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第六章 魔神討伐・神々の業
113 魔神を追え
しおりを挟む悪夢の様な1週間が終わり、今日から登校している。いい加減に本腰を上げなければ。青春時代をもう一度、残念なのは女子としてだが、ワイワイと過ごすのも楽しいし悪くはないが、さっさと片付けたい。
今は午前の2コマ目。調理実習で、作っているのはカレーだ。なぜこの世界で、しかも授業でカレーなのか謎だが、アリア商会が絡んでいる学院だ。今更ツッコんだら負けだな。
貴族の子供達は、王族に仕えるメイドや執事の仕事に就くことや、王宮内の食堂で働くこともあるらしい。俺達がいるのは調理器具や設備が豊富に揃った、所謂家庭科室? 調理実習用の教室だ。そこで現在下ごしらえ中。まあそれはいい。
でもね、なぜメイド服なんだろうか?
長袖のロングタイプのメイド服。袖はフレアーになっていて、料理をする為の作りじゃない。みんな袖まくりをしているし。アリアの趣味は本当にわからん。
男子は燕尾の黒いジャケットに、蝶ネクタイ。下はグレイのスラックス。所謂執事服だ。各々がエプロンを着けて調理中だけど、メイドはまだわかる。だけど料理する執事はあんまり聞いたことねーわ。イマイチイメージが湧かない。まあ給仕服ってことなんだろうけどさ。
4人1組の班で調理をしているのだが、俺の班にはリーシャとヴォルカ、仲良くなったばかりのシュティーナがいる。他の授業では優秀そうだったんだが、今この料理に至っては、ぶっちゃけ手際が悪い。ヴォルカは姫だからまだわかるけど、他の2人も酷い。料理を今迄ほとんどしたことがないのが、見ただけでわかる。お貴族様だから仕方ないのかな? てことで、一人暮らしで料理くらい普通にやっていた俺が仕切っている。仕切らないと恐ろしいものが出来そうで怖い。
で、俺がほぼ一人でやっている。食材を洗って貰ったり、包丁と言うかナイフを使わせるのも危険なので、ピーラーで皮むきをして貰ったりしている。これはこれで身まで剥くから、目は離さない様にしておかないとだけどね。
タタタタタンッ!
玉ねぎを刻む。ポテトも一口大に。ぶっちゃけこの二つは今から作るカレーには特に必要ないんだが、折角なので使わせて貰う。
「いやー、女子力高いなあー、カリナは」
「いやいや、料理くらい普通にするからね」
最近は自宅ではメイド組が作ってくれるけどね。バイトとかで厨房もやったし、料理は嫌いじゃない。俺の包丁捌きにリーシャがずっと驚いている。そして女子力はあんまり関係ない気がする。
「すげー。あたいは普段料理人がやってくれるしなあ……」
「ヴォルカー、冒険者になるなら野外で料理くらいできないと困るぞー」
うんうんと唸っているヴォルカ。下ごしらえが終わったし、やることなくなったんだな。
「うむむ……。この手際の良さはすごいわ」
「慣れだよ、シュティーナ」
作るのは欧風のカレーみたいだが、好きにアレンジしていいと言われたので、折角だし前世でハマっていたタイカレーを作ってやることにした。ふふふ……、カレーの可能性を見せてやるぜ。与えられた材料は、普通のカレーを作る食材だが、カレー粉は粉末状だ。使い易いぜ。
先生に聞いたらココナッツもスイートチリソースもあった。これらは、中央大陸の魔大陸ロードスやサルミ島と言われるリゾート地の名産らしい。確かに南北に赤道が走っているこの世界では、その近くにあるから環境的には収穫できるんだろうけどね。どの世界もこういうものは名称が一緒なのかな? 全然異世界感がないなあ。まあよくわからん素材を使うよりマシかもだけどね。
最初に配られたのが欧風のカレー用食材だったので、特に使わないが勿体無いから玉ねぎもポテトも使うことにした。
三人共眺めてるだけなので、さっさと作ってしまおう。オリーブオイルをフライパンにひいて、玉ねぎがきつね色のチャツネになるまで炒める。実は玉ねぎ嫌いなんだよ。だからなるべく原型が残らないくらいまで調理する。そこに最初に配られた肉、鑑定すると魔鳥、ボア、マッドブル。要は鶏肉、豚肉、牛肉ってことだろう。
面倒なのでポテトと一緒に全部入れて、カレー粉と一緒に炒める。オイルを多めに入れて、ペースト状になるまで炒めたら、鍋に移す。
そこにココナッツミルクを投入。キノコ類やトマトなどを切って入れる。スイートチリソースとナンプラーに似た調味料で味を調え、暫く煮込んだら普通のカレーの半分以下の時間で完成だ。
他の生徒達までわらわらと集まって来る。まあ珍しい物だろうしな。
「「「(゜д゜)ウマー!!!」」」
「お粗末様」
「これ何て言うカレーなの?」
「タイカレーって言うんだよ、リーシャ」
「鯛カレー? でも魚入ってねえぞ?」
あ、しまった。そりゃタイと言う国のカレーとは言えない。
「なるほど、大カレーね。こんなにおいしかったらみんな大量に食べるでしょうし」
「シュティーナ……、うん、そう。そういうことで」
もう面倒くさい。それでいいや。
今の内に探知に集中しよう。東西南北を監視している召喚獣達に念話。
(何か変化はあったか?)
