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第一章

―不思議な不思議な新しい一日―

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 淡いピンクのカーテン、その隙間から漏れ出た光が、程よく片付いた室内を照らしている。
 南向きに置かれたベットは、部屋の隅、出窓の先にあり、漏れ出た光が少女に陽光を落とし込んでいた。
 髪は亜麻色で、ウェーブのかかったセミショートだが、寝相が悪いのか、頭頂が立ち上がっており、前髪も逆だっていた。
 ふと、少女は目を絞り、「んん……」などと声を漏らしたあとで、眠気に抗うようにして開いた。
 トパーズ色の瞳を半ば眠ったままの意識の元、右の人差し指で擦り、「ふあぅ……」とだらしなく欠伸を逃がし、再度目を右の人差し指で擦った。
 少女は、遅遅おそおそと起き上がった後で、ベットうえの、それと同じ高さの小物置。その上の、シンプルな目覚まし時計に目を向けた。
 ――六時半。
 少女にしては珍しく、ベルが鳴る前に起きた、という事らしい。
「夢……」
 阿呆面あほうづらのままベットに腰掛けた少女は、「んんっ……!」と両の腕を高く突き上げ、手を拳だかパーだかの中途半端な形で、伸びをした。
「変な夢。ま、いっか」
 この部屋は、二階の廊下の突き当たり、東奥に位置する、少女の部屋である。
 東の出窓の手前にベット、その上に小物置き。反対側に少し離れてシンプルな勉強机と、淡いピンクの座面に、同じ色の腰掛けのついたローラー付きの椅子。その勉強机の後ろに、出入り口となる白のドアがる。部屋の中央には木製の丸く低い、円形の四足テーブル。その下には、色違いのクッションが二枚あり、西側面にはクローゼットや本棚なんかがある。南側には、大窓のドアがあり、そこから先はちょっとしたベランダになっている。部屋全体としては白い壁に、ピンクのドット柄のカーペットが惹かれており、如何にも女の子らしい部屋であった。
 少女は、蹌踉よろめくような足取りで白いクローゼットを開け、その左扉の裏側の鏡に目をやった。
「髪、なおさなきゃ」
  写っていたのは、あさっての方向へと立ち上がっていて、前髪も前から上へとカーブを描いた、自分ですらも間抜けだと思える少女の姿であった。
 視線をクローゼットの中へと移せば、そこには真新しい、中学の制服があった。
「今日から私は、中学生……なんだよね」
 確かに胸の奥で何かが脈打つのがわかった。昨日の夜だって、なかなか寝付けずに、今と同じ感覚を味わっていたのを覚えている。
「ちょっと、楽しみ」
 そう、呟いてから視線を鏡に移したとき、ある違和感を感じた。
「あれ――?私……こんな服じゃ、ない……」 
 写っていたのは、相変わらずの寝癖が目立つ、少女自身の姿。しかし、その首元から下へと視線を移せば、そこには今の少女の姿は写っていなかった。
 少女は、ピンクを基調とした、首周りがセーラーえりのようなブラウスになっている上着に、同じくピンクを基調とした、セット物のかかと丈のパンツ。程よく暖かそうな、上下コットン製のパジャマを来ているはずである。
 しかし、鏡の中に本来そうあるべきだった存在は、違っていた。
 フードのない、内側の微かな黒が見える白いローブマントで、その首元に左右の大きさが違う、しかし釣り合っている小さな天秤のアクセサリーのある、不思議な格好。右手には、何やら文字が掘られた剣が携えてあった。
「どういう、こと……?」
 少女は、後ずさりした。
 言いようのない恐怖感に駆られたように、顔が青ざめた。
 しかし、鏡の中の少女は、反対に微笑みかけた。
『受け取って』
 少女は、確かにそう聞こえた。
 少女自身の声で、けれど少女の発したものとは明らかに異なる声を。
「な……に……?」
 狼狽うろたえる少女は、しかし確かに、鏡の中の彼女が何かを渡そうとしているのがわかった。
『さあ、受け取って』
 鏡の中の少女は、左手を前につきだした。
 手の中には、一枚の光り輝くカードが浮かんでいるのがわかった。
「カード……?」
『これは、あなたが目覚めさせたもの。あなたが、オーナーになるのです。菜奈花ななか
 カードは、ゆっくりと鏡の中の少女の元を離れ、近づいてきた。
 少しずつ大きく、ゆっくりと、ゆっくりと近づいていって――鏡の表層から抜け出した。
 困惑を一層強くする少女――菜奈花と呼ばれた彼女は、しかしその場で動くことができなかった。
 立ちすくんだままの少女の元へ向かうカードは、実態を保ったまま、光を輝かせたまま、菜奈花の胸の前で止まった。
『さあ、それを手に取って』
「どうして、私なの?」
『あなたが、目覚めさせたからよ』
 菜奈花は意を決して、カードをそっと両手で包むようにして、触れた。
 途端、カードの光は弾け、菜奈花の視界を一瞬だけ奪った。
「きゃぁ!?」
 しかし一瞬も一瞬、恐る恐る目を開けると、特別目がチカチカするでもなく、不思議に思いながらも視線をカードから、鏡へと移した。
「――いない」
 いな、いる。けれどそこにいたのは、先程までの私ではなく、元のパジャマ姿のままの私であった。
 視線をもう一度、両手で持ったままのカードへと移した。
「これって、確か夢で――」
 カードは、一枚のタロットカードであった。日本語版なのか、下段に『正義―Justiceジャスティス―』と書かれ
ており、上段には、ローマ数字のⅧが書かれている。絵柄は、男が右手に剣、左手に左右の大きさの違う、けれど釣り合っている天秤を持っている、男の絵。
 その時菜奈花は不意に、夢の中で言ったかすれ掠れだった言葉を思い出した。
「これはジャスティスのタロット?」
 ――再び、カードが輝きだした。
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