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第四章 これからも世紀末覇者で心乙女な君と一緒に!

第65話 ジャックと、その婚約者の行方(下)

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 ――ジャックside――


「ふふふ……マギラーニ宰相から何を言われたのか教えてくださる?」
「恥ずかしいが、君の我儘をきけない俺じゃないよ」
「ええ、解かってますわ」


 こうして、俺はマギラーニに何を言われたのか語り始めるのだった。
 それは昨日の夜の事――。


 ◆◆◆


「ジャックに大事な話がある」
「何です唐突に」


 とても大切で重大な報告があるとギルドにやってきた父、マギラーニは、鬼気迫る想いのまま応接室の椅子に腰かけた。
 紅茶を出して自分も椅子に座ると、暫く沈黙していた父が口を開く。


「お前の婚約者を覚えているか?」
「ええ、忘れる筈がありませんから」


 シャナリア・エスターク。
 俺の人生で最も美しく、尊い、大事な女性だった。
 妹のマリリンを父が追い出した事を切っ掛けに、そして、彼女からの後押しを切っ掛けに、婚約解消した……今も愛しい女性。
 彼女の事を忘れるわけがない。
 忘れることが出来なくて彼女も作ることも出来ず、俺は花街にも行くことは無かった。


「それで、大事な話とは?」
「お前とシャナリアはまだ婚約解消をしていない」
「……は?」


 ――この阿呆な父は何を言っているんだ?
 既に平民に落とされた俺と、伯爵令嬢が未だに婚約しているなど、あり得る筈がない。
 そう思い怪訝な表情で父を見るジャックに、深い溜息を吐いてから口を開いた。


「我が家もエスターク家も、シャナリアに婚約破棄をするように説得した。神殿にも連れて行った。お互いの署名と血が無ければ、婚約解消が出来ない様にしていたのが不味かった。だがシャナリアは教会でも『絶対に婚約解消はしない』と言い張って、教会がシャナリアに折れた。だからまだシャナリアはお前の婚約者であり……独身を貫いている」


 思わぬ言葉に、俺は持っていたカップを落として割った。
 愛用のコップが割れても微動だにせず、ただ脳内で何度も再生される言葉に狼狽えた。

(シャナリアがまだ俺と婚約破棄をしていなかった……? だってあの時確かにシャナリアは俺と婚約破棄すると……一体何故!)

 貴族令嬢の結婚は早い。
 マリリンとほぼ同じ年のシャナリアは既に21歳だ。
 そうばれば行き遅れと周りに揶揄され、日陰の存在となっていても可笑しくは無かった。
 あの聡明で美しいシャナリアが、何故そんな目にあってまでジャックと婚約解消をしないのか不思議でならなかったが、父は俺を厳しい目で見つめて一枚の書類を取り出した。


「アスランは修道院に送った。そして我が家には跡継ぎが居ない事で分家がうるさくやってくるだろう。よって、お前を貴族席に戻す」
「何を言っているんだ! 俺は冒険者だぞ!」
「冒険者は何時引退するかわからぬ職業だろう。今のまま冒険者を続けても構わん。だがお前には貴族席に、我が家に戻ってきてもらう」
「何を勝手な事を!!」
「シャナリアの為だ」
「――っ」
「シャナリアは……お前以外の男性と結婚する気はないと、今まで全ての見合いを突っぱねてきた。このままではシャナリアは貴族の世界で笑いもののまま死ぬことになるだろう」
「それは」


 貴族の世界は厳しい。
 一途に誰かを想い続けて結婚しない場合、頭の悪い哀れな女と言われるのが分かっているのに……シャナリアは俺の為に甘んじてその言葉を受けていたのだ。
 それが貴族女性にとって、どれだけ辛いものなのか……辛い思いをしてまで……俺を慕い続けてくれていたのかと拳を握りしめた。


「お前が貴族に戻り、シャナリアを妻に向かえれば、やっとシャナリアも辛い周囲からの好奇の目と言葉から解放される。シャナリアを守れるのはジャック、お前だけだ」


 父の言葉に俺は目の前に渡された書類をじっと見つめた。
 こんな大事な事を、マリリンなしに決めていい事ではなかった。
 けれど……シャナリアを苦しめ続ける事だって出来ない。
 ペンを持つ手が震え、書こうとしてもマリリンを裏切るようで書くことが出来なかった。


「ジャック」
「………」


 マリリンは許してくれるだろうか。
 俺が貴族に戻り、シャナリアを妻にしてマリリンは許してくれるだろうか。
 そればかりがジャックの頭の中で渦巻いていたその時だった。


「ジャック、お前もいい年だろう? マリリンも許すんじゃないのか?」
「!」


 ドアから聞こえてきた声に顔を上げると、ドアは開くことは無かったが、マイケルが俺に話しかけてきた。


「マリリンはカズマ様を得て幸せになった。お前も幸せになる義務があると思うが?」
「マイケル!」
「貴族に戻っても、お前が変わる事なんて無いだろう? だったら婚約者を迎えに行け。大体何時も寝言で『シャナリア~』って言われると俺も気が滅入る」
「マイケルそれは」
「言い訳してる間も、そのシャナリア嬢は貴族の格好の餌食だぞ。本当に助けに行かなくていいのか?」
「――っ」
「もし仮にマリリンが同じ状況ならば、カズマ様なら迷うことなく助けに行くだろうな」
「……それは違いないな」


 マリリンもカズマも相思相愛である。
 マギラーニに歪められてしまった、自分たちの相思相愛を元に戻して何が悪い。
 マリリンもカズマも許してくれると理解出来た俺は、種類に名前を書いて血判を押し、即座にシャナリアの許へと向かったのだった。


 ◆◆◆◆


「――と言うお話だったんだけど、お気に召したかな?」
「まぁ、貴方がわたくしと相思相愛だったと理解してくださっているのなら許しますわ。でも、もう二度と離さないで。冒険に出かける時は許しますけれどね」
「それは助かる。それにもう二度と離さないよ」


 俺とシャナリアはお互いに抱きしめ合いながらこれからの話をし始めた。
 貴族席に戻ったのなら、やる事も多いだろうし、俺もまたレディー・マッスルに所属する冒険者の一人でもあるが故に、好奇の目、そして繋がりを持とうとする貴族は一気に増えるだろう。
 そうなると、誰が敵で誰が味方なのか、貴族の事は解らない。
 しかし――。


「貴族の事はわたくしにお任せになって。誰が敵で誰が味方であるのかは既に調べがついてますもの」
「流石手際がいいなシャナリア!」
「婚約初期に決めましたでしょう? 向き不向きがあるのでしたらわたくしが夫を支えるのが当たり前の事。惚れ直しまして?」
「ああ、惚れ直したよ」


 こうして、マリリンが出産だなんだと忙しい間に、俺は貴族に戻りシャナリアとの婚約は堂々と言えるようになり、マリリンが結婚してから暫くして、自分たちも結婚式を挙げることが決まった。
 マリリン達と同じ式場を取る事と、シャナリアのウエディングドレスを作ることが決まり忙しい日々を送る事になるのだが、それはとても幸せな事であった。


 一方、残されたマイケルはと言うと――。
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