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第三章 大奥義書グラン・グリモワール

42  天界訪問、神々との邂逅

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 転移で到着したと同時に、恐る恐る目を開ける。

「ここが…、天界…?」

 一面の花畑、いや、美しい花々が咲き乱れる世界だ。そしてギリシャ神話に出てくるような建物、上がシンプルな柱はドーリア式、豪華な装飾が付いているのはコリント式、その中間くらいの装飾はイオニア式だったっけ? 実際に見て知ってるのはパルテノン神殿みたいな建築様式くらいだが、そんな豪華な装飾の建物が一つ一つは離れているがどこかしこに建てられている。どこからか琴の音も聞こえてくる。花々にはこれまた見たこともない綺麗な蝶や、羽の生えた小さな妖精達が戯れている。

「すごい、なんて美しい…」

 陳腐な台詞しか出て来ない。それ程目の前に広がる光景に圧倒された。

「ここが神々が済む至上の楽園エリシオン、ですが天上にあるわけではありません。あらゆる世界へと繋がる次元の中心に存在すると言った方がいいでしょうね。さて、物見遊山ではないので早く行きましょう、あそこへ」

 アリアが指差した方角の一際小高い丘の上に、一番大きく、豪華な神殿が見える。もう少しこの綺麗な景色を堪能していたいが、仕方ないか。花が咲き誇る中を駆け抜けて、丘の上へと続く階段を昇る。振り返って上から眺める景色もこれまた凄い。何処までも果てのない花の園。あの平原でずっとゴロゴロしていたいと思うという欲望に駆られてしまう。まあ、それはまた次に来れたらでいいか。転移で来れるのなら俺にも来れるかも知れないしな。そうこうしている内に丘の上に到着。

 そこには白髪のこれぞ神話の神様って感じのイメージの威厳溢れるムキムキのじいさん。古代の白いギリシャ装束に立派な髭を蓄えた人物が、俺達を待っていたかのように腕を組んで立っていた。見た目はじいさんだが、いかつい。そして全身の筋肉が凄い。ボディビルのポーズ取って欲しい。そしてその立派な髭をわしゃわしゃしたい。

「待っておったぞ、アストラリア。そしてお主がカーズじゃな。話はこやつから聞いておる。余は大神ゼニウス、全ての神の親にしてこの天界を治める者だ!」

 同時に彼の体から目を開けていられない程の眩しい光が放たれる。後光か? だが眩しすぎて何も見えねえよ。

「ゼニウス様、お言葉ですが…。その後光鬱陶しいのでやめてください」

 気のせいかな? アリアにツッコミ入れられてる?

「ハッハッハ! スマンスマン、久方振りの下界からの来客、張り切ってしまったわい」

 光が収まっていく。なんか変なオッサンだな…。

「今はそういうネタをかまさなくていいですから! それに誰に会うときにも最初にやってるじゃないですか、みんなうんざりしてるんですよ!」

 おいおい、この人本当に大神なのか? 不安になってきたぞ。手を差し出されたので恐る恐る握手をした。力が強い、てか握手するときの握力じゃねえ。

「はじめまして、もうご存じのようですがカーズです。まさかそんな方に会えるとは、もう頭がついていかないですけど。あと、手が痛いです…」

 パッと手を放してくれた。痛い、右手がヒリヒリする。

「ハッハッハ! スマンスマン、まあ気楽にせよ。お主には余達神々が神格を少しづつ分け与えているのだ。アストラリアにとっては弟の様なものでも、余にとっては我が子も同じ。気楽にパパと呼んでくれて構わんぞ。アリアはいつまで経っても反抗期なのでな」

「は、はあ…? そうなんですか?」

「余計なことは言わないでください」

 既視感があるなあ…。一人称が『余』のくせに気安いオッサンだ。ゼニウス…、ゼウスってことか? 地球での呼ばれ方と微妙に違うが、結構ニアミスだな。しかし大神であるこの人の神格までも俺の中にはあるのか? 俺もう絶対人間じゃねえな。

「俺が以前いた世界でのゼウスっていう神様に当たる人ってことなんですか?」

「うむ、まあそんな認識で構わんぞ。世界によって異なるものだ。それに呼び名などどうでもよいしな、ハッハッハ!」

 豪快なオッサンだなー。

「ゼニウス様、いい加減話を進めてもよろしいですかね?」

 アリアがピキピキとキレかけている…。不思議な光景だなあ。

「おお、スマンなアリアよ。もう準備は出来ておる。中へ入るがいい」

 後ろを向いて巨大な神殿の中へと歩き出すゼニウス。

「全く…、いつも無駄な前置きを挟むのをやめて下さい。こっちは一刻を争うというのに…」

 いつもこんなんなのか、この人…。天界の主がこれかあ、アリアがボケまくるのはツッコミの反動か?

