉の閉まる音と共に、高橋美沙の顔が闇に包まれる。

「そう気を立たせないで欲しい。私達はあくまで貴女方とただ取引をしようとしているだけです。」

まるで人形が喋っているかの様な、感情の込もっていない言葉を影に隠れた者のうちの一人がそう言った。

「取引?アンタ達が私達になんかしてくれるとでも言うのか。」

荒々しい高橋のその声が会場にこだまする。

「まあ、それに関しては今から話すとしよう。ともかく、座りたまえよ。」

気の抜けた、相手を宥める様な老人の声が会場に響く。

「それでは早速、本題に入るとしようじゃないか。」

高橋の歯を噛みしめる音がその返答として十分に成立していた。

「それで、仕事の方はどうだい?」

眼鏡を掛けた先程の男がそう剽軽に訊いた。

「……ただ今、深雪六花を確保、鋭意研究を進めているところです。」

そうか、と、自身でそう訊いておきながら別段どうでも良いといった感じで男はそう言った。

「それで、いくら欲しいんだね?」

老人がそう彼女に問いかける。

「約一億円程必要となります。」

全く法外な金額である……庶民には到底お目に掛かれれ無い金額だろう……

「ほうかい。それなら今、手元に丁度有る。」

なんとも気前の良い事だろうか、彼等はなんだそれで良いのか?、デパートで久々に会った孫に何か買ってあげる調子でそう言うのだった。

「その代わりと言ってはなんですが、きちんと契約を守って下さいよ。」

念を押すかの様にメガネはそう言った。

「……ああ、その事なら任せて下さい。ホムンクルスは嘘をつかない、付く必要もないからですから。」

高橋は目一杯の皮肉を込めてそう言うのであった。

「ああ、それなら安心です。」

傘を届けてくれてアリガトウ、そんな軽い調子で彼はそう言うのだった。

「では、これで……」

そう言って彼女がこの慇懃なイマイチ居心地の悪い会場から行き早々と立ち去ろうとした時、

「…………っ。」

その場にいる誰もが息を飲んだ。

____高橋美沙は

いや何もその場から突如として消えた、などという怪談の類では無くて、文字通り消えたのだ。

いいや、彼女は厳密にはのだった。そこ、かつて彼女がついさっきまで立っていた場所には、ただの水溜りがあった。

丁度、雨が降っていたかの様な。

『サタンが復活した___時が来た。世界の終焉の時が___俺が裁きを、愛を与えなければ___』

誰かがひっそりとそう言った。尤も、その声とその主人は闇に消えていたのだが。
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