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前編【Bad】

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「ううう……!壇上に上がる姿も声も素敵すぎてやばかったよ、レイモンド先輩……っ!好き!大好き!」
「はいはい」
「そんな軽く流さないでよ!レイモンド先輩がどれだけ格好良くて見た目だけじゃなく性格も完璧で文武両道で才色兼備なのか……ああもう語彙が足りない!僕程度の奴じゃ先輩の麗しさを伝えきれない……!」
「……ほんっと、あの人のこと好きすぎるよな、ミルヴァは」
「それはもう!好きも好き、愛してるの域だよ!」
「……もうすぐ婚姻式が始まるし、もしかしたら伴侶に選ばれるかもしれないんだから、アピールしていけよ」
「は、はん……っ!?いや、それは……、ぼ、僕が選ばれるわけないじゃん!!」

 ──王立アンダンテ学園。ここは、幼稚舎から大学舎まで一貫している超巨大校だ。

 この春18歳になった僕は、高等部の頃から、2つ年上のレイモンド先輩のことが大好きだ。

 友人であるドドと一緒に居た時、馴れ馴れしく絡んできた人から助けてくれたのが、当時生徒会長だったレイモンド先輩だ。その時は格好良い先輩だなという憧れだったけど……、憧れが好意に変わるのはあっという間だった。
 一人だと不安だからドドを巻き込んで、生徒会の雑用をしながら先輩との距離を縮めていった。とは言っても、プライベートな会話はからっきしで、内容は無難なものばかり。それでも、僕みたいな底辺に対して優しく接してくれる先輩は本当に神様のようだった。

 今日の入学式兼始業式でも、祝辞を述べる先輩は最高にキラキラで格好良かったなぁ……。
 婚姻式で伴侶に選ばれることはないだろうから、あの姿を見るこたが出来ただけでも僕は満足だ。

 ドドと一緒に大広間に向かうと、そこでは既に婚姻式の準備が始まっていた。横に広く長いベッドの上に、下半身裸の同級生が、皆思い思いの体勢で寝転がっている。僕達も下を脱ぐと、名前プレートがついている所に横になった。隣同士で嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。初めての体験だからドキドキしちゃうな。

「あれ、ミルヴァ?君も参加するんだ」

 逆隣から声をかけられて、むっとしながら視線を向ける。小馬鹿にしたようににやにやしているのは、同じクラスのソルートだ。僕と違って優等生で顔もすごく愛らしいけど、性格は全く可愛くない。

「何?僕が参加しちゃ悪い?」
「別にぃ?ただ、選ばれないのが分かって参加するの、辛くないかな~って」
「うるさいなぁ!僕の祝福がゼロに近いからって馬鹿にして!」
「ゼロに近い、じゃなくてゼロでしょゼロ。オレだったらそんな伴侶選ばないもん」
「僕だってお前には選んでほしくない!大好きなレイモンド先輩なら喜んで身を捧げるけどっ」
「うわー……、まーた実らない話してるし」
「それはソルートが決めることじゃないじゃん!えぇと、東の言葉で、人の恋路を邪魔する奴は……何だっけ、……っと、とにかく茶々入れないでよね!」
「ミルヴァ、落ち着けって。ソルートも意地悪なこと言うなよ」
「意地悪ぅ?はっ、君の方がよっぽどだと思うけどね、ドド」
「……」
「ドドのどこが意地悪なんだよ!ああもう、ソルートの隣とか最悪!」

 これから始まる婚姻式は、本当に婚姻するわけじゃないけど、僕達……、僕のようなナットにとって大切なものだ。

 ──この世界には、男女の性別の他に、一定数の男にしか現れない『ボルト』と『ナット』という性質がある。

 ナットは、18歳になる春から1年間、精液を中出ししてもらわないといけない。タイミングはバラバラだけど、ナットの証である項の痣が光ったら、もれなく中出しが必要という合図だ。アナルからは、オイルと呼ばれる愛液が分泌されるらしい。
 もし精を取り込まないと、酷い発情と飢餓感に襲われて最悪の場合死ぬことも有り得るそうだ。誰の精液でもいいわけじゃなくて、ボルトの精液じゃないとその発作は収まらない。ちなみに、ボルトは背中に六角形の痣があって、それで見分けることが可能だ。