(主か? ここから消えた気配はない。恐らく魔神はまだ学院内にいる)
ヨルムからの応答だ。
(我らはヒトよりもあらゆる感覚に優れている。それでも見つからないとは、余程姿を隠すのが上手いと見える)
(ケルコアか。そうだな、権能だとすれば一筋縄ではいかない)
(時来てるぞ!)
(主よ、ぶちが何かを見つけた様だぞ。体育館とやらだ、急げ!)
(私も妙な気配を感じたぞ。魔神に違いない!)
フェリスとグリフからも同じ様な言葉が来た。
(わかった、直ぐに向かう)
ピクッ!
確かに意識をぶちにシンクロさせると何か妙な気配を感じた。出やがったな。
「ちょっとトイレ!」
カレーに夢中な班の三人と教師に伝え、教室の外に出る。
「換装!」
身に付けていたメイド服がバトルドレスへと切り替わる。そのままPTリンクテレポートで、ぶちがいる体育館内へと瞬時に移動する。二人も此方に気付いて向かって来ているな。
フッ!
そこには制服姿のローズルキーの左腕に噛みついているぶちと、足元には男子の制服姿の女子が倒れている。どういうことだ? それに体育館内には異常な瘴気で満たされている。
シュン!!!
アリア達二人も転移して来た。早いな、さすがだ。
「キシャアアアアア!!!」
「ちっ、何だこいつは!?」
ぶちが振り回されながらも噛みついた腕を放さない。
「カーズ! 遂に捕まえましたね!」
「ああ、だが足元に気を失った生徒がいる。このまま斬りかかると巻き込む可能性がある」
「あの子は私が助けるよ。その間に二人は魔神を!」
アヤが神衣を纏う。
「来て! ルティ!」
「あいよー!」
ガシッ!
アヤが精霊剣ルティを手に取った。
「くっ、貴様らは?! そうか、迷宮にいた冒険者共か。俺様の縄張りによくも土足で踏み入って入れたな!」
「何好き勝手言ってやがる。だが漸く見つけたぜ。テメーはここで仕留めてやる。来い! 神剣ニルヴァーナ!」
神格から具現化されたニルヴァーナの柄を左手で握ると同時に神衣を纏う。アリアの手にも神器と、身体に真紅の神衣が装着される。
「アヤ、生徒は任せる。いくぞ、アリア!」
「ええ、任せて」
「楽しい学院生活と私の創設した学院を荒らした罪は重いですよ、魔神!」
「くそっ、離れろ! この猫又が! 出でよ、魔神器レーヴァティン!」
ゴオオオゥッ!!
残った右手に現れた魔神器をぶちに向けて振り下ろす前に俺達は飛び出した。
ガキィイイン!!!
「離れろ、ぶち!」
魔神器の斬撃をニルヴァーナで防ぐ。その瞬間離れるぶち。同時に足元に倒れていた生徒を救い出すアヤ。よし、多対一の形が作れた。アリアとぶちはフリーだ。俺がレーヴァティンを止めている間に仕留めてくれ。
ダンッ!
アリアが高速で懐へと潜り込む。
「アストラリア流格闘術・奥義!」
ドゴオオオオオオオオ!!!
「アルティメット・ヘヴン!!!」
アリアが右拳で撃ち上げた強烈なボディーブローで、体育館の天井を突き破って遥か上空へと吹っ飛ばされるローズルキー。危ねえ、俺まで巻き込まれるところだった。だがこれで瘴気が穴から消える。
「ぐごあああああ!!!」
「ハッ!」
そのまま自らも飛翔するアリア。確かにこの場所でぶつかり合えば学院に被害が出る。最悪他の人間も巻き込みかねない。英断だ。そのまま俺も上空へと飛ぶ。ぶちは下で待機だ。
ガギィイイイン!
