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69 カイルとライトの祖父。

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――祖父side――


「道具店サルビアか」
「それと、ネイルサロン・サルビアと、その二号店ですね」


渡された書類を読みながら、馬車はガラガラと王国内へと入った。
書類にあるのは、孫の可能性の高い『カイル』と言う青年と『ライト』と言う少年の事が事細かに書かれていた。
冒険者ギルド、そして孫と関わった事のある商業ギルド。両方に孫への依頼を出していたのだ。
そして今日手元にやってきた書類には、二人の事が事細かに書かれており、働き者で落ち着いた雰囲気のある、穏やかな人柄であることが記載されている。
弟のライトに関しては、一子相伝の技は受け継いでいないようだが、元々庶民として暮らしてきたのだから仕方ないだろう。
更に言えば、二人はスキルボードすら手にしていないのだと言う。

ナカース王国のダンノージュ侯爵家の孫が、それでは絶対に許されない事だ。

その侯爵家にいた我が息子が、何を血迷ったのか暫く護衛騎士をしたいと言った時は驚いたものだが、人生経験を豊富にさせることがモットーな我が家は直ぐに了承したのが間違いだった。
それが数カ月後に、その屋敷の娘を連れて駆け落ちしようとは誰が思うか。

ダンノージュ家の男は皆、呪いを持って生まれてくる。
『惚れた相手をドロドロに甘やかせて自分だけのモノにする』と言う、奇妙な呪いだ。

それ故に、相手がどんな女性であれ、ダンノージュ家では惚れた相手を妻にする事に決まっていたのだが……息子が入った護衛騎士の娘の家は、悪名高い家柄で、その娘は何時も酷い仕打ちをされていたのだと言う。
そんな家と我が家が結びつきが出来るのが、息子としては許せなかったのだろう。
――だからと言って駆け落ちした後、何の連絡も寄こさぬとは。

お陰で孫を見つけるのにも苦労した。
だが、23年間の苦労がこれで報われた。
孫は二人、男の子。
悪名高い家の息子の妻の家は既に潰してあるから安心だ。

だが、この書類には奇妙な事が書いてあったのだ。
『何処で仕入れているのか謎である』
『見たことも無い商品を次々と開発している』
等、一体どれほどのスキルを孫たちは持っているのか見当もつかない。
更に続くのは
『娼婦を買い取り、保護している場所は分からないが彼女たちをネイリストに仕上げた』
とも書いてあったのだ。

それと同時に、数年前から他国からも言われていたこの王家の、女性への仕事を与えるべきであると言う言葉への生返事が明らかになった。
口では「女性の仕事の割合はとても増えている!」と言って起きながら、そのほとんどが娼婦だったと言うのだから、これは是非、会合の時に話してやろう。
そう思いながら、道具店サルビアの近くにある宿の最上階、一番いい部屋を一カ月借りることにした。
普通の酒場の部屋を借りるなどと執事には言われたが、孫たちの働く姿を拝めれば良いのだ。堅苦しい事はなしにしようではないか。

最上階の部屋にたどり着くと、窓からは道具店サルビアが一望できる。
早朝に部屋に入る事が出来たが故に、まだ店は開いていないようだ。
調べたところによると、店が開くのは午前8時。
朝食を食べていればすぐだろう。
そう思っていると、キッチリとした服装の男女が酒場の前にやってくると同時に、宿屋から綺麗な装いの娘たちがゾロゾロと出てきて、まるで護衛されながら道を進んでいく。
一体何の集団かと思った時、隣から執事の声が聞こえた。


「あれは、ネイルサロン・サルビアの皆さんですね。ほら、左手に三人の冒険者がいらっしゃいますから、あちらは二号店の護衛の方々でしょう」
「元娼婦に護衛までつけるのか」
「彼女たちは今や女性達の憧れ、貴族が喉から手が出る程欲しいネイリストです。護衛をつけるのは当たり前の事かと」


――ネイリスト……と言うのも、孫たちの書類で初めて見たが、どうやら爪先を美しくする者たちの様だ。
その人気は貴族だけに留まらず、冒険者から平民まで幅広く愛されているという。
孫の考えた商売なのかは分からないが、とにかく様子を見るしかない。
丁度その頃部屋に食事が運ばれ、机と椅子を窓際に運んでもらうと食事をしながら様子を見ることになった。
だが、息子が駆け落ちしてから心配が祟り、昔ほど食事をすることが出来なくなったワシにとっては量が些か多かったが――と思った次の瞬間。
道具店サルビアのドアが開き、現れたのは黄金の髪に燃えるような赤い目をした青年だった。
それは、息子と同じ――ワシと同じダンノージュ侯爵家の証とも呼べる色。
その奥から、それまた同じ色の小さな少年が出てくると、店先を箒で掃きながら行き交う人々に挨拶をしている。
息子の幼い頃を思い出したからか、それともシッカリと自分と血の繋がった孫だと認識できたからなのか、涙が止まらない。


