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250 狂い始める歯車②

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――クウカside――


マリシアの姉、メリンダから手紙が来たのは初めてだった。
あのマリシアすら俺に手紙一つ寄こさないのに、メリンダからの手紙には、一度お屋敷に遊びに来て欲しいと言うお誘いだった。
ずっと家に引き籠っていたら嫌になる。
王都では今色々と物騒な事が起きて騒いでいるし、うちの商会はちょっとやそっとの事では何ともないが、俺の気がこれ以上参ってしまったら温泉も出なくなってしまうかもしれない。

それに、マリシアの姉ならきっと美しいだろう。
目の保養に行っても問題は無いかも知れない。
幸い両親と兄は一カ月の外出で帰っては来ない。
俺は迎えの馬車に乗り込んでメリンダの待つモランダルジュ伯爵家へと向かった。

王都は相変わらず荒れていた。
号外も沢山出ているし、読んでいても貴族の不祥事ばかりで良い気はしないし興味もない。
それよりも、今はメリンダがどれ程自分の好みに合う女性なのかの方が大事だった。
マリシアくらいの美人で、俺に気があれば、俺は次男だし婿養子にいけるかもしれない。
恋愛結婚の場合、相手の家が大商家ならば婿に行っても問題が無いのだ。
そしたら俺は伯爵だな。
兄よりも優れ、弟よりも優れた地位に立つことが出来る。
そう思うと気分も良かった。
そんな気分に浸っていると、沢山の警備が敷かれた屋敷に到着し、俺は「今は貴族の事で物騒だから護衛を雇っているのか」と思い屋敷に入っていった。



「いらっしゃいませクウカ様!」
「初めましてメリンダ様」
「堅苦しい挨拶は抜きにして、わたくしとお喋りをしましょう? 少ないですけれど美味しクッキーと紅茶をご用意してますわ」
「有難うございます」


到着した俺を見るや否や駆け足でやってきたメリンダは美しかった。
マリシアよりも美人かもしれない。
これは良い拾い物が出来たと俺は心で笑ってしまったが、目の前の美しいメリンダは、部屋に案内すると目を輝かせて話をしだした。
主にマリシアの話だったが、マリシアはまだ箱庭を開けたと言う話を聞いていない為、「彼女はまだ箱庭を開けることも出来ていない出来損ないでは?」と言う話題になった。


「まぁまぁまぁ! マリシアは未だに箱庭を開けることができませんの? 愚かな子、愚かな子!」
「俺ですら開けるのに苦労しなかったと言うのに、マリシアは要領の悪い奴ですね」
「本当ね、本当にそうね!」
「メリンダ様のスキルは確か、製薬師でしたか? とっても素晴らしいスキルをお持ちなのですね」
「嬉しいわ、嬉しいわ! でも今は薬草を買うことも出来なくて困っているの。お父様も買ってくれないしこれでは人々の為に成る薬も作れないわ」
「人々の為になる薬を作っているのに薬草を買うことも出来ないなんて。一体どうして」
「王家の人たちがダメって言うんですって」
「王家が? 酷い話ですね」
「そうよね、そうよね? 私は何も悪い事をしていないのに。酷いわ、とても酷いわ」
「人の為に成る薬を作っているのに駄目だと言うのは許せない事ですね」


悲しむ彼女を抱き寄せると、少し驚いた様子だったけれど俺の肩に頭をそっと乗せてきた。
これは脈ありなんじゃないか?


「薬草さえあれば苦しむ人たちを助けることが出来るのに……悲しいわ、悲しいわ」
「メリンダはとても心が優しい女性なんだね。マリシアとは大違いだ」
「当たり前だわ。マリシアは愚図で何をやってもダメな子だもの」
「まるで俺の弟のようですね」
「まぁまぁまぁ、お互い下の者には苦労しているのね」


メリンダとの会話はその後も弾んだ。
お互いに下の者が愚かだと、どうしても苦労が絶えないと言う話でも盛り上がった。
ナウカは悪い奴ではない。
だが商売には向かない奴だったからだ。
商売人の息子として生まれたのに、その為の箱庭師だと言うのに、商売に向かない箱庭を作ってしまった愚かで馬鹿な弟だ。
俺とは真逆と言っていい程ちがう。
俺は城にリースではあるが温泉を貸している。
それだけでも弟よりは価値があるのだ。


「まぁまぁ! クウカは城との繋がりもあるのね。素晴らしいわ、素晴らしいわ! では私もクウカの箱庭に入れたら、お城に行けるのかしら?」
「行けると思いますよ。何でしたらこの屋敷にも俺の箱庭の扉を作りましょうか?」
「嬉しいわ! とっても嬉しいわ!」


そう言われると気分が良い。
俺に素晴らしい価値があるような気分にさえなる。
無論素晴らしい価値があるのは間違いない事だが。


「でも秘密の場所に作って欲しいの。お屋敷では人の目があるから困るわ、困るわ」
「確かに屋敷の人の目があれば、中々来にくいですよね」
「そうなのよ、そうなのよ。まるで私を監視しているみたいで嫌なのよ。それにこれからもクウカに会うためにも、入り口は欲しいわ。いつでも会いたいわ」
「ふふふ、甘え上手な方だ」
「そうかしら? そうかしら?」


