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田舎編
過去
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「昔、友人達とこの近くで遊んでいた時だ。その内のひとりが、今まで行ったこともないほど遠くへ行ってみたい、と言い出してな……」
学は、祖父の話を黙って聞いている。
「特に用事もなかった私を含めた皆は、冒険を始めたんだ。だが、暗い森の中、慣れない道に、私だけがはぐれてしまって……。周囲は木々しかなく、方角もわからなくなった」
「行けども行けども、道はわからなくなるばかりで、彷徨い続けて、夜になった。辺りは暗くなり、先も見えない。手探りで歩き続けた私は、自分でも気付かぬ内に、崖の上を歩いていた。そして、足を滑らせ――崖下に落ちたんだ」
「普通であれば、死ぬような高さだったんだろう。随分長い時間、落ちていた気がする。だが、私は無事だった。身体が――宙に浮いていたんだよ」
祖父の言葉に、学はハッとする。
ミコの神通力、身体を浮かすあの力を、彼は知っていたからだ。
学が気付いたことも知らずに、孝は話を続ける。
「そのまま、私の身体は何事もなく、ゆっくり地面に降りていった。そこには、ひとりの少女がいたんだ。金色の髪をなびかせ、狐の耳と九本の尻尾をくねらせた、あの人が……。その姿から、彼女は普通の人間ではなく、不思議な現象は彼女が起こしたんだとわかったよ……」
『どうした、童よ……道にでも迷うたか?』
孝の記憶に、優しく微笑み手を差し伸べる神様、ミコの姿が浮かび上がる。
月明かりに照らされたその姿が、とても眩しく美しかったことを、年老いた彼は今でも鮮明に覚えていた。
そのまま、孝は話を続ける。
「彼女は戸惑う私の手を引いて、家へと導いてくださった。村に戻ると、皆、総出で私のことを探していたらしい。随分と怒られたよ。だが、気付いた時にはもう、神様は姿を消していたんだ……」
祖父は、庭の地面へと視線を落とす。
「私は言ったんだ。『耳と尻尾のある女の人に、助けられたのだ』と。村の幾人かは、教えてくれたよ……古くからこの地を守る、優しい狐の神様がいることを。それから時が経ち、私はあの出来事は幼い自分が見た、ただの幻だったと思うようにしていた――だが、学があの人を連れて来た時、確信したよ」
「お前と一緒にいる人が、あの時、私を助けてくれた神様なんだと……。彼女は私の恩人だ。彼女がいなければ、私は死んでいただろうし、お前もここにいなかっただろう……」
孝は温かな笑みを浮かべ、学を見た。
「……そんなことがあったんだ」
自分の知らないミコの話を聞き終えた。
当時、祖父が死んでいたとすれば、その後、彼が結婚し、生まれてくる学の父もここにはいない。当然、学が生まれてくることもなく、ミコは学にとっても、命の恩人であったのだ。
『そうか、お主は――あの時の子どもじゃったんじゃな』
二人は、背後から聞こえた声に振り向く。
そこに立っていたのは、話題の人物である神、ミコだった。
風呂から上がったせいか、身体から湯気を出し、学のモノである大きなTシャツと短パンの格好でいる。
そして、彼女は覚悟を決め、人前で消していた耳と尻尾を現した。
「あぁ、神様。やはり、貴方だったのですね……!」
祖父は立ち上がり、あの日、出会った命の恩人との再会に、声を震わせている。
「うむ、大きくなったのう……壮健なようで、何よりじゃ」
ミコは、あの頃と変わらない優しい微笑みで、孝を見た。
「おかげ様で、子と孫にも恵まれました……あの時は、ありがとうございました」
「よいよい。しかし……良かったのかのう? 大事な孫と……その、恋人になってしもうて」
ミコは人差し指同士を突き合わせ、怒られやしないかと、孝の顔色を窺っている。
しおらしくなったミコの様子に、孝は思わず噴き出し、笑いだしてしまった。
「あはははっ、いいんですよ。学が決めたことです……それとも、孫に何か不満でもあるのですか?」
「いや、不満などないっ!! むしろ、ワシが人間ではないことで、学やお主達を苦しめやしないかと……」
ミコの声は、次第に気弱に、小さくなっていく。
その気持ちを理解した孝は、こう続ける。
「そうですね、神様の貴方様と、人間である学には時間という大きな違いがあることでしょう。せいぜい人間は生きられて、百歳程度。悠久の時を生きる神と比べれば、なんとその時間が短いことか。学は、どう思っているんだい……?」
孝の視線が、学に向けられる。
温かく、いつも彼を見守ってくれる瞳は、小さい頃から全く変わっていない。
心配そうに、ミコがこちらを見ていることに、学は気付くと、彼女を真っすぐに見据えた。
「俺は、それでも一緒にいたい。ミコさんにとっては、一瞬かもしれないけど、俺の一生の時間を、ミコさんの側にいることに使いたい……ダメかな?」
「ま、まなぶぅ……っ!!」
ミコの両眼に、涙が浮かぶ。
学への溢れる愛おしさから、彼の胸に飛びついた。
「ダメなわけがなかろう……っ!! ワシも、お主と……ずっと一緒にいたいんじゃ……っ!!」
学は倒れることなく、ミコを受け止め、優しくその頭を撫でている。
仲睦まじい二人に、孝は頬を緩ませ、安堵するのだった。
『ミコちゃーん、お布団の用意出来たわよー―っっ!?』
そこに登場したのは、学の母、智だった。
ミコが泊まる部屋の準備が済み、彼女を呼びに来たようだったが、ミコを見て、驚いている。
それもそのはず、彼女の頭には、さっきまでなかったはずの、狐耳と九本の尻尾が生えていたからである。
