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悪夢の道理
鈴の鳴る子
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古本屋『水鏡書堂』は商店街の奥の奥。入り組んだ道を抜けた先にある。
何が言いたいかというと、偶然に通りかかることはまずあり得ないということだ。致命的な方向音痴が奇跡的に立ち寄った、くらいの偶然性でようやく納得ができる。無論通学路になるはずが無い。
次に、ここは文房具や子ども向けの本は取り扱っていない。需要があるのか甚だ疑問に思うような古本ばかりが名を連ねるこの店に、子どもが立ち入るとは思いもしない。
そんな水鏡書堂の軒先で、ランドセルを背負った子どもに出くわしたのだ。驚くなと言う方が酷だと思う。
「あの、どうしたんですか?」
「いや、まあ、都会で野生のタヌキを見るのはこんな気分なんだなというか、いやいや、何でもない。」
自分でもトンチンカンな事を言っている自覚はある。それに対して謎の小学生は首を傾げる。身振りに合わせてランドセルについた鈴が転がった。
栗色のおかっぱ髪を揺らして大きな目をこちらに向ける。ランドセルが黒色のため辛うじて男だと分かる程度で、華奢な体格と猫毛のような柔らかい髪は少女と言われても納得できる姿だった。
「えっと、キミはここに何か用事があるのか?」
「いえ、僕は・・・」
「おや、今日も来たのかい?神来くん。常連の様相を呈してきたね。」
少年が何かを言いかけたところで、後ろから鬼払瀬に声をかけられた。つい先日までは会話する事すら想像できなかったマドンナはあちらの方から声をかけてくる。
その眩しさにだいぶ慣れてきた俺は、それに手を振って応える。すると、隣の少年も彼女に反応した。
「あっ、お姉ちゃん。お帰りなさい。」
「ただいま、香雪。」
お姉ちゃん?お姉ちゃんと言ったか?何度も頭の中でその会話を再生する。たしかにお姉ちゃんと呼んだ。
「・・・弟さん?」
俺が困惑していることに気がついたのか、ハッとして深々と頭を下げた。
「弟の鬼払瀬 香雪といいます。姉がいつもお世話になってます。」
小学生とは思えないほどに丁寧だ。しかし鬼払瀬の弟であると分かれば、なるほど歳に似合わぬ綺麗な所作にも合点がいく。
「こらこら、どちらかというと私が世話をしたんだよ。それより、誘ってもいないのにここに来るということはまた厄介事かい?」
「あ、あぁ。ちょっと相談に乗ってくれないか?豆郎だけじゃ抑えられそうにないんだ。」
「そう。じゃあ入りたまえ。」
促されるままに水鏡書堂に入る。ちょうど三人とも中に入ったとき、後ろ手に扉を閉めて鬼払瀬が口を開いた。
「さて、改めて自己紹介をして。"コウセツマル"。」
「先程は驚かせてしまいまして本当に申し訳ありません。
改めて、名をコウセツマルと申します。どうぞよろしくお願い致します。」
しばらく何がなんだか理解できなかった。
以前と同じく奥の和室に通される。違うことといえば、鬼払瀬の隣に謎の少年がちょこんと座っていることだろうか。
歩きながら軽い説明を受けた気はするが、あまりに突然で整理できなかったので今一度聞き返す。
「えっと、つまりコウセツマルっていうのが本名なのか。でも本名には苗字が無くて学校に行けないから、鬼払瀬の苗字を借りて生活している、と。」
「ややこしくてすまないね。私のいる鬼払瀬家を本家とした拝み屋は、身辺について奉公するための分家があって・・・と、面倒な説明は全て端折るけど、まあこの子は私の弟や従弟みたいなものだと言っても間違いはない。大きく認識を改める必要は無いよ。」
鬼払瀬の補足によりとりあえずは話が落ち着いた。突然違う名前で名乗られたときは面食らったが、色々と事情があるということで一旦の納得はできる。
「陰陽師っていうのも色々大変なんだな。」
「まあね。そんなことより、本題に入ろう。」
「本題?」
俺が聞き返すと、途端に鬼払瀬の目が冷たくなった。
「もしや冷やかしに来たわけではあるまいね?厄介事に遭っていると相談に来たのはキミでしょう?」
鬼払瀬弟事件に全て持っていかれて、肝心要なことを忘れていた。
「そうだった!聞いてくれ鬼払瀬、今朝のことなんだが・・・えっと・・・」
「ストップ。今回は折角だからプロに頼もう。」
話を促されたのに直後止められて困惑するが、彼女の指差す先を見て更にワケが分からなくなる。
鬼払瀬の言うプロとは、ずっと彼女の隣に大人しく座っていた小学生 コウセツマルだった。
「先程のドモリ具合から、キミ自身あまり整理できていないんだろう?そういうとっ散らかった話はこの子に聞かせるのが一番手っ取り早い。」
「いや、でも、小学生・・・」
「ただの小学生じゃないよ。以前キミに紹介しそびれた聴取のプロ、それがこの子だ。
