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ツカレの道理
古本屋『水鏡書堂』
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鬼払瀬 美晴に引かれるままに連れて行かれたのは、商店街の奥の奥、隠れ家でもあるのかと言わんばかりに入り組んだ道を通った先だった。
1つの木造建築の前で鬼払瀬はようやく足を止めた。
目の前には如何にも百年以上は経っているであろう古本屋があった。
実家である田舎でしか見かけないような古くさい引き戸の玄関。日差しに照らされ光を反射する埃が背の高い本棚の間を舞い、どこか神秘的な雰囲気すら感じさせる。
檜木の看板には『水鏡書堂』と屋号が彫られていた。
「水鏡、書堂・・・?」
「そう。元々はおばあちゃんがやっていたのだけれど、亡くなってからは私が受け継いだの。まあ、入りたまえよ。」
俺がついていくことを前提に、鬼払瀬はこちらをチラリとも見ずに引き戸を開け中に入る。俺も慌ててその後ろを追いかけた。
懐かしいような香りが鼻に触れる。古本の匂いだろうか。
店内にはタイトルだけ聞いたことのあるような小説から骨董品と見間違えるような謎の古本まで様々で、少なくとも映像化されたような流行り物は見当たらない。
レジには誰もおらず、鬼払瀬はその裏手の扉の鍵を開けている。
あまりに突然連れてこられて、何からツッコめばいいのか分からなかった。
「み、店番が居ないのは不用心じゃないか?」
「ここに古本屋を求めてくる人の方が稀だからね。しかも今日は火曜日だ。」
返事にならない返事が返ってくる。何より表に書かれた定休日は日曜日だった。
「もちろん古本屋の方もやっているけれど、こちらはあいにく"副業"でね。君の場合本命は・・・こちらだ。」
レジの裏手の扉が開く。落ち着きのある和室が広がっていた。
「そこに座ってて。お茶で良い?」
「あ、あぁ。お構いなく。」
「そうは言ってもお茶しか無いがね。待ってて、注いでくるから。」
慣れた様子で応対され、同級生を相手に縮こまってしまう。
そんな様子に見向きもせず、更に奥の扉を出入りしてはテキパキとお茶を運んでくる鬼払瀬をただ呆然と見ることしか出来なかった。
相手は同級生だというのに変に身構えてしまう。俺が人の家に行き慣れていないからだろうか、それとも彼女が来客に慣れているからだろうか。同じ年を重ねているとは思えなかった。
鬼払瀬には妙に大人びた雰囲気がある。サラリとした黒髪を一つに結び、髪留めで分けた前髪から宝石のような透き通った瞳を覗かせる。なるほど、男達が騒ぐわけだ。
「さて、本題に入りたいのだけれど、困ったね。聴取は担当に任せきりにしていたから、何から話したものか。」
俺に茶を出し、対面に座って腕を組んだ。眉根を寄せ考え込む姿まで様になっている・・・などという表現が果たして適切なのかは分からないが、その一挙手一投足に色気と風格を感じてしまう。
そんな妙なことを考えてしまい、言い訳するように俺は話を切り出した。
「えっと、そもそもどうして俺の名前を知っていたんだ?クラスも違うのに。」
「自己紹介をしただろう?覚えていただけさ。君は自分が名乗ったことも忘れたのかい?」
覚えていた?自己紹介?
