上 下
37 / 86
2章

兄さん

しおりを挟む
「そんな……兄さんッ。」

その振り切った拳が直撃して森に鈍い骨の砕け散る音が響いた。よろついたグレートヒェンの一撃が丁度山本の腹部を抉った。

「ああ……お前の言う通りだ……どうやら俺はどうしようも無い勘違いをしていたようだ……」

血の滴るその身体で彼はそう言った。

「全く俺はバカだよ……」

「それ以上喋らないでッ!」

グレートヒェンはそう言って必死の形相で兄に向かって魔力マナを流し始めた。

「ああ、どうやら無駄口を叩く暇なんて本当に無いみたいだな。」

彼はそう言って目を瞑り空を仰ぐ。

「ああ……嫌だ……私を置いてかないで……」

彼女は何度もそう言いながら治癒を施した。

「お願い……彼を、深雪六花を呼んできて。」

そう言って今までその状況に圧倒され、怯えていた麻友に向かって振り向いた彼女の頬には真っ赤な涙が流れていた。

「もういっそここで……」

彼女は走った。ただがむしゃらに、その場から逃げるかの様に。

   ***

「麻友……」

深雪六花は妹である深雪麻友を探す為、彼女が連れ去られて行った方へただ進んでいた。

「お兄ちゃんッ。」

どこかでそう呼ぶ声がした。

六花はその声の元へと残る力を振り絞り、全力で駆けて行った。

「麻友ッ!」

木々を抜け、六花の視線の先にいたのは、

「あ……」

そう気の無い声を出すグレートヒェン、彼女であった。

「お願い…します、どうか……兄を。」

そう言った彼女の唇は血で乾いており、その六花を覗き込む目はひどく窪んでいた。

「私よりも兄さんを。」

必死に兄を助けようとする彼女のその面影が六花の中で、愛する妹と重なった。

「兄さんを......ッ。」

彼女はそう言うと力尽きたのか、そのまま地面に倒れてしまった。

「ああ……ようやく来たか。」

そう言うのはまるで寄りかかっている木と同化してしまいそうな程衰弱した様子の山本であった。

「全く、出来の悪い生徒を持つと苦労するものだな……」

彼はそう嫌味たらしく六花にその掠れた声でそう言った。

「なあ、少し、最後に頼まれてくれないか?」

再び目を瞑り、彼はそう言った。

「どうか、俺達二人を殺して欲しい……」

何でだ……六花はそう訊いた。

「もう、疲れたんだ。」

その言葉を聞いて、六花の脳裏に彼の顔が浮かんだ。

「俺達はホムンクルスだ……殺されなきゃ死なない、死ねない。」

他人事の様に山本はそう言った。

「だから、もうここで終わりにして欲しいんだ…終わりたいんだ。」

疲弊した顔で山本はそう言った。

「そんな事出来るかッ!」

六花はそう言って山本の元へと駆け寄る。六花がすぐさま彼に治療を施そうとした時、

「?!」

山本の服の下には、風穴が開いていた。

「もう俺はどの道助からない。」

自虐的に、満足そうに彼はそう言った。

「お前はそう言って逃げるのかッ?」

六花はそのまますぐに蘇生を試みる。

どうせ助け…るなら…アイツを……」

そう言って山本は倒れたグレートヒェンの方を顎で指す。

「お前は……それで良いのか?」

彼を、彼の意志を無視してここで死んで良いのか、と六花はそう訊いた。

「もうそこまで分かっているのか……なら、頼んだぞ。」

山本は眠たげなその眼を開け、真っ直ぐに六花を見つめた。

「もう……すぐで、奴らが……」

早く逃げろ___山本はそう言った。

「必ず、必ず助けに来るからな。」

六花はグレートヒェンを抱えて、気休め程度にそう言うと、森の奥へと駆けて行った。

「ああ、それで良い……俺はこれで良いんだ。」

その沈みかける視界の端へと消えて行く影を追いながら山本はそう一人で呟いた。

「ありがとう。」

そう言う彼の瞳はもう黒く窪んでいる様で、その輝きは消えていた。

彼は走った。

人を、見捨てたその恐怖から。彼は走った無責任なままに。

落窪姫を抱えて、彼はただ闇を突き進んで行く。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

空間魔法って実は凄いんです

真理亜
ファンタジー
伯爵令嬢のカリナは10歳の誕生日に実の父親から勘当される。後継者には浮気相手の継母の娘ダリヤが指名された。そして家に置いて欲しければ使用人として働けと言われ、屋根裏部屋に押し込まれた。普通のご令嬢ならここで絶望に打ちひしがれるところだが、カリナは違った。「その言葉を待ってました!」実の母マリナから託された伯爵家の財産。その金庫の鍵はカリナの身に不幸が訪れた時。まさに今がその瞬間。虐待される前にスタコラサッサと逃げ出します。あとは野となれ山となれ。空間魔法を駆使して冒険者として生きていくので何も問題ありません。婚約者のイアンのことだけが気掛かりだけど、私の事は死んだ者と思って忘れて下さい。しばらくは恋愛してる暇なんかないと思ってたら、成り行きで隣国の王子様を助けちゃったら、なぜか懐かれました。しかも元婚約者のイアンがまだ私の事を探してるって? いやこれどーなっちゃうの!?

外れスキル【削除&復元】が実は最強でした~色んなものを消して相手に押し付けたり自分のものにしたりする能力を得た少年の成り上がり~

名無し
ファンタジー
 突如パーティーから追放されてしまった主人公のカイン。彼のスキルは【削除&復元】といって、荷物係しかできない無能だと思われていたのだ。独りぼっちとなったカインは、ギルドで仲間を募るも意地悪な男にバカにされてしまうが、それがきっかけで頭痛や相手のスキルさえも削除できる力があると知る。カインは一流冒険者として名を馳せるという夢をかなえるべく、色んなものを削除、復元して自分ものにしていき、またたく間に最強の冒険者へと駆け上がっていくのだった……。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

異世界転移したので、のんびり楽しみます。

ゆーふー
ファンタジー
信号無視した車に轢かれ、命を落としたことをきっかけに異世界に転移することに。異世界で長生きするために主人公が望んだのは、「のんびり過ごせる力」 主人公は神様に貰った力でのんびり平和に長生きできるのか。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

転生したら戦国最強のチワワだった~プニプニ無双で天下統一~

偽モスコ先生
ファンタジー
チワワをこよなく愛する高校生、犬上武(いぬがみたけし)は、乗用車に轢かれそうになったチワワをかばって昇天してしまった。そして、女神の手によって異世界へと転生させられてしまう。 転生先は戦国時代の日本によく似た世界。だが身体はチワワになってしまっている。 「いと尊し!」「いと尊し!」 「いとプニプニ!」「いとモフモフ!」 歴史に詳しいわけでもない。チート能力だってない。あるのは通常よりも異常なまでに柔らかい肉球とふっさふさの毛並みだけ。 そんな武は、織田信長の代わりのチワワとして戦国を生きていくはめに。 チワワになってしまった元高校生男子とおバカな武将たちが送る、なんちゃって歴史もの風コメディー! ※たまにシリアスになったり、残酷な描写が出たりします。予めご了承ください。 ※日本の歴史を参考にしてはいますが、あくまで異世界が舞台です。

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

処理中です...