「お主の短気は治らんのう。折角小粋なトークで和ませてやっておるというのに」

 あ、またアリアの額に青筋が…。

「アリア、そうですよ。気にしたら負けです」

「そうだぞ、残念だがあれが俺達の創造主で父なんだからな」

 なっ、隣を歩いていたアリアの両側にいつの間にか2人、別の神様か? 全く気配を感じなかった。

「サーシャにルクス!? あなた達も来ていたのですか?」

「ええ、今回は今までになかった事態だからね」

「そういうことだ、何が起こるかわからんからな」

 俺のことだな、そんなに異例の事態なのか。

「アリア、この2人は…?」

「はじめまして、カーズ。あなたのことはアリアからいつも聞いているわ。私は愛と戦いの女神アザナーシャ。サーシャって呼んでちょうだい」

 アメジストの様な紫色の長い髪をした美しい女性が、長いドレスのようなスカートの裾をつまんで名乗る。気圧される程優雅だ。

「俺は軍神マルクスリオ、ルクスでいいぜ。ほお、さすが俺の神格も受け継いでいるだけあって、いい目をしてるじゃねーか」

 近所の兄ちゃんのようなノリで話してくる、長目の金髪に金色の軽鎧の様なものを纏った切れ長の目をしたイケメン。神様ってのは美男美女ばっかかよ。2人に両手をそれぞれ握られて握手される。なんだろう、神様って結構気さくな人多いのな。

「ん? 愛と戦いの女神…、ということはアテナ!? 軍神ってことはマルス!?」

「あはは、そう呼ばれる世界もあるみたいね。関与はしていないんだけど…」

「まあ、そうだな。行ったこともない世界にどう伝わったのかはわからねえけどよ。だが、これが俺達の真名だぜ」

「うおおお…、マジか…、テンション上がる! そんな人に出会えるとは…」

 サブいぼ出るよ、これ。

「カーズー、私のときと反応が違い過ぎませんかー?」

「えー、だってアリアのことは全く知らんかったしなあー。いや、そんなことよりアザナーシャ様、いやサーシャには星座の戦士とかいるんですか!? 是非お聞きしたい、寧ろファンです、サイン下さい!」

「あー、あはは…、それは何かの作品かなー? ちょっとそういうのはないかなあ、ごめんね」

「そ、そんなこと…! ちょっとアリの巣でも探してきます…、らんらんるー…」

「おいアリア、大神殿の中にそんなんねーぞ。落ち着け」

 しまった、興奮してグイグイ行き過ぎた。まあそりゃそうだよね、フィクションだし。ちょっと残念だが、あとでサインは貰っておこう。そしてアリアがおかしくなってる。

「アリアごめんて。戻ってこい」

「はっ、巨大なケーキに追いかけられる悪夢を見ていました!」

 どんな夢だよ…。お前にとっては素敵な夢じゃねーか。

「で、ルクスは軍神ってことはメチャクチャ強いってこと?」

「おうよ、俺の神器は大剣だ。いつでも教えてやるぜ、カーズ」

 フン! と胸を張るルクス。細く見えるが筋肉が凄い。

「槍のイメージだったけど、やっぱ本物は人間の勝手な想像とは違うんだなあ。俺の仲間に大剣使いがいるから、そいつに稽古つけてやってくれよ。じゃあサーシャもやっぱり黄金のじょうと大盾とかじゃないのか、それも人間のイメージだしなあ」