コウセツマルは、少なくともここら一帯の中で最も日本語に通じている。
一度騙されたと思って話してみたまえ。
今や国有数の、『言霊師』にね。」
何が言いたいかというと、偶然に通りかかることはまずあり得ないということだ。致命的な方向音痴が奇跡的に立ち寄った、くらいの偶然性でようやく納得ができる。無論通学路になるはずが無い。
次に、ここは文房具や子ども向けの本は取り扱っていない。需要があるのか甚だ疑問に思うような古本ばかりが名を連ねるこの店に、子どもが立ち入るとは思いもしない。
そんな水鏡書堂の軒先で、ランドセルを背負った子どもに出くわしたのだ。驚くなと言う方が酷だと思う。
「あの、どうしたんですか?」
「いや、まあ、都会で野生のタヌキを見るのはこんな気分なんだなというか、いやいや、何でもない。」
自分でもトンチンカンな事を言っている自覚はある。それに対して謎の小学生は首を傾げる。身振りに合わせてランドセルについた鈴が転がった。
栗色のおかっぱ髪を揺らして大きな目をこちらに向ける。ランドセルが黒色のため辛うじて男だと分かる程度で、華奢な体格と猫毛のような柔らかい髪は少女と言われても納得できる姿だった。
「えっと、キミはここに何か用事があるのか?」
「いえ、僕は・・・」
「おや、今日も来たのかい?神来くん。常連の様相を呈してきたね。」
少年が何かを言いかけたところで、後ろから鬼払瀬に声をかけられた。つい先日までは会話する事すら想像できなかったマドンナはあちらの方から声をかけてくる。
その眩しさにだいぶ慣れてきた俺は、それに手を振って応える。すると、隣の少年も彼女に反応した。
「あっ、お姉ちゃん。お帰りなさい。」
「ただいま、香雪。」
お姉ちゃん?お姉ちゃんと言ったか?何度も頭の中でその会話を再生する。たしかにお姉ちゃんと呼んだ。
「・・・弟さん?」
俺が困惑していることに気がついたのか、ハッとして深々と頭を下げた。
「弟の鬼払瀬 香雪といいます。姉がいつもお世話になってます。」
小学生とは思えないほどに丁寧だ。しかし鬼払瀬の弟であると分かれば、なるほど歳に似合わぬ綺麗な所作にも合点がいく。
「こらこら、どちらかというと私が世話をしたんだよ。それより、誘ってもいないのにここに来るということはまた厄介事かい?」
「あ、あぁ。ちょっと相談に乗ってくれないか?豆郎だけじゃ抑えられそうにないんだ。」
「そう。じゃあ入りたまえ。」
促されるままに水鏡書堂に入る。ちょうど三人とも中に入ったとき、後ろ手に扉を閉めて鬼払瀬が口を開いた。
「さて、改めて自己紹介をして。"コウセツマル"。」
「先程は驚かせてしまいまして本当に申し訳ありません。
改めて、名をコウセツマルと申します。どうぞよろしくお願い致します。」
しばらく何がなんだか理解できなかった。
以前と同じく奥の和室に通される。違うことといえば、鬼払瀬の隣に謎の少年がちょこんと座っていることだろうか。
歩きながら軽い説明を受けた気はするが、あまりに突然で整理できなかったので今一度聞き返す。
「えっと、つまりコウセツマルっていうのが本名なのか。でも本名には苗字が無くて学校に行けないから、鬼払瀬の苗字を借りて生活している、と。」
「ややこしくてすまないね。私のいる鬼払瀬家を本家とした拝み屋は、身辺について奉公するための分家があって・・・と、面倒な説明は全て端折るけど、まあこの子は私の弟や従弟みたいなものだと言っても間違いはない。大きく認識を改める必要は無いよ。」
鬼払瀬の補足によりとりあえずは話が落ち着いた。突然違う名前で名乗られたときは面食らったが、色々と事情があるということで一旦の納得はできる。
「陰陽師っていうのも色々大変なんだな。」
「まあね。そんなことより、本題に入ろう。」
「本題?」
俺が聞き返すと、途端に鬼払瀬の目が冷たくなった。
「もしや冷やかしに来たわけではあるまいね?厄介事に遭っていると相談に来たのはキミでしょう?」
鬼払瀬弟事件に全て持っていかれて、肝心要なことを忘れていた。
「そうだった!聞いてくれ鬼払瀬、今朝のことなんだが・・・えっと・・・」
「ストップ。今回は折角だからプロに頼もう。」
話を促されたのに直後止められて困惑するが、彼女の指差す先を見て更にワケが分からなくなる。
鬼払瀬の言うプロとは、ずっと彼女の隣に大人しく座っていた小学生 コウセツマルだった。
「先程のドモリ具合から、キミ自身あまり整理できていないんだろう?そういうとっ散らかった話はこの子に聞かせるのが一番手っ取り早い。」
「いや、でも、小学生・・・」
「ただの小学生じゃないよ。以前キミに紹介しそびれた聴取のプロ、それがこの子だ。
コウセツマルは、少なくともここら一帯の中で最も日本語に通じている。
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