そのまま落下して来るローズルキーに向けてアリアが翔陽閃を放つが、体勢を必死に立て直したヤツが、アリアの斬撃にレーヴァティンを合わせた。コイツ、格闘奥義を喰らいながら反撃しやがった。以前見た時よりもキレがある。それにいつの間にか炎の様な魔神衣を纏っている。たかが数人の精気を吸っただけでここまで力が戻るのか?
だが、アリアと斬り結んでいる今がチャンスだ。がら空きの頭上から神器を一閃する!
「サンセット・リープ!」
ザヴァシュッ!
「うぐっ!」
体をいなして致命傷を回避しやがった。俺の斬り下ろしはヤツの左脇腹の魔神衣を薙いだだけだ。1週間も寝てたせいで体が鈍っている気がする。今の回避行動で距離も取られた。
「チィッ、しつこい神族共が……。俺様の狩場に立ち入って来るとは……」
「ここはあなたの遊び場ではありません。これ以上私の学院で好き勝手にはさせませんよ」
「黙れ! 貴様ら女共も全員俺様の糧にしてやるぞ!」
なるほど、俺も今は女性体だ。それに以前半殺しにしてやったことを忘れている様だな。ならば隙を見せれば食いついて来る可能性は高い。それに追い詰めたらまた逃げられるかも知れない。その証拠に、背中に時空魔法を展開しているのが俺の鑑定には視えている。
(アリア、俺に策がある。このまま押し切れるだろうが、また逃げられる可能性の方が高い)
(そうでしょうね。後ろに転移魔法を構築しているみたいですから)
意外と冷静だな。成長したじゃん、アリア。今までなら頭に血が上っているところだしな。
(そうだ、だから何処に逃げても追跡可能にする。お前は次でやられた振りをして一端離脱しろ)
(……いいでしょう。カーズ、あなたの策に嵌めてやって下さい)
(ああ、ちょっとした賭けだけどな……。いくぞ、先に攻撃してくれ)
(はい、じゃあいきます)
ドンッ!
アリアが一気に距離を詰める。
「アストラリア流抜刀術、嵐龍閃!」
直前で体を捻り、その回転力を利用して抜刀術を繰り出す。だがあれは敵の攻撃を躱した上で放つカウンター技の抜刀術。先出しするのは隙が大きい。敢えてそれを選んだのか、考えてるじゃないか。
ぐるんっ! ガキィン!
「何だあ? この隙だらけの攻撃は? これでも喰らえ! フュール・ラグナレク!!!」
アリアの斬撃を防ぎながら、レーヴァテインが燃え上がる。そのまま力任せに炎の斬撃でアリアを下に薙ぎ払った。
「うぐっ!」
ドゴオオオオオンッ!!!
真下の体育館の床に叩きつけられる振りをするアリア。よし、ナイスだ。勝ち誇った顔をしてやがるからな。力を抜き、右手でニルヴァーナを持ちながら無行の位を取り、鎧装も解除する。勿論挑発だ。さあ来やがれ。
「その構えは何だ?! 舐めてんじゃねーぞおおおッ!!!」
やはり剣を持っていない左手側へ横薙ぎの攻撃をして来たな。左腕の神衣を解除し、敢えて左腕を断ち斬らせる。
「フュール・スラッシン!」
ザンッ! ガキィイイインッ!!!
「ぐっ!」
左の二の腕を上手く切断してくれたところで、右手に持ったニルヴァーナで斬撃を止める。くそ痛え、でも計算通りだ。
「貴様……! 神衣を解除して斬撃を受けるとはどういうつもりだ?!」
「バーカ、教える訳ねーだろ。戻って来い、ヒーラガ!」
カッ! シュゥウウウウ……
斬り裂かれた腕には先に回復魔法を仕込んでいたのさ。コイツには俺が何をしたいのか、さっぱりわからないだろう。解除していた神衣をくっついた左腕に纏う。
「さて、もう茶番はいいだろう。受けろ、正義の女神の奥義を!」
ガシッ! ジャキィイイイイン!
両手で神剣を持ち、頭上高く掲げる。これで仕留められれば御の字だが、こいつは十中八九逃げる。だが何処に逃げようが無駄だ。
「アストラリア・エクスキューション!!!」
ガカアッ! ドゴオオオオオオオオオオオ!!!
極光のレーザー砲の如き一撃が振り下ろした剣先から放たれる! その一閃がローズルキーを飲み込む!
「ぐおおおおおっ!!! おのれえええええ、覚えていろおおおおッー!!!」
フッ!!!