 ちょっと残念。

「私の神器は槍に近いですね。盾はありますけど、アリアが創ってくれたバックラーを基に神器に作り変えましたね」

 あのえげつない性能のバックラーか…。あれが神器になったら無敵だろ。

「へえー、俺の仲間にも槍とバックラーの使い手いるんだよなあ。鍛えて欲しいなあ」

「カーズ、ミーハー心を出す前にまずはあなたの中のモノを何とかするんですよー。目的を忘れてませんかー?」

 わかり易くむくれてるなあ、アリア。

「ヤキモチか、姉さん? 俺の師匠はアリアだけだよ、そこはブレないから心配するなよ」

「フフーン! ならいいのです!」

 こいつはほんとにチョロいな。

「ですが他の神々に稽古をつけてもらうのも、自分の闘い方を見つめ直すにはいいことですよ。特にこの2人は天界でも指折りの実力者ですからね」

 ほほう、そいつは凄い。まあ鑑定しても全く情報が視えないしな。ていうかそんな化け物みたいなステータス見たくねえ。

「まあそういうことだ。俺らのこともアニキとかネーちゃんて呼んでくれてもいいんだぜ! 稽古くらいつけてやるしよ」

 ガシッと肩に腕を回して頭をぐしゃぐしゃとされる。さすが軍神、豪快だぜ。

「私の神格も勿論あなたの中にはあるわ。そういう意味では姉とも言えるけど。でもアリアの神格が一番大きくあなたの中にはあるのよ。呼び方は好きにして構わないけどね」

「うーん、そう考えると俺の中には神様みんなの神格が少しづつ含まれているということだし、どんだけ兄やら姉がいるんだろうか? 突然そんなに増えるとさすがに戸惑うなあ」

 とまあそんな風に談笑しながら歩くうちに、ゼニウスが目的の部屋に到着したようでこちらを振り向いた。まるで巨大なドームのような丸い天井の空間。どう見ても外から見た神殿よりデカい。いやいや、常識は通用しないってのが常識、気にしたら負けだ。その部屋の中心に人1人が横になれるような大きな一見石造りの、まあどうせとんでもないもので出来ているんだろうが、台座。寧ろそこに乗って休めるような物が置いてある。

「さて、カーズよ。これからお主の心に巣食った数千年の憎悪を体から分離させる。その台座に横になって楽にしてくれ」

 アレを取り出すのか。オペするみたいだな。でも従うしかないよな。それに神様が手術? してくれるなら大丈夫だろ。

「はい、わかりました。そこに上がればいいんですね。ちょっと怖いけど、神様がやってくれる処置なら安心でしょうし。じゃあアリア行ってくるよ」

 台座へと向かう。

「カーズ、もしかしたら危険なことが起こるかもしれません。サーシャやルクスが呼ばれているということはそういうことなのでしょう。心を強く、自我を強く保つのですよ」

 頷いてから台座へ上がり、仰向けになる。あんな風に言ったものの、正直不安だ。外科手術とは訳が違うんだし、寧ろ心の手術みたいなもんだしな。勿論そんなの受けたことない。
 ゼニウスにサーシャ、ルクスの3人が台座を囲むようにして立つ。アリアは離れたところから不安そうな顔をしているな。

「では先ずはお主の中にいる存在について説明しておくとしよう」

 ゼニウスが説明を始める。

「アポプトシスという言葉を知っておるか?」

「うーん、生物が成長するにつれて邪魔になった細胞を体から切り離す、細胞が死ぬような現象だったような…? 俺は理系じゃないので詳しくはわからないですが…」

「うむ、簡単に言えば生物が成長するにつれて、その個体がより良い状態に保たれるために起こる、不要になった細胞が自動的に死滅して取り除かれる。そういう生物の体を正常に保つ、成長のために不可欠なプログラムと言っていい」

「なるほど…、そういう意味が…。それが俺の中にいるアレと何の関係が?」

「死して輪廻転生をする際、魂にもある種のアポプトシスのような現象が起こるのです。その人生での記憶やあらゆる感情と言ったものは自動的にその輪をくぐるときに不要なものとされ、取り除かれるのです。新しく生を受けた赤子が何も知らないように。真っさらな状態へと浄化されるのですよ」

 サーシャが続いて語り掛けてくる。

「だが、お前は俺達の技量不足のせいで因果が酷く歪み、しかも異世界ということもあって魂のアポプトシスがうまく機能しなくなっちまったんだ。更に言わせてもらえば邪神、魔神に関わらず、神を屠ればそいつの神格を奪い、取り込むということになる。だがお前はパズズを屠っても奴の神格を奪っていなかった。あらゆる意味で想定外過ぎるんだ」

 ルクスも真面目な表情だ。神格を奪う? そんなの今知ったぞ。そして離れたところからアリアが話始める。

「ええ、私も不思議には思っていたのです。奴の神格を取り込んだはずなのに、カーズの神格は大きくならなかった。ではその神格はどこへ消えたのか…」

 なるほど、わかってきたぞ。アイツも神格を取り込んだとか言ってたしな。

「そうか、パズズの神格は本来なら輪廻の際に消えているはずの、俺の感情や記憶、因果の歪みでそのシステムが機能せずにずっと俺の心に巣食っていたアイツに取り込まれていた、アイツも取り込んだと言っていたしな。邪神になった奴の神格だ、本来の俺の魂よりも悪意の塊の様なアイツに強く作用し、取り込まれた。そのせいでアイツは自我を得たということになるのか…? 自分で言っておきながら支離滅裂だし滅茶苦茶な気がするけど、そう考えると納得できなくもない…」