 そんなボルトへの御礼として、ナットからは祝福が与えられる。小さな怪我が治ったり、くじ引きが当たったりといった些細なものから、ヤマが大当たりして試験で1位を取ったり、新しい魔法の原理のきっかけを得たりといった凄いものまで。ナットは無条件で男を好きになるけど、ボルトは男同士での営みが好きな人ばかりじゃないから、ハンデみたいなものだと思う。

 だけど僕は、肝心の祝福の力をほぼ持っていない。ナットの痣は花の形をしていて、花弁が多い程その力が強いんだけど、僕の痣はただの丸だ。花弁一つすらない、黒子のような赤い痣。だから、祝福目当てで僕に中出ししてくれる人は……正直いないだろう。
 だけど、もしかしたら、優しいボルトが可哀想に思って挿入してくれるかもしれない。それこそレイモンド先輩のような……、って、ううん、悲しい期待はやめておこう。

 この学園で行われる婚姻式は、そんなナットへの救済措置だ。魔法で下半身だけが向こうに見える状態……俗に言う壁尻にされて、ボルトからの種付けを待つ。選ばれたら、その相手が1年限りの伴侶だ。伴侶になると、ナットはそのボルトの精液でしか発作を止められなくなるそうだ。手続きは必要だけど、やむを得ない事情があれば、途中で変更することも可能だったりする。
 あと、1年が過ぎてもそのまま本当の伴侶になることもあるらしい。祝福なんて関係なく愛されるの、羨ましいな。

 ナットよりボルトの比率が多いから、一人で複数のナットに種付けする場合もあるそうだ。……僕は、そういう相手は独り占めしたい方だけど。

「──よし、全員揃ったな。今から壁を精製して、尻に洗浄魔法をかける。足も固定するから、今の内に好きな体勢を取っておけ」

 先生の声が聞こえて、僕はドキドキしながら足を開く。後ろからの方が楽って聞いたけど、出来るだけ誘えるように仰向けになってM字に開いてみた。ドドは四つん這い、ソルートはうつ伏せだ。

「壁の向こう側は個別の防音ブースになる。……が、相手の声が聞きたい場合は枕元に置いてあるイヤホンをつけろ。オススメはしないがな。……じゃあ、準備はいいな。婚姻式を始める」

 何もなかった空間に、シュワァッと白い壁が現れて、下半身が壁の向こうに消えていった。痛くはないけど、不思議な感じだ。

「はあぁ……、緊張する……。この日のために後ろは慣らしてきたけど、痛くないといいなぁ。というか、イヤホンとか付けても意味なくない?こっちの声が届くわけでもないしさぁ」
「……そうだな」
「……ドド?なんか暗い?緊張してる?」
「いや……、うん、確かに緊張してるかも」
「ドドなら大丈夫だって!祝福の力も強いし、ドド自身もかっこよくて優しいし!」
「ちょっと、うるさい。少しは静かに出来ないわけ?」
「別にいいじゃん。始まったばっかなんだし、早々伴侶が決まるはずが……」
「ひぐっ♡♡」
「……ドド?」

 今まで聞いたことがない声に驚くと、手で口を押さえたドドの身体が小刻みに揺れ始めていた。え、嘘、まさかもう……!?

「あ゛、うぁ、ふか、い……っ♡おぐっ、はいっ、~~ッッ♡♡ミ、ミルヴァ、こっち、見んな、……っあ゛あ♡♡♡」

 上半身を支えきれずに伏せてしまうドド。音は全く聞こえないけど、壁の向こうで激しい抽挿が行われてるのはすぐに分かった。
 凄い。いつもクールなドドが、こんなに喘ぐなんて。

「うわー……、すっごいがっつかれてるじゃん。最初っからドド狙いだったんだろうね」

 そんなソルートの言葉にも、素直に頷いてしまう。壁尻になっているとはいえ、ブースごとに名前と顔写真が貼られているから、目当てのナットを狙おうと思えば狙える。確か、複数人のボルトから選ばれた場合は、成績上位者が中出し出来るんだったっけ。

 そんなことを思っている内に、あちこちから嬌声が聞こえ始めた。余裕そうだったソルートも、声を押し殺しながら感じ入っている。
 僕はといえば、誰かがブースに入ってくる気配すら感じ取れなかった。誘うようにお尻を振ったところで、誰もいないなら意味がない。

