黒猫と12人の王

病床の翁

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出航

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 無事に紫鬼の傭兵証明書も手に入り、採取したワイバーンの爪を売ってそれなりの金額を稼ぎ、港町フォートに1泊した俺達であったが、これはあくまで旅の準備である。
 紫鬼の話を聞く限り、邪神の神徒の企みを阻止する為には急いで残りの仲間を集めて魔族領に向かう必要が出てきた。
 だからこの街での仕事盗みはしない事にした。
 なんだかんだで手持ちは4億くらいある。
 旅の供が1人増えて3人+1匹になったが、それだけあれば問題はないだろう。

 さて、ここから先の目的地は魔術大国マジックヘブン、ここ大陸の南東端のフォートからは間に獣王国を挟んだ先にある。
 そこまでの経路は2択となる。
 乗合馬車などを駆使して地上を延々と進むか、港から出ているマジックヘブン行きの船に乗るか。
 白狐が言うには陸路を選べば最短でも2カ月。
 海路を選べば最短1カ月で到着すると言う。
 どちらを選ぶか俺達は相談しているわけだが。
「ワシも急ぎたいんじゃ。ここは海路一択であろうよ。」
「私、船あまり得意じゃないんですよね。それに陸路で進めばまた魔物討伐の機会も増えるでしょうし、私は陸路を選びたいですね。」
 2人の意見は真っ二つである。
「クロさん、ヨルさん、お二人はどちらがいいですか?」
 俺もヨルも地理には詳しくない。
 陸路を行くとしてどういう経路で進むのか全く見当もつかない。
 その点海路であれば乗ってしまえばマジックヘブンまで1本である。
 途中経由地があったとしても乗ってればいいのであればそちらの方が楽である。
 それに俺は船に乗った事がない。
 それで言えば馬車にも乗った事はないのだが、この先移動する手段として船を選択できる機会は少ないだろう。
 となれば俺は海路を選択するべきだろう。何事も経験である。
「早く移動できるなら海路を行くべきだろう。」
 言い分としては時間的な問題を上げた俺。
 流石に船に乗ってみたいからとは言えなかった。
『儂はどちらでも構わん。』
 ヨルは考えるのを放棄した。
 これで陸路1票、海路2票である。
 白狐もしぶしぶ海路での移動に納得した。

 港に来た俺達は魔術大国マジックヘブンを目指す船を探す。
 途中船乗りらしきおっさんがいたので声をかけた。
「マジックヘブン行きの船ってどこから出るか知っているか?」
「マジックヘブン行きならちょうど今出航準備をしているよ。ほらあそこの一番大きな船だ。」
 おっさんが指さす先にはひときわ大きな船が止まっていた。
 船になど乗ったことのない俺と紫鬼は搭乗の仕方などは白狐にお任せだ。
 白狐はひときわ大きな船で荷物を運び入れている人達に話しかける。
「すいません。マジックヘブン行きの船に乗りたいのですが、どなたと交渉すれば?」
「あぁ。搭乗依頼ならあそこでタバコふかしてる太ったおっさんに声かけてくれ。この船の船長だ。」
「ありがとうございます。」
 白狐を教えられた通り、この船の船長だという人物に話しかける。
 太ったおっさんと言われるだけあって体重は100㎏を越えているであろう巨漢である。
「すいません。マジックヘブンまで船に乗せて欲しいのですが?」
「マジックヘブンまでか?あいにく客室は残り2部屋だ。しかも1等室だからな。値段はかなりあがるぞ?」
「こちらは3名です。おいくらになりますか?」
「マジックヘブンまでは長旅になる。一人当たり金貨5枚ってところだな。」
「そうですか。ではお願いします。」
 3人で金貨15枚、150万リラである。
 高級旅館に泊まるより高額であるが手持ちに余裕がある事を知っている白狐は即答する。
「いいのか?さっきも言ったが部屋は2部屋しかないぞ?」
「構いません。よろしくお願いします。」
 そう言って白狐は俺の元へとやってくると、
「金貨15枚で乗せてくれるそうです。クロさん、お支払いお願いします。」
 言われた俺は船長に金を払う。
「出航はあと3時間後ってところだ。1カ月近い長旅になる。途中2か所に立ち寄るが食料や水などは十分に用意してきてくれよ。一応余分には積んでいるから足りなくなったら売ってやるがな。」
 俺達はひとまず3時間後にまた来ると言い残し、旅の物資を買いに市場へと向かった。

 ヨルの影収納は大変便利な術である。
 影の中は時間経過がないらしく、仕舞い込んだ物は仕舞った時のままの状態で取り出す事が出来る。
 だから食料や水などは一応1カ月分程度は買い込んで仕舞ってはいたが、紫鬼も増えた事であるから、さらに買い足す事にしたのだ。
 それぞれが食べたいものをリクエストし、その店に行っては大量に買い込む。
 買った物はかたっばしから影収納に放り込み、次の店へと向かった。
 道中俺達は部屋割りについて相談する。
「ヨルさんとクロさんは私と一緒でいいじゃないですか?だって夫婦ですものね。」
「なに?お前さん達はそう言う関係だったのか?夫婦の旅に同行してるとは思っても見なかった。すまんな。」
「なっ!?なに言ってんだよ。そこは男と女で分けるべきだろう。俺は紫鬼と一緒の部屋にする。」
「あら。釣れない事言いますね。夫婦なんですからいいじゃないですか?」
「いや。そこは譲れないぞ。俺は紫鬼と一緒の部屋にする。一人が寂しければヨルと一緒にいればいい。」
『儂をペット扱いするでないわ。まぁ儂はどこでも構わんがな。』
「じゃあ部屋割りはワシとクロ、白狐とヨルってことでいいな。」
 そのあとも白狐はぐちぐち言ってきたが部屋割りは決まった。