転移を発動させたか。やはりな……、想定内だ。そのまま体育館の床に降下する。
「カーズ、どうなりましたか?」
「逃げられた。だがアイツはここを『縄張り』と言った。ここから消えるつもりはないんだろう。それに、ヤツが何処に逃げても、もう無駄だ。これを見てくれ」
「なっ?! これは……?」
左腕の切断されて繋ぎ止めた箇所から、ヤツの魔力と神気の残滓を、右手に神気を籠めてコントロールし、抜き出す。俺の神気に包まったローズルキーの魔力を可視化させ、その炎の赤と瘴気の黒が混じった神気が渦巻いている球体をアリア達に見せ、3分割して二人にも渡す。召喚獣達には俺の魔力のパスから情報が伝わるはずだ。
「レピオスから習ったが、魔力や神気の波長は人によって異なる。これはヤツの魔力と神気を、斬られた振りをして俺の左腕に取り込んだものだ。この波長がわかれば、あの魔神が何処にいようが誰に化けようが、すぐ探知できる。もうアイツは何時でも仕留められるってことだ」
「……相変わらず無茶をしますね、あなたは。それにそんな発想があるとは……、思いつきもしませんでしたよ」
「うん、さすがと言うか、見てて冷や冷やしたけどね。それよりもこの子……、まずい! もう産まれる!」
男子の制服を着た女子の腹が急激に肥大化し、下半身の服を食い破るようにして魔物が飛び出す。8本脚の馬だと? スレイプニルかよ?!
「グルルルルル……!」
「スレイプニルだ! アリア、消滅させろ!」
「仕方ありません。落ちなさい、次元の彼方に! ディメンション・ゲート!」
ゴアアアアアアアッ!!!
アリアが展開した魔法の威力で異次元の扉が開く! その内部には宇宙が広がっている。こいつはヤバい魔法だな。宇宙空間に投げ出されたら、死あるのみだ。
「グルアアアアアアッ――!!!」
バツンッ!!!
魔力のゲートが閉じられる。吸い込まれたスレイプニルは跡形も残らず消滅した。さすが、決める時は決めてくれるな。これで天井を塞げば何の証拠も残りはしない。それにここにはアリアが侵入したときに結界を張ったのだろう。外部に音が漏れた形跡もない。
さて、この生徒を解放してやらなければならないな。
「気を失ったままだね」
「しかし、この子は……」
「ヤツの魔力を感じるだろう。そいつは男だ。ロキは変化するのも得意だが、他者を変化させるのも得意ってのを忘れていた。取り敢えず介抱する前に元の姿に戻してやろう。アリア、どうやってここに連れて来られたのか、記憶が読めるか?」
「……いえ、記憶はありません。夢を見ていたと思っていますね。あの魔神の魔力の波長がわかったので、読み取ることはできますが……」
「いやいい、どうせ胸糞悪くなるだけだ。この生徒を元に戻したら、記憶の全消去をしてやれ。夢でも女にされて暴行を受けたなんてトラウマものだろうしな。しかし、男女問わず見境いなしか……。変態だな、あのクソ魔神」
「そうだね、でもこれでアイツの魔力の波長は覚えたし、今度は此方から仕掛けられるよね?」
「ですねー。この子は治療して、医療機関に運んでおきましょう」
「ああ、任せる。純粋な女性なら、またアヤの精霊魔法の出番だけどな。こいつは男だ。記憶消去で充分だろ?」
元の姿に戻した生徒は、剣術の授業の時のマック・ローイだった。リーシャにも負けて、こんな目に遭わされるとは可哀想に。野郎に一々同情はしないが、厄介な能力だ。だが、これでヤツの権能が他者に上手く化けて姿をくらますものだとしても、此方から探知が可能だ。
次の邂逅で必ず仕留める。至近距離から逃げられない様に切り刻んでやるぜ。あのプライドが高いロキが、このままこの『狩場』からおめおめと引き下がるとは思えないからな。此方の存在をウザいと思っているはずだ。向こうから仕掛けて来る可能性もある。周囲の人間を巻き込まない様にしなければいけないな。
・
・
・
換装し直して、元の服装で教室に戻る。
「あ、カリナ遅いよー」
「ごめん、リーシャ」
「まだ調子悪いのか?」
「あ、うん、まあそんなとこ」
「無理したらダメよ」
「うん、気を付けるよ。さて、『あたし』もカレー食べようかな」
「「「あ……」」」
鍋は空っぽだった。確かに大した量じゃなかったけどね……。全部食うか?
「嘘やん……」
「「「ごめん!!!」」」
「いやあ、美味し過ぎてねー」
「あたいもー」
「ごめんね、私もなの……」
「他の班の人達も欲しがってねー……」
折角久しぶりに作った好物は、育ち盛りの若者達の胃袋に全て収まっていた。
ランチで仕方なく普通のカレーを食べた。若者恐るべし……。
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