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2章

家族

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「お兄ちゃんどこ行ったのかな……」

うららかな日差しが差し込む庭先で一人深雪麻友はそう言って、残りの洗濯物を家へと入れた。

「つまんなーい。」

いつもなら六花が帰って来て麻友と何かしらどうでも良い様なくだらない話をしている頃だ。

深雪六花が連れ去られて二日経っていた。さすがにこれはおかしいと思い彼女の母親は今日、警察へと捜索願いを出そうとしていた頃だった。

「どうせ遊びにでも行ってるんだろう。おおかた新しく出来た友達の家にでも泊まっているんじゃないか?」

昨晩、なかなか帰って来ない兄の事を心配していつまでも玄関先から離れない麻友に楽観的な彼女の父親はそう言った。

しかし、麻友にとってこの仮説はどうにも腑に落ちない物であった。なぜなら、彼女の兄である深雪六花には中学の時からおおよそ友人と呼べる存在がいなかった事を彼女はきちんと把握していたから。

12歳の妹にこのように心配される兄などなんとも情けない物である。しかし、残念な事に深雪六花には友人はいなかった。

「なんだ麻友、まだそんなところにいるのか?」

彼女は今日も一人、ただ暗闇の中で兄の帰宅を待っていた。

そんな麻友の様子を見かねたのか、今日は偶然早く帰って来たらしい父がそう言った。

やはり何だかんだ言っても、六花の事が心配なのだ。このような父の愛情を、その照れ臭さ故の憮然とした態度を麻友は嫌いでは無かった。いや、むしろ大好きであった。

「友達……そんな訳無い。」

六花はお世辞にもそれ程社交的な性格の持ち主とは言えなかった。その事は高校に入ったからといってすぐに変わる様なものだとは麻友には思えなかった。最も、そのことは未だに自身を取り巻く環境が変わったことの無い麻友の思い込みによる杞憂であるのかもしれないが……

「お兄ちゃんには、。」

しかし、それは単なる杞憂では無かった。

春野芽生もまた、帰宅していなかったのである。

そのことが麻友の心の平穏を乱してやまなかった。

  ***

「深雪麻友、捕捉完了致しました。」

低い中年のものと思われる声が響く。

「了解。今すぐ速やかに回収せよ。」

その声の主にそう指示をだす山本晶の姿があった。

   ***

「それで、息子さんは未だにお宅に帰っていないと。」

「ええ、今までこんなことなかったもので……」

無機質なデザインの応接間で目の前の警官はありがちなことだ、という様子でやる気を見せてくれない。

「まあ、実際に被害が出てる訳でもないので……」

けたたましい数の電話のコール音が室内に鳴り響く。

「まあ、こちらでも手配はしておきます。また何かあったら貴女の携帯に電話させてもらうということで。」

そう言って警官は忙しそうにいそいそと応接間から立ち去った。

「もしもし、お父さん。」

「で、どうだった?」

妻は夫に署を出てから電話を掛けた。

「まだ被害が出てないから様子を見るしかないって…」

「そうか……」

電話の先からは落胆した様な、どこかやるせない夫の声がした。

「二人だけだと寂しいね。」

彼女は寂しそうにそう言った。

  ***

「おじさん誰?」

ここ最近の日課である玄関先での待ちぼうけの最中に麻友に近づいてくる人影があった。

「おじさんはね、山本晶っていって君のお兄ちゃんの深雪六花君の担任だよ。」

「ああ、担任の先生ね。」

納得した様に麻友はそう言った。

「それで、六花君はまだ帰っていないのかい?」

六花は家に帰っていないということは成る程、学校にも行っていないという事である。担任がわざわざ家にまで訪問する理由としては筋が通っていた。

「お兄ちゃんならまだ帰ってきてないよ、先生。」

どこか暗い雰囲気を含んで麻友はそう言った。

「麻友ちゃん、お兄ちゃんに会いたくない?」

この山本からの提案は麻友にとっては思ってもみない事であった。

「先生、お兄ちゃんの居場所を知っているの?」

「ああ、知っているとも。」

その返事は彼女を興奮させた。

「さあ、ついて来てごらん。」

彼女を誘拐する事は実に容易な事であった。

  ***

見慣れた我が家が見える。周囲は仄かに暗くなっていた。

「あら?」

彼女は玄関の鍵が開いている事に不安を覚えながらも、中に入ると、

「ただいま。玄関の鍵、開けっぱだったよ。」

リビングにいた夫に対してそうきつく叱った。

「おう、おかえり。あれ~おっかしいなぁ。きちんと閉めた筈なのに。」

そう言って夫は最近、少なくなった髪の毛をボリボリと掻きながら訝しげに辺りを見回した。

といっても、この家には夕方から彼がいた訳だから特段不審な事も起こっていない筈で、

「ああ、気をつけるよ。」

彼はそう言って素直に謝るしかなかった。

___その家の先にある曲がり角を少女と中年が歩いて消えて行く姿があった。

といっても、それは誰にもきずかれない事であったが……
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