『あっ――』
学とミコは声を揃えて驚き、現状をどう説明したものかと、思考を巡らせていくのであった――。
学は、祖父の話を黙って聞いている。
「特に用事もなかった私を含めた皆は、冒険を始めたんだ。だが、暗い森の中、慣れない道に、私だけがはぐれてしまって……。周囲は木々しかなく、方角もわからなくなった」
「行けども行けども、道はわからなくなるばかりで、彷徨い続けて、夜になった。辺りは暗くなり、先も見えない。手探りで歩き続けた私は、自分でも気付かぬ内に、崖の上を歩いていた。そして、足を滑らせ――崖下に落ちたんだ」
「普通であれば、死ぬような高さだったんだろう。随分長い時間、落ちていた気がする。だが、私は無事だった。身体が――宙に浮いていたんだよ」
祖父の言葉に、学はハッとする。
ミコの神通力、身体を浮かすあの力を、彼は知っていたからだ。
学が気付いたことも知らずに、孝は話を続ける。
「そのまま、私の身体は何事もなく、ゆっくり地面に降りていった。そこには、ひとりの少女がいたんだ。金色の髪をなびかせ、狐の耳と九本の尻尾をくねらせた、あの人が……。その姿から、彼女は普通の人間ではなく、不思議な現象は彼女が起こしたんだとわかったよ……」
『どうした、童よ……道にでも迷うたか?』
孝の記憶に、優しく微笑み手を差し伸べる神様、ミコの姿が浮かび上がる。
月明かりに照らされたその姿が、とても眩しく美しかったことを、年老いた彼は今でも鮮明に覚えていた。
そのまま、孝は話を続ける。
「彼女は戸惑う私の手を引いて、家へと導いてくださった。村に戻ると、皆、総出で私のことを探していたらしい。随分と怒られたよ。だが、気付いた時にはもう、神様は姿を消していたんだ……」
祖父は、庭の地面へと視線を落とす。
「私は言ったんだ。『耳と尻尾のある女の人に、助けられたのだ』と。村の幾人かは、教えてくれたよ……古くからこの地を守る、優しい狐の神様がいることを。それから時が経ち、私はあの出来事は幼い自分が見た、ただの幻だったと思うようにしていた――だが、学があの人を連れて来た時、確信したよ」
「お前と一緒にいる人が、あの時、私を助けてくれた神様なんだと……。彼女は私の恩人だ。彼女がいなければ、私は死んでいただろうし、お前もここにいなかっただろう……」
孝は温かな笑みを浮かべ、学を見た。
「……そんなことがあったんだ」
自分の知らないミコの話を聞き終えた。
当時、祖父が死んでいたとすれば、その後、彼が結婚し、生まれてくる学の父もここにはいない。当然、学が生まれてくることもなく、ミコは学にとっても、命の恩人であったのだ。
『そうか、お主は――あの時の子どもじゃったんじゃな』
二人は、背後から聞こえた声に振り向く。
そこに立っていたのは、話題の人物である神、ミコだった。
風呂から上がったせいか、身体から湯気を出し、学のモノである大きなTシャツと短パンの格好でいる。
そして、彼女は覚悟を決め、人前で消していた耳と尻尾を現した。
「あぁ、神様。やはり、貴方だったのですね……!」
祖父は立ち上がり、あの日、出会った命の恩人との再会に、声を震わせている。
「うむ、大きくなったのう……壮健なようで、何よりじゃ」
ミコは、あの頃と変わらない優しい微笑みで、孝を見た。
「おかげ様で、子と孫にも恵まれました……あの時は、ありがとうございました」
「よいよい。しかし……良かったのかのう? 大事な孫と……その、恋人になってしもうて」
ミコは人差し指同士を突き合わせ、怒られやしないかと、孝の顔色を窺っている。
しおらしくなったミコの様子に、孝は思わず噴き出し、笑いだしてしまった。
「あはははっ、いいんですよ。学が決めたことです……それとも、孫に何か不満でもあるのですか?」
「いや、不満などないっ!! むしろ、ワシが人間ではないことで、学やお主達を苦しめやしないかと……」
ミコの声は、次第に気弱に、小さくなっていく。
その気持ちを理解した孝は、こう続ける。
「そうですね、神様の貴方様と、人間である学には時間という大きな違いがあることでしょう。せいぜい人間は生きられて、百歳程度。悠久の時を生きる神と比べれば、なんとその時間が短いことか。学は、どう思っているんだい……?」
孝の視線が、学に向けられる。
温かく、いつも彼を見守ってくれる瞳は、小さい頃から全く変わっていない。
心配そうに、ミコがこちらを見ていることに、学は気付くと、彼女を真っすぐに見据えた。
「俺は、それでも一緒にいたい。ミコさんにとっては、一瞬かもしれないけど、俺の一生の時間を、ミコさんの側にいることに使いたい……ダメかな?」
「ま、まなぶぅ……っ!!」
ミコの両眼に、涙が浮かぶ。
学への溢れる愛おしさから、彼の胸に飛びついた。
「ダメなわけがなかろう……っ!! ワシも、お主と……ずっと一緒にいたいんじゃ……っ!!」
学は倒れることなく、ミコを受け止め、優しくその頭を撫でている。
仲睦まじい二人に、孝は頬を緩ませ、安堵するのだった。
『ミコちゃーん、お布団の用意出来たわよー―っっ!?』
そこに登場したのは、学の母、智だった。
ミコが泊まる部屋の準備が済み、彼女を呼びに来たようだったが、ミコを見て、驚いている。
それもそのはず、彼女の頭には、さっきまでなかったはずの、狐耳と九本の尻尾が生えていたからである。
『あっ――』
学とミコは声を揃えて驚き、現状をどう説明したものかと、思考を巡らせていくのであった――。
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