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2章
前夜
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「ハァハァ。」
真夜中、公園に滴る汗。彼女は電灯をスポットライトの様に一身に集めていた。
「あと……もう少し。」
「眠れないのか?マスター。」
「うわぁ。」
暗闇の中、突如として現れた今最も出くわしたくない人物との鉢合わせに二階堂凛奈はその戸惑いの色を隠せず、慌てふためいた。
「びっくりさせないでよね、ロジャー。」
「貴女こそ、こんなところで何をしていたんだ?」
「散歩よ。最近少し太っちゃってね。」
「確かに太っているとしても、嘘はよく無いぞ、マスター。」
なんとも憎たらしい青年だろうか。わざわざ彼が『太っているにしても』と言った辺りにその性格の悪さが滲み出ている。
しかも、さらに憎たらしい事に二階堂凛奈は彼に対して嘘をついているのである。その事は彼に是非もなく見抜かれたが……
「何をしていた、こんな時間に。」
「あら貴方、私の魅力に当てられてストーカーにでもなったの、狼さん?」
そんな事を美少女が言うのだから、彼にしても気恥ずかしく感じてしまう……訳もなく、
「冗談も休み休み言ってくれ。それにライオンはネコ科の動物であって、決して狼とは同じではない。」
「貴方、犬が怖いの?良い事聞いちゃった。」
そうきっぱりと断られた。それにしても彼が犬が苦手とはこれは良い事を聞いた。是非、今度犬を嗾しかけてみよう。
「別に俺は犬が苦手という訳ではない。」
彼は彼女のその不敵な笑みに隠された本意を汲み取ったのか急いでそう取り繕うが、その急ぎようからして本当に犬が苦手なのだろう。
「それより、眠れないのか?」
優しく、そして無慈悲にも彼はそう言った。
「まあ…ね。」
まあ、無理もない事だろう。この平和なご時世に置いて女子高校生が日本で銃を発砲する様な経験は無い筈である。
「そうか……心配なんだな。」
公園には彼女が作ったであろうクレーターの様なものが無数にできていた。スポットライトをその一身に浴び、クレーターの真ん中にいる少女はまるで月の姫君と言った感じがした。
「だからこんなに……」
二階堂凛奈はいてもたってもいられなかった。ようやく彼を救う事が出来る、救う為の自分の力を入手したのだから……
「私ね、色んな事を発見したの。」
彼女はそう親に褒めて貰う子供の様にそう言った。
彼女が発見したという事は大きく分けて二つの事である。
まず、魔力を用いた攻撃ではその物質を破壊する事は出来ないという事。これは校舎が修復されていた事から疑問に思い、銃で公園を破壊するというなんともまあ、彼女らしい行動力溢れ過ぎた実験による結果の賜物であった。
そして二つめは、魔力で人間の身体能力を推進出来るというものだった。魔力を自身に向かって撃つという突飛な発想は一体どこからきたのやら……まあ、これも漆黒の粒子を纏い、彼女を助け出した彼の残像によるものが大きいのだけれども。
「私ね、こうやって魔力を自身に撃つ事で強くなれる事を発見したのよ。」
そう自信満々でいう彼女の姿は、どこか子供じみていて危うく、痛々しいものであった。
「そんな事……」
それを聞いて彼はその形相を変えた。それもその筈である。なにせ彼女が自分に対して撃っていた銃は攻撃用の代物であり、決して身体能力を上げる為のものではないのだ。その能力を得られても一瞬の事だろうし、それに彼女の身体は既に悲鳴を上げており、立っているのがやっとと言った有様なのである。
しかし、彼の心をそれらの要因よりも大きく揺り動かしたのは、彼女のその彼に対する執念の深さである。
今まで、彼は数多くの魔術師と豪語するペテン師達に使役されてきたが、ここまで自身の身体を張っていたものは皆無であったのである。自身の身体を使っては。
「なぜそこまで彼に?」
「彼を救い出す為よ。」
当たり前と言った表情であっさりと彼女はそう言った。
その様子はなるほど、いかにも子供じみていて危うく痛々しいものであった。
「大丈夫だ。私の力は君の力だと思ってもらって構わない。」
___見てられない。
この様に自身の身を削ってまでして彼を助け出そうとする恩人を。
彼女にとって彼を助け出すという事はきっと彼女のその誇りを保つ為に必要な事なのだろう。彼はそう考えた。傲慢な彼女ならそう考えるのだろうと。
「ありがとう。でもね、私決して彼を助け出したいだけじゃないの。」
清々しい様子でそう言う彼女からはもう先程の痛々しさも、子供っぽさも感じられなかった。
「私、彼を支えたいの助けたいの。」
そこには、かつての傲慢な一人の少女ではなくただ愛する者の力になりたい。その為に自分の持てる全てを捧げようとする、一人の立派な淑女の姿があった。
「貴女は俺に乙女の純情を返せと言ったが、貴女はもう既にそれを持っているではないか。」
根負けしたという様に彼はそう言った。
「ならば、私は髪留めとなろう。その立派な髪を支える為の。」
ロジャーはそうはっきりと言い切った。
「そう、ならよろしく頼むわ。」
「ああ、頼まれた。」
___契約が更新された。
きっと彼等にはこの表現が一番良く似合うだろう。今、彼女達は生まれ変わったのだ。
「私の事マスターじゃ堅苦しいから、凛奈って呼びなさい。」
彼女は少し照れ臭そうにそう言うと、そのまま地面に倒れた。
