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70 カイルとライトと祖父の、初めての対面。

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――カイルside――

アラウネさんが立派な手紙を携えてやってきたのは、昼の事だった。
手紙は金があしらわれており、蝋で家紋が記されていた。


「こちらは、ナカース王国のダンノージュ侯爵家からの手紙です」
「拝見します」


そう言うと手紙を開け中を読むと、本日の夜、店が閉まってから俺とライトに会いたい、そしてあらゆる話がしたいと言った旨の掛かれた内容があり、建国記念日の頃にとレイスさんから聞いていた通り、ついに来たかと言う気持ちで一杯だった。


「承りました」
「では、先方に伝えておきます。カイルくんがダンノージュ侯爵家の方だとは露知らず、ご迷惑をお掛けした事、心よりお詫び申し上げます」
「いいえ、俺はまだカイルのままです。それに色々と手を尽くしてくれたのは冒険者ギルドの方々も同じこと……。こちらこそ感謝しております」
「有難うございます」


そう言って去って行ったアラクネさんと、貰った手紙の重さに溜息を吐くと、ライトがやってきた。


「兄さん?」
「ああ、ライト。ライトは今日、悪いが店が閉まったらここに残ってくれ。俺達の爺様が会いに来たらしい」
「え!?」
「腹を割って話せる相手かどうかは分からない。だが、俺の勘では、悪い人ではない気がするよ……。ちょっとリディアに訳を話していいか聞いてくるから店番を頼む」


そう言うと箱庭に入りリディアを探すと、何やら新しい商品開発に没頭していた。


「リディア」
「はい?」
「大事な話がある、ちょっといいか?」
「ええ」


驚いたリディアに、実の祖父が会いに来たこと、そして多分……リディアの事を話さなくてはならないだろうと言う事も伝えると「構いませんわよ?」とすんなりOKがでた。
どうやら一度会ったことのある俺の祖父は、とても良い人だったらしい。


「カイルのお爺様、アラーシュ様と仰るんですけれど、とても気さくでカイルのような男性でしたわ。わたくしにしてみれば、憧れのお爺様よ」
「そうか……」
「ですから、ありのままをお話して良いと思いますわ。きっとわたくし達の助けになってくださるはずよ」
「ありがとう、リディア」
「きゃっ」


抱きしめて頬にキスをすると、リディアは顔を真っ赤にしながら「もう!」と怒っていたが、そのお陰で吹っ切れた自分が居た。
リディアが信頼できると言ったのなら、俺も信頼しよう。
信じれる相手ならば信じよう。
大きく深呼吸するともう一度お礼を言い、仕事場へと戻った。

そして夜――。
心配するロキシーにライトが何度も「大丈夫ですよ、池鏡で見ていてください」と中々帰ろうとしないロキシーを帰らせ、息をついたのも束の間。
扉が開き、アラウネさんと一緒に一人の自分と同じくらいの背丈の老人と、後ろに凛とした執事っぽい人がついてきた。

俺でも、その老人の見た目を見て血の繋がりを嫌でも感じ取った瞬間だ。
同じ黄金の髪に、燃えるような赤い瞳……ライトも同じように感じ取った様で、背筋を伸ばし俺の隣に立った。


「ようこそおいで下さいました。下町の道具店ですが、奥に商談スペースを用意しております。どうぞこちらへお越しください」


そう告げると、執事の方は涙をハンカチで押さえつつ歩き、祖父であろう男性は背筋を伸ばして俺達についてきた。
そして、椅子に座るとお互いに面接のように向き合った。


「ワシはナカース王国のダンノージュ侯爵、アラーシュである」
「先に謝罪しておきます。俺は平民の出ですので貴族の喋り方は分かりませんので……。俺の名はカイル、父、ラオグリムと、母マナリアの長男です。こちらは弟のライト」
「初めまして。ライトと申します」
「そうか……やはりラオグリムの子だったか」
「……お爺様で……宜しいのでしょうか」


俺の問い掛けにアラーシュ様は目を見開いたが、優しい瞳で頷いてくれた。


「この店の前にある酒場の一番上の部屋を借り、今日一日店の事を観察させてもらった。随分と繁盛しているようではないか」
「有難うございます」
「店にいたお前たちは外で活動する班であろう? アイテムを作る者たちは何処にいる? ある程度の調べは着いているのだ。教えてはくれまいか?」


――ある程度の調べはついている、と言う事は、きっと娼婦たちの事だろう。
それに彼女たちが今までどこにいたのか、そしてどうやってネイルと言う商品を作り出したのかまでは分からないにしても、秘密があるとは勘づいているようだ。


「アラーシュ様は、リディア・マルシャン元公爵令嬢をご存じでしょうか」
「リディア嬢が、元公爵令嬢だと?」
「はい、俺は魔付きになり、自分の身体を素材として身売りしようとしたところを彼女に助けられ、箱庭と言う別の空間で一時期過ごしました。リディアが箱庭師であることは、お爺様はご存じだとリディアから聞いています」
「では、カイルの相手と言うのはリディア嬢のことか?」
「相思相愛の仲で御座います」
「素晴らしい!!!」


