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2章

無性の愛

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「グレートヒェン、君……なのか?」

真っ暗な中、六花は手探りに彼女の名前を呼んだ。

「それでは、くれぐれも死なない様にお気をつけて。」

間違いなくその声の主はグレートヒェンその人であった。

「ま…て……」

そう言う六花の意識に次第ともやがかかる。

「ーーーーっーーー。」

___深雪六花は発狂していた。
今まで味わった事の無い痛みが六花の全身を狂った様に走り回る。

「数値……」
「よし……魔力回路……移植……」

強烈な痛みの中、六花は意識をなんとか保っていた。そう、死なない為に。

『六花、六花っ。』

懐かしい声がする。その声は深雪六花にとって毎日耳にしていたもので、だけど彼のどこかがソレがありきたりなものだと認めてくれない。

『やっと会えた。』

いじらしく、そのみずみずしい頬を膨らませ春野芽生はそう言った。

「芽……生?」

信じられない。確かに春野芽生は六花の手によって殺された筈だ。なのにそこには六花が焦がれてやまなかった春野芽生の姿があった。

『六花、少しお話しよ。』

「ああ。」

なんと喜ばしい事だろうか。求めて止まない愛する人がそこにいるのだ。六花の目の前だけに。

「俺は死んだのか?」

六花はあの苦痛の中、一生懸命に意識を保つ為に歯を食いしばっていた。だけれども、死んでしまったのかもしれない。なぜならそこには自分が殺した筈の愛する人がいたのだから。

しかし、その事は彼にとっては最も求めた事かもしれない。そこにはただ彼の愛する人がいて、彼女が彼よりも優れた白馬の王子様の様な人に奪われる事もなく、そして何より……死んでいたのだから。もうあの苦しい、辛い思いをする必要はない。六花はただ目の前の春野芽生だけを愛し、それ以外の責任は背負う必要は無いのだから。

『ううん。六花はまだ死んでないよ。ちゃんと六花は生きてるよ。』

ある意味で残酷で、そして六花にとっては好都合な返事が彼女から返ってきた。

「でも……君は何で……」

よく映画などで死者が未練に対してその未練を無くす機会が与えられる、という様な事を六花は考えた。あるいは彼女は呪う為に今ここでこうしているのかもしれないが……

『何でそんなに残念な顔するの?』

彼にしてみれば、まだ生きている事は都合の良い事と言えた。なぜなら六花が生きている事で二階堂凛奈を救う事が出来る、グレートヒェンと分かりあえるかもしれない。それらは六花にとってとても魅力的な事で、可能性があるという事は素晴らしい事なのだが、春野芽生がいない世界を、彼女を殺してしまった自分自身を六花は許す事ができなかった。

「君は今どこにいるんだ?」

彼女を助けたい。六花は自分が殺したにも関わらず、目の前にいる春野芽生に対する錯覚からそう彼女に訪ねた。

『今、私は……六花に会えないんだ。ごめんね。』

擦り切れそうなか細い声で腕時計を見ながら彼女はそう言った。

「何で謝るんだ、君を殺したのは俺なのに……」

『だって私……もっと六花と一緒にいたくて、もっともっと六花と色んな事したかったのに……』

彼女はそう言って未練を述べる。六花にとってそれは変わらぬ事で、彼ももっと彼女と一緒にいたかったのだ。

『私、六花と離れたくないよ。』

彼女はその美しい瞳を真っ赤に腫れさせてそう言った。

春野芽生は涙を流していた。その流れ落ちる涙には、無性に六花を求める愛情が籠っていた。

『私……待つから。待ってるからね、六花。』

未練がましく芽生はそう叫んだ。周囲の世界は不思議な事に段々と崩壊して行く。

「メイーーーーー」

六花は崩壊する世界で芽生に向かってその手を伸ばす。

『だから、。』

少女の切な儚く、か細い声が六花に響いた。その声は小さなもので、耳を澄まして聴かなければ聞こえない様なものだったが、その声には春野芽生の言葉が、心が籠っていた。

「ああ、きっと必ず……君を、君を迎えに行く。例え君がこの世界の果てにいようとも、この世界にいなくても……」

彼と彼女の手が触れ合おうとした時、

「お目覚めですか、お客様。」

六花は現実へと戻されていた。
夢だったのか……

「俺は失神して…」

「はい、お客様。高橋と私はその後お客様の魔力マナを計測して、今現在に至ります。」

単純な話だ。六花はただ堪え難い苦痛に失神して、自分にとって都合の良すぎる幻覚を見ていただけなのだ。

深雪六花は春野芽生と合っていない。
ただ、それだけなのだ。

「この実験により……」

六花にとってグレートヒェンの話は耳に入らない。

「聞いておいでですか、お客様?」

上の空といった六花の様子を見かねたのか彼女はそう言った。

「実験によって気が狂ってしまわれたのですか?」

どこか心配そうにグレートヒェンは問いかける。といってもそれはもう、モルモットが実験に失敗して死んでしまったのかという様な事務的なものであったが……

「ーーーーっーー」

それも無理がない。なぜなら深雪六花は涙を流していたのだから。

六花のポケットには、春野芽生のつけていた腕時計が入っていたのだ。

その腕時計は芽生の誕生日に六花がプレゼントしたもので、中学生にそれ程高価な物が買える訳も無くて、だが彼女はそれを毎日宝物の様につけていてくれていて、それにも関わらずその時計は新品の様に真新しかった。

「お客様?」

グレートヒェンは警戒した様に六花の様子を伺う。

「その時計がどうかしたのですか?」

そう彼女が尋ねるのも無理がない。なぜならその時計は女物であり、その針は止まっていたのだから。

「芽生が……くれたんだ。」

六花は掠れた声でそう言った。

「春野……芽生が、ですか?」

「ああ、そうさ。芽生が俺にくれたんだ。」

六花の顔には正気が溢れ返っていた。

春野芽生は生きていて、今でも深雪六花が迎えにくる事を待っている。

深雪六花は春野芽生と合っていた。

その事が彼にとって堪らなく嬉しくて、それは六花に生きる理由を与えるには十分過ぎる程のものであった。



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