「ラオグリム様によく似ておいでですね」


息子の名を出され、ハンカチを手渡され、涙を拭いていると執事は窓を開けた。
すると聞こえてくるのは、弟の方の孫の声だ。


「おはようございます! 今日も熱くなりそうですね」
「全くだぜ! だがお前さんとこの作った肌着のお陰で幾分過ごしやすくていいや」
「それは良かったです! また御贔屓に」
「おう!」
「いってらっしゃいませ!」


元気のいい声が聞こえる……息子の幼い頃の声によく似ていた。
すると――。


「ライト、店番を頼めるか?」
「はい、どちらに?」
「魔石が入ったと言う連絡が来たんだ。ちょっと大量仕入れにいかないと不味そうだからな」
「そうですね、アチラは魔石が大量にいるでしょう」
「ロキシーもライトと一緒に店を頼むよ」
「あいよ」
「イチャイチャすんなよ二人とも」
「うふふ」
「んなこたしないよ、仕事中なんだから」
「では、仕事が終わったらイチャイチャしましょうね」
「何言ってんだい!」
「良いから頼んだぞ」


そう言うと長男のカイルは魔石の取引に入った様だ。
そして、先程の会話を見るに――目に映るロキシーと呼ばれた美しい女性とライトは、恋仲か……?
しかも驚いたことに、ワシの妻の若い頃によく似た娘であった。


「血は争えぬと言うことか」
「ええ、あのロキシーと呼ばれた女性は旦那様の奥様の若い頃にソックリで御座います。調べによりますと、元Sランク冒険者で今は一緒に働いている仲間だそうです」
「ほお……。して、カイルの方には好いた娘の話は?」
「調べには出てきておりませんが、一度だけ、それは大層美しい女性とデートをしていたと言う報告が御座います」
「ほほう」
「どうなさいますか? お時間は今日の夜くらいしか開いておりませんが」
「冒険者ギルドから使いを出してもらう様頼んでくれ。この手紙を忘れずカイルへ。閉店後店に訪れると」
「畏まりました」


そう言うと執事は席を離れ、連れて来ていた騎士に事情を伝えると冒険者ギルドへと走っていったようだ。
こうして一度でも孫の姿を見てしまえば、手放せなくなってしまうのは仕方のない事。
だが、店は思いの外繁盛しており、平民も冒険者も入り乱れて店に訪れているようだった。


「ライトくーん! ハッカ水5本くださーい!」
「はーい! ただいま~!」
「ライトくん! 私はこの肌着を5枚ずつね!」
「ありがとうございます! 女性の方はこちらのチラシをどうぞ」
「あら! ネイルサロン・サルビアの三階に洋服店ができたの?」
「ええ、素晴らしい商品がお安く手に入りますよ。それとママや乳児などに優しいガーゼ専門店も併設しています」
「これは」
「みにいかないとね!」
「ロキシーさんも使っている素晴らしいガーゼ商品です。冒険者の皆さまも是非!」


うむ、ライトは商売上手のようだな。
しかし謎の多い道具店サルビアか……。
確かに手広くアイテムを作っているようだが、一体誰が作っているのかは謎とされている。
よもや……箱庭師と手を組んで商売しているのではないか?
そうであれば、この品数の多さ、そして見たことも無いネイルと言うのも頷ける。

ナカース王国はこの小国とは違い、大国とまではいかないにしても大きな国である。
この王国に大きな影響力を持ち、傘下に収めていると言っても過言ではなかった。
その上、この王国とは違い『箱庭師』とは保護したいほどに『金を産む木』とさえ言われる程大事にされる。
この国で生き辛い箱庭師は、ナカース王国に逃げてきている状況でもあったのだ。
とは言え……カイルがしている店に、本当に箱庭師がいるのかどうかにもよるが……。


「夜、聞いてみるしかなさそうだな。心を開いてくれると良いが……」


この国で箱庭師の事は絶対に口にはしないだろう。
だからこそ不安はあるが……望みに賭けるしかなさそうだ。
それにきっと、カイルが助けたのは娼婦だけではないだろう。
虐げられた人々を救い、その人々が今どこにいるかは分からないが、孫たちと同時に纏めて守ってやらなくては……。


「旦那様、カイル様が」


そう執事が口にした通り、カイルは見事な手ぶらで帰ってきた。
アイテムボックスを所有しているのだろう。
そのアイテムボックスを作ったのは一体誰なのかも気になるが、今日の夜――孫と初めての対面ならば、少し仮眠して備えた方が良かろう。


「ジル、ワシは少し寝る。カイルとの事、滞りなく進むように頼むぞ」
「畏まりました」


こうして夜、ワシは孫息子に初めて対面することとなる――。


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