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第五章 冒険者の高みへ・蠢き始める凶星達
85 折角だしお祭りを楽しもうか?
しおりを挟むうーん、どうしてこうなった……?
祭典、夕暮れのお祭りの街中をみんなと歩いている俺は浴衣を着ている。いや、浴衣が悪い訳じゃないんよ。なぜピンクの女性用の浴衣もろもろのお祭りセットを着せられているのかということだ。そして仕方ないので勿論、女性体になっている。さすがに男性体の状態では違う意味で着れない。このお祭り堪能セットを用意していたのはやっぱりアリアだが、持って来たのはアヤだ。しかもノリノリで。みんなの分も頼んでいたらしい。
「折角だから一緒に可愛い恰好をして、日本の夏祭りとか縁日みたいに過ごしたいなー」
などと目を輝かせて言うから、断れなかった。うーん、困った。着付けも髪の毛の飾り付けも全部アヤとウチのメイド組がやってくれた。もうこれまたノリノリで……。でもね、女性体の時の体を見られるのは何故かすんげー恥ずかしいんだよ。あー、いやマジ勘弁して欲しいけど、アヤがこういうシチュエーションも楽しみたいらしいので、もう今更だなあと逆らわないことにした。段々受け入れていってる自分がいるのは確かだが、アガシャに見られるのだけは一番キツかった。いやマジで。
バトル組の男性陣、エリックにアジーンは男性用の紺色やら暗めの配色の浴衣だ。城内で軽く飲み食いしながら待ってくれていた。って言うかそりゃ気まずいよ、それに俺も男性陣なんだけどね……。そしてユズリハにちょくちょく邪魔され悪戯された。クラーチでの悪夢を思い出すよね、これ……。言っとくけど、昔の日本の伝統みたいなことはしてないぞ。ちゃんと下も穿いてるからな。でも上は勘弁してください。
そしてお祭りセット一式をフル装備で城下に出て来たんだが、浴衣を着ている人が結構いることにも驚いたけど、夜店とか屋台とかも西洋のものと同じくらい日本ぽいのが結構あるんだよ。なんだろなあー、この世界は和洋折衷みたいな感じなんだよなあ。屋台には焼きそばとかたこ焼き、りんご飴、お面とか射的(コルク銃ではなくおもちゃの弓だが)、千本つりみたいなくじ引き(これはまず当たらないからやらない方がいいとみんなには言っておいた)、まあ千里眼や鑑定で視えるしね。うん、でも何だか懐かしい気分になる。
浴衣を初めて着るイヴァやルティは子供の様にはしゃいでいた。アガシャも初めて着たらしいが、少し照れ臭そうだったので、「可愛いし似合ってるぞ」と声を掛けると喜んで抱き着いて来た。女性体で抱き着かれるのは微妙だったけど。どうやら他国でも浴衣はお祭りの時は結構普通に着るらしい。クラーチのときは王城にずっと引き籠っていたから気付かなかったけどね。
で、一通りみんなで探索してからは、別行動となった。イヴァはルティと、竜王兄妹はエリユズと、ディードにアガシャはメイド組と回ることになった。ウチのメイド組、PTの恩恵でレベル1000以上あるから、多少絡まれても大丈夫だろうけど。気にかけてやっているんだろう。因みに母さんは『女の子も欲しかったのよねー』とか言いながら、着付けだけしてくれて、その後親父と一緒に外に行った。全く仲が良いことで。
てことで今はアヤと二人でお祭り騒ぎの街中を手を繋いで歩いている。アリアのお手製だから、このバインバインの自前の胸部であっても胸元が苦しくないし、履物も足が痛くなったり鼻緒が切れる心配もない。腹立つけどぶっちゃけ快適だ。そしてその肝心のお祭り女神は、実況組と城内で飲み食いしまくってる。まあ主にアリアがだけどね。明日もあの解説が展開されるのかと思うと、ちょっと頭痛がするので考えない様にしておく。何故かあの実況が面白かったとか声が挙がったらしいが、あれは交渉術SSの恩恵だ。実際碌なことを喋ってないからな。
「どうしたの? 難しい顔して」
「いや、今日の実況は酷かったなと……」
「あはは、アリアさんらしくて面白かったけどねー」
アヤには刺さったらしい。
「まあ面白いことは面白かったけどなあー。好き勝手やり過ぎだよ、あのバカ女神は。マリーさんは真面目に実況してたけど、ステファンにクラーチ王もやり過ぎだったし」
「神様ってもっとこう、静かなイメージだったんだけどねー。あの人は目立ちたがりだよねー」