大きな声で立ち上がって叫んだ祖父に、思わず俺とライトは反り返った。


「それで、リディア嬢が元公爵令嬢とはどういうことだ?」
「はい、マルシャン公爵家からは良い扱いを受けていなかったリディアは箱庭に閉じこもって生活をしていたようです。そして、成人したリディアを平民に落とし、貴族の愛人にでもなっていろと言われ追い出されたと聞いています」
「……ほう?」
「また、義理の弟のナスタはそんなリディアを見つけ出し、愛妾にしようとしているとも」
「ほほう……?」
「それが怖くてリディアは外には出ておりませんし、そして俺の独占欲が強いが故に、外にも出しておりません」
「なるほどなるほど……」
「うちの店の商品に限らず、ネイルサロン・サルビアのアイテムもリディアの作品が殆どです。リディアが店をしたいが自分では無理だと言って、俺が彼女の代わりにオーナーとなりました」
「あい分かった。なるほど、知りたい情報はある程度は予想通りだったようだ。それで、立場の弱い女性を助けているというのもリディア嬢かね」
「はい。娼婦に落とされたもの、親の借金の形に無理やりされたものを助けました。また、溝攫いをしているモノたちの衣食住も約束し雇いました。……許されない事でしょうが、夫の暴力でボロボロになった女性達も保護して今は箱庭で内部処理班として働いています」
「良く出来た娘だとは思っていたが、予想以上だ。カイルよ。良き将来の妻を得たな」
「――有難うございます!」


まさか祖父にそう言われるとは思わず、声を大にして感謝の言葉を告げた。


「だが、お前が貴族と言う立場ではない以上、この店ごと欲しがる貴族は多くいる。明日開かれる会合では道具店サルビアとネイルサロン・サルビアの所有についても話し合われる様だ。どうだろうかカイル。お主、ワシの孫であることを大々的に話し、こちらには修行の為に来ていることにせぬか? そうすればこの国の貴族はお前たちにも、お前の店すべてには手を出せん」
「そうなのですか?」
「ああ、ナカース王国の貴族が修行の為に店を他国で開くことはままある事だ。それを利用しようと思っている。折角リディア嬢が頑張った店を毟り取られたくは無いだろう?」
「「はい」」
「幸い、お主達とワシの見た目はよく似ている、寧ろソックリだ。我がダンノージュ侯爵家の特徴が前面に出ている。孫の店を奪うつもりかと言えば、皆口を閉じるだろう」
「「有難うございます!!」」


まさか店を奪う算段を建てられているとは思わなったが、此れで店を守れるならば安いものだ。
祖父には感謝してもしきれない恩が出来たと思った次の瞬間――。


「その代わり。リディア嬢にあわせて貰う事と、一度リディア嬢の箱庭を見てみたい。それと……ライト。お前は私がナカース王国に帰る際付いてこい」
「え?」
「このまま此処で店をやってもが良いが、人数が増えたのであれば手狭だろう。それに今後も人を増やし、是非ナカース王国の我が領と王都で店を開いて欲しい。その為には一度、ナカース王国に来ることが必須であろう?」
「ですが……兄さん、宜しいんですか?」
「ああ、そろそろ手狭になってきたところだったし、今後別の国に店を作っても良いだろう」
「分かりました。私が架け橋となります」
「頼んだぞライト。寝る時は戻ってこい」
「はい! ロキシー成分が足りなくなったら大変ですから」
「「ははははははは」」
「無論、カイルは是非ナカース王国で店を開いて欲しいと思っている。建国記念日の間にこの店を任されそうなものを探せるか?」
「難しいですが……宛はなくはありません。アラウネさん、今度雪の園の面子を呼んできてください」
「分かりました」


こうして建国記念日の間に、この国の道具店サルビアを任せられる人材の候補、雪の園の面子に相談して了承を得たら、道具店サルビアは雪の園の面子に任せようと思う。
新たに色々と開発するリディアはもっともっと店を繁盛させるだろう。
その為にも、別の場所での販路は必要不可欠だ。
それに、ナカース王国ならばリディアは差別されない。
外には出したくないが、差別のない場所で生活して欲しいと言う思いもあるんだ。


「では、この書類にサインを」
「これは?」
「ダンノージュ侯爵家に伝わる、家系図だ。お前たちが我が孫であることを示すために必要なものでな。コレが無いと後々困る」
「分かりました。これは血判ですか?」
「出来るか」
「「出来ます」」


こうして、家系図に名を書き血判を押すと、シュルシュルと血と文字が動き登録されたようだ。


「良かった。やはり息子の子だ」
「え?」
「この家系図はダンノージュ侯爵家に伝わる家系図だと伝えただろう? 同じ血を受け継ぐものしか反応しない。神殿契約で作られた古きものだ」
「なるほど……では、これからはお爺様と呼んだ方がよいのでしょうか?」
「ああ、是非頼む。我が孫カイルとライトよ」
「「はい!!」」
「それと、二人の愛する女性にもシッカリ会わせてくれよ? ワシは老い先短いのだから」
「う……解りました。出来るだけ嫉妬しないように気をつけます」
「私も気をつけます」
「血の呪いについては今度話しをしよう。我らダンノージュ侯爵家の愛する者への執着をな」


そう言ってサラッと呪いとか言って笑う祖父に、少し恐怖はしたが、とにかくこれでリディアの店を守ることが出来たのなら僥倖だ。
その後祖父は一カ月酒場で過ごす事と、近々此方で過ごすための拠点の屋敷を買うと言う事で話は纏まり、その屋敷からなら箱庭への道を作る事になりそうだ。
どんなタウンハウスを買うかは分からないが、後は祖父に任せよう。



――祖父が帰宅した後、俺達も箱庭に帰ったが、皆は俺達が貴族の出でも特に気にする事は無く過ごしてくれた。
彼女たち曰く「育ちが良さそうだから多分貴族だと思いました」との事らしい。
これについては、亡き両親に感謝だな。
それにしても、明日の会合はどうなるのだろう。
また時間が出来たら店に来ると言っていたが……何も無ければいいが。

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