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第四章 脚光を浴びる

第117話 俺が出せる最高の品

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バチイン!!

闘技場内の選手控室に、生々しい音が響き渡る。

「…何で叩かれたか、分かっているよね?」
「勿論」

目の前には怒りで抑え切れない魔力を体から滲ませるセドリック。
俺はふと、口の中に血の味を覚えた。すぐに傷は癒されたが、その血の味は俺の
口の中から中々消えない。

「今回は切磋に僕も協力して認識阻害を何重に掛けたから良かったけど…これが
 アランだけならどう?アランはあの試合で人1人の人生を潰していたかも
 知れないんだよ?」
「…すまない」

俺は叩かれた頬を一度さすってからセドリックを見る。今の彼は全ての命を
平等に扱う神そのものの顔をしていた。俺はここで甘んじて説教を受ける
以外の選択肢は“最も下劣な物になる”と言う固い信念の元、説教を受けて
いた。

今、この部屋以外の時間は神の権能によりこの部屋の1時間が外の10秒と
等しくなる程まで流れが遅くなっている。

「はぁ…確かにフェアな状態で戦いたいのは分かるけど、顔を見るのに
 何もフードを剥ぐ必要はなかったでしょ?誰しも隠したい物の一つや二つ
 ある訳だからさ、それを無理に最悪な方法で明かそうとするのは
 幾ら兄弟と言えど看過できる事じゃ無い」
「…ああ、本当にそうだ。もっと他にあったはずなのにな」

口先では無い、本心だ。

「これ以上は何も言わない。だからこそ、自分で出来る事をして。
 謝りに行くもいいし、何か詫びの品でも用意してから行くのも良い」
「勿論、直ぐに謝りに行く。俺が出せる最高の品も出す」

そう言って立ち上がり、ドアの方を向いた瞬間。

バァン!と言う音と共に留め具が壊れそうな勢いで扉が開かれた。そして、
そこにいたのは…コメットだった。コメットはすっかり顔を隠した状態で現れ、
俺の姿を見つけると同時にこちらにツカツカやって来る。

「アンタのせいで!エルフって事がバレた!どうしてくれるんだ!」
「……ごめんなさい」

俺は謝りながら胸をドンドン叩くコメットの文句を聞く。それと同時に防音の
結界を張り、扉を閉め鍵を掛けた。

「これじゃもう、故郷に帰るしか無いじゃ無いか!折角騎士団長まで上り詰めた
 のに!アンタのせいで全部水の泡だ!ううっ…グスッ」
「…すまん、そんな気は無かったんだ」

涙で顔を濡らしながら俺の胸を叩き続ける。その度に俺の体は揺れ、
俺は申し訳ない気持ちで一杯になる。

「何とかしろ!責任を取ってくれよ!こんな事態になった責任を!」
「…分かった」

俺がこう返すのは想定して無かったのか、コメットは弾かれた様に顔を上げる。
マスクに隠れた顔から覗く空色の目は、涙で潤んでいた。
俺は念には念を入れて、即座に擬似世界を作り2人だけになる。

「ここだったら、誰にも見られない。だから少し顔を見せてくれないか?
 コメットさん」

俺は黒騎士団団長を呼ぶのでコメットさんと呼ぶ。彼は渋々と言った表情でフード
とマスクを取った。少年にも少女にも見える幼い顔が光に当たる。その横には、
しっかりと尖った耳を持っていた。俺は一つ息を吐き、魔力を両手に集める。

「少し動かないでくれよ。ふん!」

耳を覆う様に手で隠し、魔力を放出する。耳は光に包まれ、遂には見えなくなる。

「な、何!うわっ、耳がおかしい!」

テレッド君の一件で魔力を人に与えるコツを掴んだ俺は、魔力をコメットさんに
注いでいく。光が収まり、魔力が全て吸い込まれた耳は。

「……っ!!耳が、人の…」

そう、人の耳たぶの様に丸くなっていた。これこそ『俺が出せる最高の品』の中身
だ。俺は鏡を取り出し見せてやる。

「人の、耳だ…」
「俺が出せる最高の品だ。これだったらエルフに見られる事はまず無い」

チョイチョイと耳を触る。元々横の伸びていた耳は完全に人のそれになり、
見た目だけでなく中身も人のそれになっている。俺は彼が鏡を見ている間に
擬似世界を解体する。10秒ほど鏡を見ながら耳を触ったコメットさんは、
言葉になってない言葉を発した。

「あ、あ…」
「?」
「ありがとうっ!!」

ムギュっと抱きつかれた。…そんなにこの耳が知られるのが怖かったのか。
セドリックの方をチラリと見ると、彼はいつも通りの満面の笑みで頷いた。

「これならバレない!顔も出せる!もうコソコソ過ごすことが無いんだ!
 いやっったああああぁぁ!!」
「喜んで貰えたなら嬉しいです」

ただ…と俺は付け加える。耳の姿を変えるのはいつでも出来るのだが、
この問題をどうしようかと考えていたのだ。

「その、耳なんですけど。俺の魔力で作っているんですね。だから、あなたの体内
 の俺の魔力が無くなると…その、元に戻っちゃうんですよ」
「…え、じゃあこれは、放って置いたら、また元通り?」

予想していた通り、途端にコメットさんは悲しそうな表情になる。
やっぱり、エルフは長寿な分精神的な成長も遅いのか…と詮無きことを頭の
片隅で考えながら、俺は首を横に振る。

「いいえ、策は有ります。俺から永続的に魔力を少しづつ貰えば良いんです」
「どうやって?契約魔法?」

…これは、言ってもいいのか。それとも否か。
俺はこのお詫びの品を考えついた時からの悩みに直面させられた。
そして、俺はこれを話す勇気をつけた。
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