18 / 66
複雑な関係
03
しおりを挟む
「お兄ちゃん、どこ、どこ!」
「ここにいるよ、無垢」
また無垢が泣いている。もう七つになると言うのに、その声は甘えて二、三歳の幼児のもののような。
無垢は夜が苦手だった。
明るく遊んでる間は元気にしているものの、宵が訪れた途端私がいないと泣きわめく。もうすぐテストもあるのだけれど……しかし共働きの養父母に頼ってしまうのは心苦しく、何より無垢が私を呼ぶから。
「おいで、怖いことはないよ。もう一緒に寝てしまおうか?」
「やだ、暗い部屋が怖い」
「それなら明かりは点けたままでいいから。なにすぐだよ、眠って起きたらもう朝になっているよ。明日の朝食には一緒にホットケーキを焼いて食べよう。シロップを買っておいたんだ、ケーキシロップ」
「本当? ホットケーキ焼きたい、大きいの!」
最近、子守が上手くなったと褒められた。今まで子供になんて触れたことすらなかったのに、この子が来てから学校以外一日中一緒にいたせいだろう。しかし無垢はまだひらがなすら上手に書けない。この家に来るまではどのような生活をしていたのか……通わせている小学校でもその幼さのせいか孤立して、最近では教室を嫌がり保健室で過ごしているらしい。
「むこうじ……ま!」
「おしかったな、じ、が逆になってるよ」
「むこうじま!」
「そう、正解」
「むこうじまさわ!」
「うん、正解やっと書けたな」
それは私の名前だ。
日曜日の朝、ホットケーキは食べ終わって無垢とひらがなの練習をしていた。辺りに散らばった無数のチラシの裏のやま。せめて自分と私の名前くらいは書けないと、迷子になった時に困るから。
「そろそろ漢字の練習も始めないとな」
「漢字きらーい」
「ひらがなだって少しずつ書けるようになったんだから、漢字だって簡単に書けるよ」
「たかなしむく、は全部漢字なんだもん」
「私の名前だって漢字だよ」
私の膝に座って、一生懸命に机に向かう無垢。亜麻色の髪は朝の日差しに輝いていた。子供ってどうしておひさまの匂いがするのだろう。その背中が愛おしい、恋とか愛とかそう言うのとは少し違って。
「……お兄ちゃんはあったかくて優しいね」
「そうかい?」
「お母さんはね、僕が嫌いだったんだよ」
無垢の言葉に答えられなかった。向島の母ではない、お母さんとはきっと実母のことだ。幸せに暮らして来たわけではないのだろう、だって無垢の背中には小さないくつかの傷があって……そんな私の左手首にも消えない傷はあったのだが。本当のことを知る術はいつだってあった。けれど、無垢の過去を知るのが怖くて、私はまだそれを全て掌握したわけではない。自分の過去ですらおぼろげで、未だ怖くて知ることが出来ない私は……。
「ここにいるよ、無垢」
また無垢が泣いている。もう七つになると言うのに、その声は甘えて二、三歳の幼児のもののような。
無垢は夜が苦手だった。
明るく遊んでる間は元気にしているものの、宵が訪れた途端私がいないと泣きわめく。もうすぐテストもあるのだけれど……しかし共働きの養父母に頼ってしまうのは心苦しく、何より無垢が私を呼ぶから。
「おいで、怖いことはないよ。もう一緒に寝てしまおうか?」
「やだ、暗い部屋が怖い」
「それなら明かりは点けたままでいいから。なにすぐだよ、眠って起きたらもう朝になっているよ。明日の朝食には一緒にホットケーキを焼いて食べよう。シロップを買っておいたんだ、ケーキシロップ」
「本当? ホットケーキ焼きたい、大きいの!」
最近、子守が上手くなったと褒められた。今まで子供になんて触れたことすらなかったのに、この子が来てから学校以外一日中一緒にいたせいだろう。しかし無垢はまだひらがなすら上手に書けない。この家に来るまではどのような生活をしていたのか……通わせている小学校でもその幼さのせいか孤立して、最近では教室を嫌がり保健室で過ごしているらしい。
「むこうじ……ま!」
「おしかったな、じ、が逆になってるよ」
「むこうじま!」
「そう、正解」
「むこうじまさわ!」
「うん、正解やっと書けたな」
それは私の名前だ。
日曜日の朝、ホットケーキは食べ終わって無垢とひらがなの練習をしていた。辺りに散らばった無数のチラシの裏のやま。せめて自分と私の名前くらいは書けないと、迷子になった時に困るから。
「そろそろ漢字の練習も始めないとな」
「漢字きらーい」
「ひらがなだって少しずつ書けるようになったんだから、漢字だって簡単に書けるよ」
「たかなしむく、は全部漢字なんだもん」
「私の名前だって漢字だよ」
私の膝に座って、一生懸命に机に向かう無垢。亜麻色の髪は朝の日差しに輝いていた。子供ってどうしておひさまの匂いがするのだろう。その背中が愛おしい、恋とか愛とかそう言うのとは少し違って。
「……お兄ちゃんはあったかくて優しいね」
「そうかい?」
「お母さんはね、僕が嫌いだったんだよ」
無垢の言葉に答えられなかった。向島の母ではない、お母さんとはきっと実母のことだ。幸せに暮らして来たわけではないのだろう、だって無垢の背中には小さないくつかの傷があって……そんな私の左手首にも消えない傷はあったのだが。本当のことを知る術はいつだってあった。けれど、無垢の過去を知るのが怖くて、私はまだそれを全て掌握したわけではない。自分の過去ですらおぼろげで、未だ怖くて知ることが出来ない私は……。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
視線の先
茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。
「セーラー服着た写真撮らせて?」
……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった
ハッピーエンド
他サイトにも公開しています
幸せのカタチ
杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。
拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。
王様のナミダ
白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。
端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。
驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。
※会長受けです。
駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる