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2章

父と子(後編)

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「お父さんっ。」

ミサと同じ様に彼を呼ぶ女性。

「ああ水を差す様で悪いけど、肉体を元の姿に戻す為にはその水晶体の中でそれ相応の年月を費やしたから。」

「なんで、なんで私の年齢に合わせたのですか?」

ここまで彼を再生してくれた青年に対して、それでもなお怒りを隠せない。彼の娘は青春を捨てさせられたのだ。勿論、彼には感謝していた。感謝してもしきれないほどに、だが何もわざわざ自分の年齢に合わせることは無いだろう。彼女が殺されたのは、彼女に原因が属することでは無いのだから……

「その方が働き易いだろ?」

何故そんな当たり前の事を?と言った風に彼はそう聞き返してきた。

彼女はきっと青春を謳歌出来ただろう。彼と同じ年齢なのだ。その分彼女の命は削られたのだった。

確かに目の前の青年は娘を、自分を助けてくれたのかもしれない。だが、彼に娘の命を削る権限があるというのか?

父はこの残酷な現実に憤りを隠せない。

「ああ、何か勘違いしている様だね。」

彼のその憤然として怒りを沸き立たせる様子を見かねて、目の前の青年はそう言い訳がましく言った。

「安心して欲しいが、貴方達はもう年をとる事は無い。だから貴方の娘さんは何も寿命が減った訳では無いのさ。」

「へ?」

___もう年をとる事は無い?
目の前の青年が言った意味の分からないその言葉に動揺が隠せない。

「だから、貴方達の肉体は完璧なんですよ。そう、完璧なフラスコなんです。」

妙な違和感が彼を襲った。

「つまり、貴方達はもう老ける事に煩わされる事は無いんですよ。」

目の前の青年は淡々と彼の娘を、ちょうど働き盛りの彼のと同じ年齢に見合った肉体に成長させた理由を述べる。

そう、彼は全く後悔の色を見せていないのだ。一人の女性の人生を、その青春を穢した事に関する罪意識が全くと言って良いほどに感じられなかったのである。

「君は一体どんな生活を送って来たんだ?」

「僕?僕はただ人々の命を救うという偉大な医者という生活を送っていますが?」

医者___否、人間にとって当たり前のその根源的属性による倫理観が目の前の青年から欠乏していた。

確かに、彼は腕利きの医師だろう。なにせ彼の腕は一度死んだ人間を生き返らせる事が出来る程なのだから。だが、彼は本当に救っていたのだろうか?患者を、そして自分を。

彼には目の前の青年のいう偉大な行為が極めて偽善的で自己満足の為の子供じみた行為に思えて他ならなかった。

「まあ、敢えて貴方の年齢に合わせたのは、貴方達にある事について手伝って貰おうという考えからの事ですよ。」

見返りが必要な事だ。なにせ彼等は目の前の青年によってその命を救われたのだから。本来なら然るべき報酬を彼に与えるべきだろう。それが患者としての義務である。ましてやそこに命の恩人という特典まで付随しているのだ。厄介な事に彼はその目の前の青年に対して、人として当然の然るべき謝恩をも払うべきである。

「村はどうなったのですか?」

彼の辿り着いた一つの結論がそれである。彼は目の前の不気味な命の恩人が手伝って欲しいという怪しげな仕事に加担する事よりも、自身の所縁の村に彼を招き、もてなす事で恩を返そうと考えたのである。

「短絡的だね。あの惨状の中で、まだ貴方の村が残っているとでも?」

彼の中で淡くも抱いていた期待が音を立てて崩れ堕ちていく。

「それにかれこれもう20年以上も前の事だ。もう貴方のいた村のあった地域は貴方の国の地図からは消えていますよ。」

20年という長い月日は彼のあらゆるものを変えてしまっていた。もはや跡形もなく、彼の生きていた証は消え去っていったのである。

「だからね、貴方達には僕の言う仕事を手伝って欲しいんだ。というか、そうしてもらわなければ僕が困るんだよ。」

彼としても、この恩人を困らせる様な事はしたくなかったし、彼に多大な恩義を感じてもいた。そして、何よりもう村も無いのだ。彼をもてなすという短絡的な解決方法は残されていなかった。

「いいじゃん、お父さん。手伝ってあげようよ。」

彼の中に渦巻く様々な感情をその純真無垢なの声が全てかき消す。彼の心の中には感謝の感情が湧いていた。そう、彼の娘は再び笑顔を取り戻していたのである。

「ああ、是非手伝わせて欲しい。」

そこから、高橋美沙の人生が始まった。

   ***

「本日の実験結果を報告しに参りました、高橋様。」

ドアを開け、グレートヒェンはそう事務的に言った。

「お父さん……」

「高橋…様?」

高橋の落ち着かない様子に彼女は心配するように身構える。

「いいえ、なんでも無いわ。ただ……昔の事を思い出していただけ。」

そう言って無理やりに口角を上げる。

「それで、アイツ今日はどうだった?」

「失礼ですが高橋様、貴女は彼に死を仄めかす様な事を言ったのですか?」

彼女は珍しく少し怒った様にそう言った。

「まあ、受け取り方によってはそう言ったかもしれないわね。」

ただ、彼女は許せなかったのだ。自分の大切な人に自身を殺させようとする深雪六花の態度が。

「そうですか。かしこまりました、高橋様。」

納得した……その言葉とは裏腹に彼女の表情は曇るばかりであった。

「それで、結果はどうだったの?」

「彼は天然の魔人であるという点を踏まえても、かなり魔力マナの扱いが上手いです。」

「そう分かったわ。それじゃ、基本はある程度終わったという事ね。」

「はい、高橋様。」

「それじゃあ、。」

そう言って彼女は加虐的な笑みを浮かべるのであった。
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