「ああ、分かったよ凛奈。」
優しく、夜空に彼女を抱いてロジャーはそう言った。
真夜中、公園に滴る汗。彼女は電灯をスポットライトの様に一身に集めていた。
「あと……もう少し。」
「眠れないのか?マスター。」
「うわぁ。」
暗闇の中、突如として現れた今最も出くわしたくない人物との鉢合わせに二階堂凛奈はその戸惑いの色を隠せず、慌てふためいた。
「びっくりさせないでよね、ロジャー。」
「貴女こそ、こんなところで何をしていたんだ?」
「散歩よ。最近少し太っちゃってね。」
「確かに太っているとしても、嘘はよく無いぞ、マスター。」
なんとも憎たらしい青年だろうか。わざわざ彼が『太っているにしても』と言った辺りにその性格の悪さが滲み出ている。
しかも、さらに憎たらしい事に二階堂凛奈は彼に対して嘘をついているのである。その事は彼に是非もなく見抜かれたが……
「何をしていた、こんな時間に。」
「あら貴方、私の魅力に当てられてストーカーにでもなったの、狼さん?」
そんな事を美少女が言うのだから、彼にしても気恥ずかしく感じてしまう……訳もなく、
「冗談も休み休み言ってくれ。それにライオンはネコ科の動物であって、決して狼とは同じではない。」
「貴方、犬が怖いの?良い事聞いちゃった。」
そうきっぱりと断られた。それにしても彼が犬が苦手とはこれは良い事を聞いた。是非、今度犬を嗾しかけてみよう。
「別に俺は犬が苦手という訳ではない。」
彼は彼女のその不敵な笑みに隠された本意を汲み取ったのか急いでそう取り繕うが、その急ぎようからして本当に犬が苦手なのだろう。
「それより、眠れないのか?」
優しく、そして無慈悲にも彼はそう言った。
「まあ…ね。」
まあ、無理もない事だろう。この平和なご時世に置いて女子高校生が日本で銃を発砲する様な経験は無い筈である。
「そうか……心配なんだな。」
公園には彼女が作ったであろうクレーターの様なものが無数にできていた。スポットライトをその一身に浴び、クレーターの真ん中にいる少女はまるで月の姫君と言った感じがした。
「だからこんなに……」
二階堂凛奈はいてもたってもいられなかった。ようやく彼を救う事が出来る、救う為の自分の力を入手したのだから……
「私ね、色んな事を発見したの。」
彼女はそう親に褒めて貰う子供の様にそう言った。
彼女が発見したという事は大きく分けて二つの事である。
まず、魔力を用いた攻撃ではその物質を破壊する事は出来ないという事。これは校舎が修復されていた事から疑問に思い、銃で公園を破壊するというなんともまあ、彼女らしい行動力溢れ過ぎた実験による結果の賜物であった。
そして二つめは、魔力で人間の身体能力を推進出来るというものだった。魔力を自身に向かって撃つという突飛な発想は一体どこからきたのやら……まあ、これも漆黒の粒子を纏い、彼女を助け出した彼の残像によるものが大きいのだけれども。
「私ね、こうやって魔力を自身に撃つ事で強くなれる事を発見したのよ。」
そう自信満々でいう彼女の姿は、どこか子供じみていて危うく、痛々しいものであった。
「そんな事……」
それを聞いて彼はその形相を変えた。それもその筈である。なにせ彼女が自分に対して撃っていた銃は攻撃用の代物であり、決して身体能力を上げる為のものではないのだ。その能力を得られても一瞬の事だろうし、それに彼女の身体は既に悲鳴を上げており、立っているのがやっとと言った有様なのである。
しかし、彼の心をそれらの要因よりも大きく揺り動かしたのは、彼女のその彼に対する執念の深さである。
今まで、彼は数多くの魔術師と豪語するペテン師達に使役されてきたが、ここまで自身の身体を張っていたものは皆無であったのである。自身の身体を使っては。
「なぜそこまで彼に?」
「彼を救い出す為よ。」
当たり前と言った表情であっさりと彼女はそう言った。
その様子はなるほど、いかにも子供じみていて危うく痛々しいものであった。
「大丈夫だ。私の力は君の力だと思ってもらって構わない。」
___見てられない。
この様に自身の身を削ってまでして彼を助け出そうとする恩人を。
彼女にとって彼を助け出すという事はきっと彼女のその誇りを保つ為に必要な事なのだろう。彼はそう考えた。傲慢な彼女ならそう考えるのだろうと。
「ありがとう。でもね、私決して彼を助け出したいだけじゃないの。」
清々しい様子でそう言う彼女からはもう先程の痛々しさも、子供っぽさも感じられなかった。
「私、彼を支えたいの助けたいの。」
そこには、かつての傲慢な一人の少女ではなくただ愛する者の力になりたい。その為に自分の持てる全てを捧げようとする、一人の立派な淑女の姿があった。
「貴女は俺に乙女の純情を返せと言ったが、貴女はもう既にそれを持っているではないか。」
根負けしたという様に彼はそう言った。
「ならば、私は髪留めとなろう。その立派な髪を支える為の。」
ロジャーはそうはっきりと言い切った。
「そう、ならよろしく頼むわ。」
「ああ、頼まれた。」
___契約が更新された。
きっと彼等にはこの表現が一番良く似合うだろう。今、彼女達は生まれ変わったのだ。
「私の事マスターじゃ堅苦しいから、凛奈って呼びなさい。」
彼女は少し照れ臭そうにそう言うと、そのまま地面に倒れた。
「ああ、分かったよ凛奈。」
優しく、夜空に彼女を抱いてロジャーはそう言った。
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