「そうだよなー。よくあの性格で女神やってるよなあ。謎だ」
歩いている城下の街並みは、人が多過ぎて通りにくいとか閑散としているという訳でもなく、調度良い具合の賑やかさだ。今日は派手だったが、実際メインイベントは明日だしな。うーん、かき氷が食いたい。
「なんか喉乾いたから、かき氷買って来るよ。アヤは何味がいい?」
「うーん、じゃあ抹茶金時で」
「そんなのこの世界にあるんだ……。どうなってんだこの世界?」
「あはは、確かに記憶が戻ってからは変な世界だなあって思う様になったね。でもあの国の料理の酷さに比べたら快適だと思わない?」
「あ、あー……。それは間違いない……。じゃあちょっとそこの店に行ってくるよ」
「うん、ナンパされない様にねー」
笑いながらアヤが言う。でも俺にはちょっと恐怖だ。
「男に迫られたら拳が出そうだから、やめてくれよな」
そうなんだよ、今は女性体だからな。他人の(主に男性の)視線が色々なところに突き刺さるのがよくわかる。はぁ、女性は日々こういう視線に晒されているのか。この体質になって初めてわかったけど、正直キツイ。顔は勿論、胸や腰、お尻や足首までジロジロと見られるのは居心地が悪い。男性に戻ったらあんまりおっぱいを見るのは辞めよう。今迄の自分が如何に不躾だったのかよくわかる。失礼なことをしてごめんなさい、過去に目で追った女性達よ。
そんなことを考えている内に順番が回って来た。
「へい、らっしゃい! おおー、これまた別嬪さんだ! サービスしてやるよ、どれにするかい?」
うん、もうこれは慣れている。問題ない。
「えーと、抹茶金時と……、何かオススメってありますか?」
「そうだなあ、ウチの人気商品は『ストロベリーチョコバナナ練乳スペシャル』だよ」
すげえ名前、でも未知のものは試してみたくなるのだ。
「へえー、じゃあそれ下さい。おいくらですか?」
異次元倉庫からパンパンのNARUT〇財布を出す。
「お嬢ちゃん可愛いからサービスで500ギールのところを400でいいぜー」
「お、ありがとうございます」
うん、これも散々言われて慣れた。がま口を空けて調度の額の硬貨を渡す。受け取るときに手を軽く握られた。微妙にキモイが我慢しよう。まけてくれたんだし。魔道具の様な氷を削るアイテムでふわふわのかき氷が自動的に出来上がる。うーむ、やはり科学よりも魔法は凄いよな……。
「はいよ、また来てくれよな!」
「ありがとう」
デッカいかき氷だ、入れ物は紙コップでスプーンストローは木でできている。食べ終えたら店の横に回収する用の入れ物がセットしてある。エコだ…、地球のみなさん見習おうよ。
片手にそれぞれ商品を持って、アヤのとこへ向かう。が、何か様子が変だ。野郎二人から迫られている、ナンパか……? まあ一国の元姫様だ、モテるだろう。だが俺の目の前でとはやってくれる。
「ごめん、遅くなった。はいこれ抹茶金時。じゃあ行こうか?」
アヤに商品を渡して手を引き、立ち去ろうとするが、ナンパ野郎共は引き下がらない。
「ちょっと待ってよ、君達二人なのー? 俺達も調度二人だし一緒に回らないー?」
金髪のモブAがテンプレ的発言をした。『ボコって下さい』の合図だな。
「おおー君も可愛いじゃん。一緒に行こうぜー」
茶髪天パのモブBも食い下がってくる。あーもううぜえな……。
「俺達は用事があるから、さっさとどいてくんないかな?」
「いいじゃん、一緒に回ろうぜー」
モブAがアヤに手を伸ばしたのを咄嗟に掴んで後ろ手に捻って極める。
「痛てててっ!!! なんだ、…この腕力!?」
「ナンパは引き際を誤ると痛い目を見ることになるぜ。少しは学習したか?」
耳元で囁く。
「くそっ、わかったよ。おい、行こうぜ!」
モブAの拘束を解く。その瞬間振向いて腰からナイフを抜いてモブBと一緒に攻撃して来た。あーあ、死んでも知らんからな。
「リストリクション」
アヤが唱えた拘束魔法の光の輪が、幾重にもモブ共の体を二人纏めて一緒に縛り上げる。
「「痛てててっ!!」」
「何だこれっ!?」
芋虫の様になってのたうち回るナンパモブ達。じゃあついでにおまけだ。ナイフは没収。
「フリージングリング」
氷の輪がモブ二人に巻き付き、更に自由を奪う。
「何だ、今度は氷の結晶が……」
「動けねえ! しかも寒い!?」
「ナンパに失敗したからって刃物は良くないよなっ?」
サクッ!!!