「お゛おぉ……ッッ♡♡♡イ、っでる……、なか、あつ、い゛……っ♡♡ほぉ……♡♡♡」

 ビクビクッと身体を震わせたドドが、感極まったかのようにぐったりと力をなくした。項の痣が、赤からピンクに変わっていく。初めての中出しで、伴侶が出来た証拠だ。

 ずるりと壁の方に引きずられたドドは、そのままするりと消えてしまった。別に穴は空いていない。伴侶が決まったら顔合わせをする仕組みだからだ。そのまま2回戦に及ぶ人達もいるらしい。

「(……でも、いくらナットの立場が弱いとはいえ、ボルトの方は相手を選べていいなぁ)」

 考えたところで、どうしようもないことだけど。

 ドドだけじゃなくて、ソルートも、他の同級生もどんどん姿を消していく。やばい。このままだと本当に誰にも選ばれないまま終わってしまう。
 ……そうだ、イヤホンを付けてみよう。前言撤回だ。向こうの音を聞くことしか出来ないけど、もし誰か来てくれたらアピールくらいは出来るはず。

 片耳タイプのそれを耳につけると、無音が広がっていた。まあ、うん、誰もいるわけないか。

 そう思った、矢先。

 ガチャリと扉が開く音がした。

「……!!き、来た……っ!?え、僕に!?」

 いや、落ち着け僕。ただの冷やかしかもしれない。ドアを開けて閉めてそれでおしまい。変な期待はするな。冷静に、深呼吸して……。

『ミルヴァくん』

「ほあああぁぁっっ!?レっ、レレレレイモンドせんぱい……っっ!!!??」

 うそ。いや、嘘なわけない。僕が先輩の声を聞き間違えるはずがない。耳に心地よく響く、テノールボイス。ああ、嬉しすぎて身体が固まっちゃう。アピールなんて出来っこない。嬉しい、先輩、大好き、優しい先輩が、僕の伴侶に──。

『……も、伴侶にしていいのかい?私は、君が嫌なことはしたくない』

 ん……?先輩……?…………誰かと、話して……?

『嫌じゃない。ミルヴァは友達で……、レイのことが本当に好きなんだ。だから……』
『ふふ。君だって、私のことが好きなくせに。昔から素直じゃないよね』
『な……っ!……確かに、好き……だけど、ミルヴァのことも好きなんだよ』
『うーん……、少し妬けてしまうよ、ドド。私は君しか正式な伴侶にする気がない、ってことはきちんと覚えておいてほしいな』

 大好きな先輩の声と、大切な友人の声が聞こえてくる。

 その会話はあまりにも穏やかで、甘やかで、誰かが割って入っていいものじゃなかった。少しの時間で育んだものじゃない、慣れ親しんだ空気がそこにあった。

 高揚していた心臓が、急速に冷えていく。

 レイモンド先輩と、ドドが、好き合っていた?じゃあ、僕は?実らない恋の話をずっとドドにしていた、僕は?お情けで、先輩から伴侶の一人にされようとしている、僕は…………?

「…………『ラスト』っっ!!!」

 引きちぎるようにイヤホンを外した僕は、咄嗟にそう叫んでいた。
 壁の向こうにあった身体が戻ってくる。慣らすだけ慣らして、誰にも触られることがなかった身体。でも、あんな話を聞いて先輩の伴侶になれる程、僕は図太くないんだ。

 残っていた数人の同級生が、驚いたように僕を見ていた。
 ラストという言葉は、無理矢理襲われそうになった時に、ボルトの動きを一時的に止めて危機回避するためのものだ。だけど、この学園でそういった行為をする人なんて見たことがない。
 だから、これを使うこと自体が珍しいんだろう。先生だってちょっと驚いてるし。

「……どうした、ミルヴァ。何かあったか」

 何も。
 何もなかったんです、先生。

 寧ろ僕は邪魔者だったんです。先輩のことが好きなドドの前で、馬鹿みたいに好きだなんて連呼していたんです。レイ、って呼ぶ程仲が良くて、昔から好き合っていたみたいなんです。それなのに、僕のことを応援していたんです。馬鹿にするためじゃなくて、きっと本気で応援してくれてたんです。決して、僕を惨めな思いにさせたいわけじゃ、ないはずなんです──。

 言葉にならない声がはくはくと空気に漏れる。何だろう、項が焼けるように熱くなってきた。目の前が霞んで、身体が震える。もう、この場に居ることが出来ない。

 そうして僕は、下半身が裸なままなのも忘れて、逃げるようにベッドを飛び出した。

 ──ああ。
 今になって思い出してしまった。

 人の恋路を邪魔する奴は、


【馬に蹴られて死んじまえ】


(なんだ、僕のことじゃん)
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