会話するのも初めてだ。鬼払瀬は有名だが俺は何か目立つようなことをした覚えは無いし、そもそもクラスが違う。・・・いや
「もしかして、芸術科目か?」
「もしかしなくてもそれだろう?1組と2組が合同でやる授業は芸術科目のみ。キミも私も美術選択者だ。」
確かにそうだが、常人の記憶力ではない。いや、常人がやることではない。
友だち百人を目指しているわけでもない限り、芸術科目で顔を合わせるだけの相手の名前を覚える必要はない。それに一度聞いただけで記憶するには、それなりの注意力と記憶力を必要とする。わざわざ覚えようとする者は少ないはずだ。
「それにしたって、2組のヤツもかなりいたんだぞ?全員覚えているのか?」
「さすがに一度で覚えるほど記憶力に自信は無いさ。君の名前を優先して覚えていただけだよ。」
「お、俺の名前を!?」
突然の事で驚いた。今まで目立たず、関わらずで通してきた俺が他のやつよりも先に名前を覚えられるなんて。
天文学的確率であっても"そういうこと"なのではないかと微かに期待してしまう。
そういえば美術の時間に目が合って、こちらを見て笑っていた気がする。
考えれば考えるほど、そうなのではないかと鼓動が早まる。
もしかして鬼払瀬は、俺のことが
「君の肩に憑き物があったからね。どうせそのうち知り合いそうだから、折角なら先に名前を覚えてしまおう、という訳だ。君と葛西 掬江の名前は真っ先に覚えたよ。」
分かっていた。そんな気はした。落ち込んでなどいない。
そんな事よりも、聞き漏らしてはいけないことを鬼払瀬が口にしたような気がして慌てて聞き返す。
「肩のコレ、やっぱり鬼払瀬にも見えるのか?」
ここに連れ込まれるときもそうだった。商店街の幽霊といい、肩の憑き物といい、鬼払瀬も見えていなければ今までの会話は成り立たない。
「もちろん。そうでなければ商店街で君に声をかけないさ。」
正直に答えてもらえたのは嬉しいが、さりげなく辛辣な一言が刺さった気がする。
「しかし、君もおかしな子だね。見えているというのによく肩にソレを乗せて生活できるものだ。」
「ま、マズいヤツだったか?」
俺の半ば怯えた質問を受けて、鬼払瀬は視線を俺の左肩に向けた。
「その程度なら気の持ちようだよ。気になるなら落とすけど、特別気にならないのであれば気味の悪いアクセサリーとそう違いはない。」
怨念か何かの類いをアクセサリーと言い放つとは。よほど心霊に対して慣れていても中々出来るものじゃない。
・・・待てよ。
「ま、待ってくれ。今、聞き間違いじゃなければ、その・・・"気になるなら落とす"って言わなかったか?」
「落とせるけれど?」
何を言っているのこの子は、とでも言わんばかりに鬼払瀬は首を傾げている。そしてあぁ、と思い出したように言葉を付け足した。
「そういえば、ちゃんと自己紹介をしていなかったね。この水鏡書堂は副業だという話はしただろう?
副業があれば当然本業がある。私の本業は・・・
・・・憑き物落としさ。」
1つの木造建築の前で鬼払瀬はようやく足を止めた。
目の前には如何にも百年以上は経っているであろう古本屋があった。
実家である田舎でしか見かけないような古くさい引き戸の玄関。日差しに照らされ光を反射する埃が背の高い本棚の間を舞い、どこか神秘的な雰囲気すら感じさせる。
檜木の看板には『水鏡書堂』と屋号が彫られていた。
「水鏡、書堂・・・?」
「そう。元々はおばあちゃんがやっていたのだけれど、亡くなってからは私が受け継いだの。まあ、入りたまえよ。」
俺がついていくことを前提に、鬼払瀬はこちらをチラリとも見ずに引き戸を開け中に入る。俺も慌ててその後ろを追いかけた。
懐かしいような香りが鼻に触れる。古本の匂いだろうか。
店内にはタイトルだけ聞いたことのあるような小説から骨董品と見間違えるような謎の古本まで様々で、少なくとも映像化されたような流行り物は見当たらない。
レジには誰もおらず、鬼払瀬はその裏手の扉の鍵を開けている。
あまりに突然連れてこられて、何からツッコめばいいのか分からなかった。
「み、店番が居ないのは不用心じゃないか?」
「ここに古本屋を求めてくる人の方が稀だからね。しかも今日は火曜日だ。」
返事にならない返事が返ってくる。何より表に書かれた定休日は日曜日だった。
「もちろん古本屋の方もやっているけれど、こちらはあいにく"副業"でね。君の場合本命は・・・こちらだ。」
レジの裏手の扉が開く。落ち着きのある和室が広がっていた。
「そこに座ってて。お茶で良い?」
「あ、あぁ。お構いなく。」
「そうは言ってもお茶しか無いがね。待ってて、注いでくるから。」
慣れた様子で応対され、同級生を相手に縮こまってしまう。
そんな様子に見向きもせず、更に奥の扉を出入りしてはテキパキとお茶を運んでくる鬼払瀬をただ呆然と見ることしか出来なかった。
相手は同級生だというのに変に身構えてしまう。俺が人の家に行き慣れていないからだろうか、それとも彼女が来客に慣れているからだろうか。同じ年を重ねているとは思えなかった。
鬼払瀬には妙に大人びた雰囲気がある。サラリとした黒髪を一つに結び、髪留めで分けた前髪から宝石のような透き通った瞳を覗かせる。なるほど、男達が騒ぐわけだ。
「さて、本題に入りたいのだけれど、困ったね。聴取は担当に任せきりにしていたから、何から話したものか。」
俺に茶を出し、対面に座って腕を組んだ。眉根を寄せ考え込む姿まで様になっている・・・などという表現が果たして適切なのかは分からないが、その一挙手一投足に色気と風格を感じてしまう。
そんな妙なことを考えてしまい、言い訳するように俺は話を切り出した。
「えっと、そもそもどうして俺の名前を知っていたんだ?クラスも違うのに。」
「自己紹介をしただろう?覚えていただけさ。君は自分が名乗ったことも忘れたのかい?」
覚えていた?自己紹介?
