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242 美への執念と、頭皮への執念。

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アラーシュ様からの呼び出しがあったその日、私とカイルはダンノージュ侯爵家に来ていた。
案内された応接室に入ると、アラーシュ様は嬉しそうな顔をしながら椅子に座る様指示を出し、わたくし達は椅子に座ると、アラーシュ様も椅子に座った。


「お前たちの王都での商売は毎日貴族連中から聞いている。実に成功しているようだな」
「有難い事ですわ」
「体験型商売と聞いた時は、一体どんなものかと思ったが……女性を手玉に取るとは、流石リディアだな」
「世界の半分は女性ですわ。その半分をお借りしているだけですもの」
「だが、家を取り仕切るのは女性の仕事だ。実に良い所に目を付けた。それに、今では日の曜日も貴族にファビーの温泉とマリシアの温泉をオープンしていると聞いている。そちらも大盛況のようだな」
「ええ、化粧が剥がれ落ちても構わない方はどうぞ。と言う感じですが、今のところ問題となってはおりませんわ。色々案を練ったのか、化粧が落ちても顔が分からない様にレースのついた頭専用のアクセサリーを付けて温泉に入って入る貴族女性が多いのだそうですわ」
「ははははは! それはいい。それで無駄な争いが起きないのであればそうするべきだろう」
「後は、温泉は無いですが『ダイエット・サルビア』を真似ようとする貴族も多くいますが、どれも失敗に終わっているようですね。長く続いていると言う場所を俺は聞いたことが無い」


そうカイルが口にすると、アラーシュ様は強く頷かれましたわ。


「ワシに内容を聞きに来る貴族も多いが、ワシは見たことが無いからな。商売をしているのはお前たち二人であると伝えてある。二人は忙しく飛び回っている為、会う事も時間を作る事も難しいとは伝えてあるぞ」
「それは助かります」
「だが、この嘆願書が届いていてな」


そう言ってドン!と置かれた分厚い嘆願書を見せて貰うと――『せめて温泉がなくともダイエットをしたい』と言う旨が書かれた嘆願書で、わたくしとカイルは少し考えましたわ。


「温泉が無くても良いから運動がしたい……ですか」
「ああ、そう言う女性が兎に角多いらしい。こちらは願いを叶えても良いのではいかとは思っている」
「でしたら、元女騎士を更に8人程増やしましょうか」
「そうだな、今居る場所で研修もして貰いつつ、合格ラインに達したら起用すればいい」
「そちらの場合は、『ダイエット・サルビア二号店』となりますけれど」
「良いんじゃないか? 一号店は特別と言うことで」
「まぁ、そうですわね。では早々に元女騎士を8名、カイルは見つけて来て下さいませ」
「分かった」
「アラーシュ様、場所はどうしましょうか」
「また屋敷を買えば良いだろう。広いダンスホールが二つある場所を探しておいてやろう。それに屋敷代の半分は出してやろう」
「有難うございますわ。出来れば今ある場所と近いと助かりますけれど」
「それならば目星は付いている」
「では、後はアラーシュ様とカイルにお任せしますわ」
「インストラクターに関しては、日の曜日にマリシアの箱庭でフェイシャルエステで良いんだったな」
「ええ、破格だと思いますわ」
「直ぐ見つかりそうだ」


体験型商売、まさか此処まで上手くいくとは思いませんでしたが、少なくとも次のオープンに向けて最短で一カ月は時間が欲しい所ですわね。キッチリみっちり教え込む必要もありますし。


「では、運動施設のオープンは二カ月後と言う事にしましょうか」
「では、このままワシとカイルで場所を確保するべく買いに行こう。リディア嬢はどうする」
「わたくしは別の仕事がまだ残っていますので箱庭にて仕事をしてきますわ。王都だけではなく、王太子領でもダンノージュ侯爵領でも商売はしていますから。ところで、ダンノージュ侯爵領でも今後託児所を開く予定なのですが、アラーシュ様のお知り合いで元乳母だったりその手伝いをしていた男性等に心当たりがあれば、最低40名ほど雇いたいのですが、年齢は幅広くても構いませんわ。後は園長となる優しく芯のある方を一人探してくださると助かります」
「ほう、ダンノージュ侯爵領でもか、良いだろう。直ぐに問い合わせてみよう」
「有難うございますわ」


こうしてカイルとアラーシュ様はその足で屋敷を買いに向かい、わたくしは箱庭に戻るとフォルと合流して一気にアイテムの作り貯めを開始。
温泉用アイテムに焼肉屋角打ち用の御酒類、粉ミルクにオムツ……ここ最近忙しくてフォルに任せ切りでしたけれど、大丈夫だったかしら?


「フォル、最近一人で任せてしまってごめんなさいね」
「いえいえ、スキル上げにもなりますし苦ではありませんでしたよ。それに大量にリディア様が作ってくれていたお陰である程度はなんとかなりましたし」
「そう言ってくれると嬉しいわ。また暫く忙しくなりそうだから沢山作っておかないと」
「まさか、もう二号店ですか?」
「ええ。温泉なしのね」
「女性の美への執念とは凄まじいですね」
「女性は何時までも美しくありたいのよ」
「男性の頭皮と同じようなものでしょうか? 何時までもフサフサでいたい」
「ふふふ、それに近いと思うわ」


ノイルとレインがよく頭皮を心配しているから、ついつい笑ってしまったけれど、確かに男性の頭皮問題とは深刻よね。
前世でも禿げの為の薬があったくらいだし……。


「禿げの為の薬かぁ……」
「え?」
「いえ、一応あるのよ」
「え?」
「ある一定の効果はでるんだけど」
「それ、ノイルさんとレインさんが聞いたら飛びついてきますよ?」
「そうかしら?」
「危険です。男性にとっては死活問題のようなので」
「そうなのね」
「貴族男性によっては、金貨50枚でも買うと思いますよ」
「そうね……男性専用のナニカを作ると言うのは、あまり考えていなかったわ。聞いた話によると、髭や体毛が濃い人ほど男性ホルモンが多くて将来禿げやすいと聞いたことがあるけれど」
「え……」
「え?」
「……リディア姉、ハゲの薬、作りましょう。と言うか男性にも焦点を当てましょう」
「わたくしは筋肉をつける方には詳しくないのよ。男性なら自力で何とかして欲しいわ」
「う……そうですね」


そこで一旦会話は終わったのだけど、禿の薬……禿の薬……やっぱり必要かしら?
でも、誰にでも売りたくないわね……。


「禿の薬、アラーシュ様に相談してみるわ」
「是非に!!」


今日一番のフォルの笑顔を見た気がするわ……。
男性にとっては死活問題の頭皮の問題を、この時までは甘く見ていましたわ。
後に出来る『頭皮のエリクサー』がまさか、ダンノージュ侯爵家を揺るがす問題になるなんて、この時は思いもよりませんでしたわ。


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