モブ達の眼前の地面に取り上げたナイフが突き刺さる。
「次は当てようかな?」
異次元倉庫から、アストラリアソードの刀身を取り出す。
「「げえええっ!!?」」
「お前らのやったことはナンパの程度じゃない。断られたら刃物を抜いた。完全な恐喝行為に暴行未遂だよな? そういう訳でこちらは正当防衛として斬っても問題ないよな?」
「何も問題ないよ。無抵抗の女性に刃物を向ける下衆に生きる価値なんてない」
おっとこれはかなり怒ってますねー、アヤさん。ゴミクズを見る目をしていらっしゃる。
「ということで、判決。死刑」
ズヴァアアン!!!
片手で軽く目の前を素振りすると失禁して気を失った。雑魚過ぎ、そりゃナンパしてもうまくいかんだろ? じゃあ一生反省しとけ、即効性の毛根破壊を撃ち込む。アディオス・髪の毛。はらはらと散っていく若さの象徴。南無阿弥陀仏……。
「「「おおおおおお!!!」」」
周りで見ていた人達が声を上げた。いつの間にか人だかりができてたのか。
「嬢ちゃん達すげえな!」
「こいつらこの辺じゃあ悪さばっかりする連中でね」
「いやー、気分がええのう」
「憲兵に突き出そう」
「俺が行ってきますよ!」
うーん、これはこれで照れ臭い。それに折角のかき氷が解ける。さっさと逃げよう。
「アヤ、行こう!」
「うん!」
光歩でその場から消える様に脱出。お互いに認識疎外をかけ忘れていた。そりゃあ、あんなのの目に留まるよな。
「認識疎外は必須だな。ウチのメンバー目立つしさ」
「一番目立つ美人が何言ってるのさー」
意地悪なことを言う。でもアヤのたまに出る、この毒舌が面白いんだよな。
「俺は男……今は違うけど、だからその頭数に入れないでくれ」
「あはは、もう遅いと思うけどねー」
・
・
・
二人してすいすいと人込みを抜けて、神社の様な建物の階段の辺りに着いた。ここにも鳥居がある。ふざけた唯一神が一応いるのに、何を祀っているんだろうな? まあいい、漸く二人っきりだ。
「はあ、やっと二人きりになれたなー」
「そうだねー、かき氷大丈夫?」
「一応魔力で温度調節しておいたから、溶けてはないな。アヤもそうだろ?」
「うん、あんなのに絡まれてる間に溶けちゃったら勿体無いし。ていうかナギくんのそれ何?」
「店のおっちゃんがオススメしてくれた『ストロベリーチョコバナナ練乳スペシャル』ってやつ。確かによく見ると凄いな……」
氷にストロベリーとチョコのシロップ。容器の縁に凍った輪切りのバナナが刺してある。そしてトドメの練乳がこれでもかとかけてある。うーむ、メチャクチャ甘そうだ……。一口、口に運ぶ。
「お? 意外と美味い! まあ結構甘いけど。でも女性化状態だとなぜか甘いものが美味いんだよなー」
「へー、じゃあこっちのと一口交換しよ?」
アヤの抹茶金時と互いに『アーン』して食べる。こういう何気ないことがずっとできなかった。世界は波乱に満ちているけど、二人で一緒に過ごせることは何より嬉しい。今は完全に女性同士だから、性別的には妙な感覚だけど。うーん、これは百合なのか?
「こういう何てことないことを一緒にできることが幸せだよねー」
「…うん、本当にそう思うよ……」
同じことを考えていたのかって思うだけで嬉しくなる。こんな素敵な何気ない瞬間を過ごす為に、俺達は5000年もすれ違って来たんだよな。何度考えても不思議だ。
もう終わったことだが、ふと思い返すと、ただの凡百の一人の人間に過ぎなかった俺が、なぜこんなに手厚く神々に受け入れられているのか? それは今でもわからない。でもこの力で俺の大切な人や仲間達は必ず護る。左手で拳を作り、上に突き上げる。
「どうしたの? 急に」
「あ、いや、この何気ない幸せを護っていかないとなーって思ってさ」
「そうだね、私も一緒にね」
「あんまりアヤには前に出て欲しくはないんだけどな」
「今日ちゃんと闘えることを証明したでしょ? もう同じランクなんだよ」
「……そうだよな、うん、一緒に闘っていこう」
食べ終えたかき氷のごみを片付け、俺達は同性同士になっていることも忘れて長い口づけを交わした……。
・
・
・
そろそろみんなと合流する時間だ。俺とアヤは手を繋ぎ、合流地点へと急いだ。もうみんな着いている様だ。しかし、こうして見るとウチのメンバーは美男美女ばっかだな……。姿を変えて貰って、ある意味良かったのかも知れない……。
「おっそーい! どうせイチャついてたんでしょ?」
うるさいなあ、ユズリハは。イチャイチャするに決まってるだろ?