「うむ、聡いな。概ねその通りと考えてよかろう。だが如何せん前例がないことなのだ、まさかこのようなことが起こるなど、余を含め誰一人として危惧していなかった。お主にこのような運命を背負わせてしまうとは、心から詫びよう」

 大神が頭を下げないでくれ。

「いや、それについてはアリアにも聞きましたし、寧ろ感謝していますから。それに元の世界に戻って来れて楽しいですし。あなた方が結果はどうあれ善意でやってくれたことです、寧ろこんな厄介なヤツを連れて来て申し訳ないくらいです。これが他の、アヤには起きてないのならそれで充分です」

 これは紛れもない本心だ。あのままあの世界にまだ存在してたらと思うとぞっとしない。

「それは大丈夫よ、安心して。そう言ってくれてありがとう。だから私達も全力を尽くすわ。さすが清らかな魂の持ち主ね」

「そうだな、普通の人間にはそんなこと言えねえ。ますます気に入ったぜ」

「うーん、ただの本心なんだけど。それに清らかじゃないって。それ恥ずかしいのでやめて欲しいんだけど。まあ理屈はわかったけど、俺の心の中にいるアイツをどうやって外に引きずり出すんだ?」

 ぶっちゃけ心を分離するってことだよな? 意味がわからないし、正直恐怖心がないわけじゃない。

「恐らく心にも精神にもある程度の、いやかなりの負担はかかる。だからお主にはこのエクストラスキルを授ける、受け取れ、この超精神耐性を!」

 ゼニウスの指先から輝く一滴の雫のようなものが俺の体に落ち、脳内に水面へその雫が波紋のように広がるイメージが浮かぶ。SSよりも更に強力なスキルとは…。

「ではゆくぞ! アストラリア、お主も協力せよ! 我が子達よ神気を高めるのだ!」

「「「ハハッ!!!!」」」

 ゼニウスが祝詞のりとを唱え始める。

「『歪んだ輪廻の輪より生み出された憎悪の塊よ! これ以上この神聖なる心に巣食うことは許さぬ! 今こそ、その醜い正体を現すがいい!』 神気を束ねよ、お前達!!」

「「「「リーインカーネーション!!!」」」」

 ドオーン!!!

「ぐっ!? う、ぐ、うあああああ!!!」

 神が4人がかりで発動させた極大魔法、いや儀式とでも言うべきものが俺の体の中に吸い込まれると同時に弾けるような音がした。心が引き裂かれる、そんな途轍もない衝撃が体内を駆け巡る!

「カーズよ! 神格を燃やせ!! それはお主の心そのもの! 燃焼し、悪を体内から追い出すのだ!!」

「う、うおおおおおおおお!!!!! そうだ! あんな奴に負けてたまるか!! 煌け俺の神格!! 爆発しろ!! 湧き上がれ神気よ!! そして憎悪よ、俺の体から出ていきやがれーーー!!!」

 あのときのような真紅に縁取られた銀色の神気が立ち昇る! それと同時に黒い悪霊のような巨大な塊が俺の体から飛び出した。だが俺の体からも急激に力が抜けていく。無理矢理あんなのを引き剥がした影響か? そして離れたところにそいつが降り立ち、人の形をして起き上がるのが見えた。

「うぅ…、あの姿…、前世の俺、か?」

 いや、闇の様な漆黒の髪に全身黒ずくめの輝く鎧。漆黒の瞳に黒いマント、顔は似てはいる、だが禍々しいオーラは外見が似ていてもまるで別人だ。全てを憎む氷のような視線。腰には同様に黒い不気味な装飾の剣が2本。左に装備されているということはこいつは右利きか? 背中からも大剣の柄が出ているのが見える。3本も持っているのか? いや、そんなことはどうでもいい。

「やっと出て来やがったな…。はあ、はあ、…似てはいるが…、どう見てもお前は俺じゃない、誰だ!」

 残った力で叫ぶ。

「な…、あれは、まさか…」

「おいおい、マジかよ…」

「まだその姿を保っているなんて…」

 アリア、サーシャにルクスも次々に驚きの声を上げる。おいおい、何だってんだよ? そして大神ゼニウスが言葉を発した。

「ナギストリア…」

いや、誰だよ…?


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