上 下
23 / 70
第一章

―VS.魔術師.Ⅳ―

しおりを挟む
「菜奈花!」
「大丈夫……平気」
 転移で駆けつけたルニに、しかし力なく微笑んで立ち上がる菜奈花は、その姿を再び元の薄桃色のスプリングコートへと変えていた。
「平気って……」
「本当、大丈夫」と菜奈花、「ちょっとミスっちゃっただけだから」
 油断なくもう一度『正義ジャスティス』を手に取り、姿を変える菜奈花だが、足はおぼろげであり、剣を杖をつくようにしている姿は、ルニには到底そうは思えなかった。
 しかるに菜奈花は、尚も気配のする方向を見据えており、再来の凶刃を今か今かと待ち続けている。
 ルニは、さりとて菜奈花にそれを迎え撃つだけの体力が今現在において尚あるとは思えず、いわんやそれをどうこうできるだけの手段があるとも思えなかった。
 畢竟ひっきょう状況は絶望的である。
 ――やがて二人は、はっとした。
「ねえ、ルニ。私が見えているのは、幻覚?」
「いいえ、菜奈花」と首を横に振るルニ、「あれは、私たちに見える幻覚――」
 なんの冗談であろうか、二人の見上げる天井は、圧巻を通り越した、地獄絵図であった。
 何故『魔術師マジシャン』は菜奈花が格好の的となっていた時、狙わなかったのか。
 その答えが、恐らく天を埋め尽くす魔法陣に有ったのだろう。
 ずっと上でちらついていた気配は、きっとこの時を待っていたのであろう。
 最早こちらの取れうる手段は限りなくゼロに近いのかもしれない。
「綺麗な星空ね」
「本当に」
 半球状のドーム上側を覆い尽くす魔法陣の先にあったのは、菜奈花が待ち続けていた、凶刃。それも、先にましておびただしい数のそれが、全ての刃先が菜奈花を捉えて離さない。
 月光を反射させる刃は、その数と相まって乱反射しており、既に遠い過去のように思われた星空が、二人の脳裏に思い返された。
「やっぱりハードモードなんじゃない、魔法少女って」
「かもしれないね」
 菜奈花は、諦めたように『正義』の剣を虚空に振るうと、その姿をアルカナに戻した。
 さりとて菜奈花は、月光の乱反射をその目でもって返し、もうじき放たれる刃の群衆を見据えて、一枚のカードを指輪から外に排出してみせた。
 望んだものは光の粒子となりて、その姿を形成し、しこうして一枚の小アルカナへと変成した。
「けど、私は諦めない」
 薄桃色のスプリングコートの裾をはためかせながら、その小アルカナを右の人差し指と中指で挟むと、その腕を横に突き出した。
 刹那、夥しい数の群衆は一斉に放たれ、一つの巨大な槍を形成したかの如く、全てが菜奈花目掛けて一直線に飛来した。
「ルニ、手伝って」
 ルニは何度目かの嘆息をすると、
「仕方ない!」
と了承の意を示した。
 月光を乱反射する巨大な槍は、轟音も轟音、けたたましく鳴り響く衝撃音を互いに反響させ合い、やかましいの比ではない。
 二人は逼急ひっきゅうしてくる巨大な槍を見据えながら、菜奈花は小アルカナを発動、ルニはそれに合わせて突風を作り出した。――あの時、学校の屋上でした時と同じように。
「風よ、鉄拳と成りて、眼前の障害を吹きとばせ!」
 それは、風の拳を作り出し、解き放つ小アルカナ。
 それは、この局面をも脱しうる、奇跡の力。
 ルニも菜奈花に合わせて、その一枚の名を叫んだ。
「「『ソード』の『ナイト』!」」
 直後、菜奈花の呼び出したそれは、風を集結させ、ルニの作り出した突風すらも纏い、そうして巨大な槍へと、正面から激突した。
 押し合う二つは、始めこそ均衡を保つが、さりとて一時的な静止は、後々に控える凶刃が目の前の刃を押しのけ、自然形成は崩れ始める。
 畢竟それは次第に勢いを失い――
「「いっけえええええええええええええええええええええええええええええ!」」
二人の叫びとともに、巨大な槍を砕き、群衆は個人へと、そうして二度目の墜落を果たした。
 それでも尚勢いを止めない風の拳は、天にある境界まで一直線に突き進み、ズレの元で勢いよく……爆ぜた。
 菜奈花を避けるようにして突き刺さったり、そうでなかったりする剣は、全てが地に足をつけると消滅、その後についた、地面の傷のみが残るこ事となった。
 一方天の境界にて爆ぜた風圧は、未だ姿を隠していた『魔術師』にも直撃したらしく、声にならない叫びを上げて、墜落するようにして地上にようやっと姿を現した。
 肩で息をする二人の目の前に現れた彼は、やはり姿も形も分身と見分けがつかず、それでいてしかし気配だけはハッキリと鮮明にあった。
「ようやく……、本物のお出ましね……」
 菜奈花は彼を見据えながら、油断なく再び『正義』を纏うと、もう一度あの構え――右足を僅かに引き、二つの拳を顔の隣で作り、刃先で彼を捉えるそれを取った。
 相変わらずの見様見真似の雄牛の構えだが、それでいて独特の緊張感がほとばしった。
「ここで貴方あなたを、配下にしてみせる!」
 菜奈花の気迫が、空気をより一層ピリつかせた。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】新しい我輩、はじめます。

コル
ファンタジー
 魔界を統一した魔王デイルワッツ、次に人間界を支配するために侵攻を開始する。  そんな時、人間界で「天使の剣を抜いたものが勇者となり魔王を討つべし」とお触れが出た。  これを聞いたデイルワッツは自分の魂と魔力を人間の体に移し、自ら剣の破壊と勇者を始末しようと儀式に紛れ込むがなかなか剣を抜けるものは出てこなかった。  見物人にも儀式参加となりデイルワッツの順番が回っきてしまう、逃げるに逃げれなくなってしまい仕方なく剣を掴んだ瞬間に魔力を吸われ剣に宿る精霊エリンが具現化し剣が抜けてしまった。  剣を抜いた事により勇者と認められ魔王討伐の命が下る……がその魔王は自分自身である。  自分が自分を討ちに行く謎の冒険記はじめます。 【完結済】 ・スケルトンでも愛してほしい![https://www.alphapolis.co.jp/novel/525653722/331309959] ・私が勇者を追いかける理由。[https://www.alphapolis.co.jp/novel/525653722/132420209]  ※この作品は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さん、「ノベルアップ+」さんとのマルチ投稿です。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

同級生にチートを与えて観察してみた

僧侶A
ファンタジー
現実をシミュレーション出来る機械が完成した。クラスメイトにチートを与えたらどんな感じで動くだろうか。

処理中です...