俺の箱庭は現在、アカサギ商店の本店と幾つかの倉庫と繋がっている。
全く色気のない通路ばかりで嫌気が指していた所だった。
そこに美しく心優しいメリンダの部屋が繋がれば、大人の階段を登れるのも早いかもしれない。

メリンダに案内されるように向かった先は、彼女の部屋だった。
メイドが一人ついて来ようとしたがメリンダが激しく嫌がった為、メイドは入ってくることは無かったが、彼女はクローゼットを開けるとその奥に扉を作って欲しいと頼んできた。
確かに人目を気にして入れないのは困るだろうと思い、扉を繋げると、更におねだりが飛んできた。


「そう言えば、箱庭師は空間を作ることが出来ると聞いたことがあるわ。私の為だけの部屋を作れないかしら?」
「二人で過ごす用かい?」
「そうね、そうね、そんな所ね」
「だったら広々とした部屋が必要だね」
「ええ、暫く住めるくらいの広さが良いわ。ありがたいわ」
「それなら直ぐに作れるよ」


そう言うと箱庭の空間を弄り、入って直ぐの温泉ではなく、入れば直ぐに個室になっている場所を作るとメリンダは喜んで箱庭に入り、中の様子を見て更に喜んだ。


「素晴らしいわ! 素晴らしいわ! 家にいる間はとっても苦痛だったけれど、此処なら気持ちも楽になるわ!」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「そうだわ、そうだわ。この事は二人だけの秘密にしましょう? 誰にも言ってはダメな秘密にしましょう?」
「メリンダが望むならそうしよう」
「ありがとうクウカ! そうだわ、そうだわ! 此処でなら薬も作ることが可能になるわ!」
「そうだね、必要な薬草を教えてくれれば持ってくるよ」
「嬉しいわ、嬉しいわ! これでまた沢山の人たちを救う事が出来るわ!」


まるで天使のように喜ぶメリンダに、俺は満たされる気持ちになった。
そうだとも、必要とされるのは素晴らしい事だ。
父も兄も俺の事を見下して、何かあれば廃嫡だと騒いで煩いったらない。
だがメリンダはそんな荒んだ俺の心を簡単に埋めてしまった。
やはり彼女と俺は出会うべくして出会ったのだ。
メリンダから必要な薬草が書かれた紙を貰うと、俺は胸ポケットに仕舞い互いに向き合った。


「私とクウカの秘密の場所は、誰にも話してはダメなのよ?」
「そうだね、二人きりの部屋だ。秘密の場所は誰にも言わないよ」
「でもそろそろ外に出ないと怪しまれるわ、怪しまれるわ」
「じゃあ急いで外に出て、後は何か買った振りをしてさっきの部屋に戻ろう」
「そうね、そうね!」


こうしてメリンダの部屋から出て扉を分かりにくくしてからクローゼットを閉じ、俺とメリンダは最初に会話を楽しんでいた部屋へと戻った。
すると――。


「お嬢様、そちらの男性は何方です?」


と、年配の厳しそうなメイドが立っており、メリンダは小さな声で「最近入ったメイド長なの」と教えてくれた。


「此方の方はクウカ様よ。お話し相手になって貰っていたの」
「初めまして」
「……お嬢様への面会の許可は陛下から出てはおりません」
「でも、お友達と話すのも大事だわ、大事だわ」
「いいえ、いけません」
「何でそんな意地悪を言うの?」
「クウカ様、貴方も王都で起きている事件をご存じでしょう」
「え? ああ、まぁ」
「でしたら何故……」
「煩いわ、とても煩いわ。私だって同じ年代の方とお話しないとストレスが溜まってしまうわ」
「……」
「でも、そろそろお暇しようとはしていたんです。メリンダ、また呼んでくれ」
「クウカ様……」


そう言うとこれ以上煩い婆の声も聴きたくなかったし、名残惜しかったけれど家路へと着くことにした。
両親と兄は、一カ月は帰ってこないと聞いていたので、その間はメリンダと二人でタップリと過ごせるだろう。
これで俺も貴族の仲間入りを果たせる。
貴族女性というのは処女であることが大事だと言うが、俺が貰ってしまえば既成事実も作れて一石二鳥だ。

その前に、メリンダが欲しがっていた薬草類を纏めて箱庭に持っていかないとな。
メリンダと俺だけの秘密の場所。
そこで人の為になる薬を作りたいと言っていたし、それが望みだと言うのなら持って行ってやろう。
ついでにメリンダも美味しく頂ければそれでいい。

逸る気持ちを抑え、倉庫をあちらこちらと走り回りながら必要な薬草と材料を集めると、俺は箱庭に入りメリンダとの部屋に置いていった。

だがそれが、破滅への道に繋がっているなど――この時は思いもしなかったが……。
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