「ナンパが鬱陶しくて逃げ回ってたんだよ、そっちは、みんなはお祭りどうだった?」
「こっちは形的に、いかつい男が二人いるから平気だったわよ」
来ても燃やされるだろうしな。エリックとアジーンもいい様に使われてるなあ。二人共微妙に疲れた顔をしている。これは絶対ユズリハにパシらされたんだろうな。
「此方は全員女性でしたので、何人かはチャレンジャーがいましたよ」
ディードが淡々と答える。いたということはぶっ飛ばされたんだな。詳細は訊かないでおこう。
「あれ? ちびっこコンビは?」
「そう言えば見てないですね」
アガシャが答えてくれたが、うーん、嫌な予感がする。あの二人は俺以上に常識がないからな。取り敢えず念話を飛ばそう。
(おーい、イヴァ、ルティ、どこにいるんだ?)
みんなにも聞こえる様にスキルは展開してある。
(カーズ? 今は闘いの途中なのさ!)
(せや、絶対に負けられへん闘いがここにあるんや!)
なんか聞いたことある台詞だな……。バトルでもしてるのか? 他のみんなの顔に緊張感が現れる。
(んー、まだまだですねー二人共。この程度で私に挑むとは笑止千万!)
……今のはアリアだよな……? 何やってんだ……?
「何だかバトルでもしてる様な感じだったけど……。何なんだ一体?」
「アリアさんがあの感じでバトル……。食べ物一択な気がするんだけど」
「ああー、なるほど。確かにアヤの言う通りかも。取り敢えず行ってみるか。PTリンク・テレポート」
俺達が降り立った場所では大食い選手権が開催されていた。挑戦者達の席には巨大な皿に、山盛りの料理が乗っている。もう見てるだけで胸焼けしそうだ。そしてイヴァ、ルティ、アリアが左の実況席から並んで座り、残り二席の一つには、今日の対戦相手だったゴリさんが座っている。何やってんのこいつら?
イヴァとルティも結構皿を積み上げている、ゴリさんもだ。だが女神の皮を被った大食いモンスターの目の前に積み重ねられた皿は桁が違う。これが『絶対に負けられない闘い』かよ……。もう既に全く勝ち目がねーよ。
「さあ、そろそろ大詰めです! この大食い大会、圧倒的リードでアリアさんが無双するのか? それともイヴァリース、ルティ、ゴリー選手が巻き返せるのか!?」
「巻き返せる訳ねーだろ、あの暴飲暴食を司る女神に勝てるやついんのか?」
「いないな……」
「いたら人族じゃないっすね……」
「無理でしょ……」
「無理ですね……」
「はい、右に同じです……」
「さすがアリア様ですー」
エリック、アジーン、ユズリハ、ディードにアガシャが次々に口にする中、ピュティアだけはアリアシンパだけあって尊敬の眼差しで見ている。よくこんなの開催されるとか知ってたな。
そして俺が凄く気になっているのはテーブルの下、客席から見える位置にある宣伝の帯『提供・アリア商会』の文字だ。こいつ商売でもしてんのか? 胡散臭い……。絶対後から問い詰めよう。
「タイムアップ! そこまで! 『超特大オムライス揚げ物ガッツリ乗せディッシュ』の大食い選手権優勝者は、二位のゴリー選手に30皿の大差をつけたアリアさん、いいえこのアリア商会会長のアリア様に決定致しました! いやー、まさに圧倒的! では会長一言どうぞ!」
「えー? もう終わり? まだ食べたいんだけどー」
ゴオオーン!!! ガクッ!!
俺達の間を規格外の発言が通り過ぎて行った。もうなんなのこいつは? さっきまで城で食ってたんじゃねーの? イヴァとルティの二人はさすがにギブアップで、皿に顔を突っ込んだまま動かない。南無阿弥陀仏……。お前らは悪くない、よくやった。相手が悪過ぎただけだ。
自分の商会のイベントに会長が出て優勝するとか何? あいつには後で色々と訊かせて貰うとしよう。はあ、こういうオフでもまともに過ごせた試しがないよなあ……。まあ楽しいならいいけど。
俺達は激闘を繰り広げて、某走る娘の様にお腹がパンパンになったイヴァとルティを担ぎ、調子に乗っているアリア商会会長は放って、城へと帰ることにした。どうせ俺の部屋で飲み会になるんだろうけどさー。
あーあ、普通の日常ってどんなんだったっけ?
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