会話するのも初めてだ。鬼払瀬は有名だが俺は何か目立つようなことをした覚えは無いし、そもそもクラスが違う。・・・いや
「もしかして、芸術科目か?」
「もしかしなくてもそれだろう?1組と2組が合同でやる授業は芸術科目のみ。キミも私も美術選択者だ。」
確かにそうだが、常人の記憶力ではない。いや、常人がやることではない。
友だち百人を目指しているわけでもない限り、芸術科目で顔を合わせるだけの相手の名前を覚える必要はない。それに一度聞いただけで記憶するには、それなりの注意力と記憶力を必要とする。わざわざ覚えようとする者は少ないはずだ。
「それにしたって、2組のヤツもかなりいたんだぞ?全員覚えているのか?」
「さすがに一度で覚えるほど記憶力に自信は無いさ。君の名前を優先して覚えていただけだよ。」
「お、俺の名前を!?」
突然の事で驚いた。今まで目立たず、関わらずで通してきた俺が他のやつよりも先に名前を覚えられるなんて。
天文学的確率であっても"そういうこと"なのではないかと微かに期待してしまう。
そういえば美術の時間に目が合って、こちらを見て笑っていた気がする。
考えれば考えるほど、そうなのではないかと鼓動が早まる。
もしかして鬼払瀬は、俺のことが
「君の肩に憑き物があったからね。どうせそのうち知り合いそうだから、折角なら先に名前を覚えてしまおう、という訳だ。君と葛西 掬江の名前は真っ先に覚えたよ。」
分かっていた。そんな気はした。落ち込んでなどいない。
そんな事よりも、聞き漏らしてはいけないことを鬼払瀬が口にしたような気がして慌てて聞き返す。
「肩のコレ、やっぱり鬼払瀬にも見えるのか?」
ここに連れ込まれるときもそうだった。商店街の幽霊といい、肩の憑き物といい、鬼払瀬も見えていなければ今までの会話は成り立たない。
「もちろん。そうでなければ商店街で君に声をかけないさ。」
正直に答えてもらえたのは嬉しいが、さりげなく辛辣な一言が刺さった気がする。
「しかし、君もおかしな子だね。見えているというのによく肩にソレを乗せて生活できるものだ。」
「ま、マズいヤツだったか?」
俺の半ば怯えた質問を受けて、鬼払瀬は視線を俺の左肩に向けた。
「その程度なら気の持ちようだよ。気になるなら落とすけど、特別気にならないのであれば気味の悪いアクセサリーとそう違いはない。」
怨念か何かの類いをアクセサリーと言い放つとは。よほど心霊に対して慣れていても中々出来るものじゃない。
・・・待てよ。
「ま、待ってくれ。今、聞き間違いじゃなければ、その・・・"気になるなら落とす"って言わなかったか?」
「落とせるけれど?」
何を言っているのこの子は、とでも言わんばかりに鬼払瀬は首を傾げている。そしてあぁ、と思い出したように言葉を付け足した。
「そういえば、ちゃんと自己紹介をしていなかったね。この水鏡書堂は副業だという話はしただろう?
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・・・憑き物落としさ。」
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