 一通り買い物を済ませた頃にはいい時間になっていたので俺達は港に戻った。
 船長は同じ場所でまだタバコを吸っていた。
 船員達はまだ積み荷を運んでいる。
 手伝ってやればいいのにと思う。
「おう。戻ってきたか。まだ積み荷が全部運びきれていないがもう少しで終わるだろう。あんたらは先に客室に行っていてくれ。おい。」
 船長が一人の船員を呼び止めた。
 俺達を客室まで案内するように指示をしている。
「じゃあ客室にご案内します。付いてきてください。こちらです。」
 俺達は先導する船員についていき船に上がる。
 初めての乗船である。だが船が大きい事もあり俺達が乗っても揺れもしない。
 自分が今船の上に乗っているのだという感覚はなく俺は少し残念に思った。
 もっと揺れたりして水の上を感じられるかと思ったのだ。
「全然揺れないんだな。」
「そりゃ港に着けてる時に揺れてるようじゃ荷物の積み込みにも難儀しやすからね。」
 俺の呟きに船員が答えてくれる。
「でも出航したら多少揺れやすよ。大きい船ですからね。そこまで大きくは揺れやせんが船酔いには気を付けてくださいね。」
 船員が忠告してくれた。
 それにしても大きな船である。
 客室も50以上あるそうで今回は俺達も入れて満室だそうだ。
 聞けばマジックヘブンには魔術道具の買い付けなどで沢山の商人が乗ってくるらしい。
 それに海賊や海の魔物に遭遇した時の事を考えて10名程度の傭兵を雇っているいるらしい。
 いざとなれば船員も戦えるらしいが一応警戒していつも傭兵を雇うらしい。
 俺達も傭兵登録している事を伝えると、
「お客さん達も傭兵なんですか。でも今回の旅にはBランク傭兵が10名にAランク傭兵も1名いますからね。万が一の際にもお客さんの出番はないでしょうぜ。」
 との事だった。Aランクの傭兵が乗っているとはかなりの好待遇である。
 よほど高級品を積み荷としているのかもしれない。

 俺達の客室は一番奥の2部屋並んだところだった。
 途中船員が俺達の手荷物が少ない事を気にしていたが問題ないと答えておいた。
 部屋割りは一番奥を白狐とヨル、その手前を俺と紫鬼とした。
 食事は都度取りに来てもらう事にして、水だけ白狐に渡しておく。
 手荷物を部屋に置いた俺達は甲板に出て出航を待っていた。
 すると明らかに他の船員達とは違う戦闘用の装備を身に着けた一団が待機していた。
「おや?お客さんかな。見たところ商人には見えないが?」
 一団の中で一番高価そうな鎧に身を包んだおっさんが話しかけてきた。
「あぁ。俺達は傭兵だ。だが今回は客として乗船している。」
 俺が代表して答えた。
「そうか。傭兵か。我々は今回この船の護衛を頼まれた傭兵団、鷹の爪だ。オレは団長のラリー。Aランクの傭兵だ。よろしく頼む。」
 一番高級そうな鎧を着ているだけあってやはりこいつがAランク傭兵らしい。
 1本の長剣を右腰に佩いている。
「俺は黒猫、Bランクでこっちの紫鬼もBランク、でこっちの白狐がAランクだ。よろしく頼む」
 俺は2人も紹介する。
「なんとAランクもいるのか。だが今回は出番はないぞ。魔物だろうと海賊だろうと我々鷹の爪が退治するからな。わっはっは。」
 どことなく嫌な感じのするおっさんだった。
 自分がAランクという事でBランクの俺達を下に見ている感じだ。
 その後ろに佇む団員達も眼つき鋭くこちらを見てくる。なんか嫌な感じだ。
 だがやる気十分といった感じである。
 これなら魔物が出ようが海賊に出くわそうが問題はなさそうに思えた。
「ではなにかあれば声をかけてくれたまえ。我々は常に甲板で警戒を行っているからな。」
 そう言い残して離れてくラリー。
 十分に距離があいたところで白狐が言う。
「なんか嫌な感じの人ですね。私の事頭のてっぺんからつま先まで値踏みするように見てきましたよ。」
「うむ。なんかワシらがBランクと言った瞬間に下に見始めた感があるな。」
 2人も俺と同じ感想だったらしい。
『まぁよいではないか。たかが人族の決めた基準でのAランクよ。実力では儂らの方が上であろうよ。』
 ヨルが言う。
「そうですね。同じAランクでも私とあの方では天と地ほども実力差があるでしょうね。」
 珍しく白狐が辛口コメントである。
 値踏みされるように見られたのがよほど気に入らなかったようだ。
「まぁ任せておけってんなら任せようや。ワシらは優雅に船旅を楽しめばよいさ。」
 紫鬼が言って傭兵団鷹の爪についての話はお仕舞いとなった。

 しばらくすると甲板に船員達が増えてきた。
 荷物の入れ込みが終わったらしく出航準備に取り掛かったようだ。
 あの船長の姿も見えた。
 相変わらずタバコを咥えながら船員達に指示を出していた。
 慌ただしく甲板を走り回る船員達に対して俺達は海を眺めてリラックスモードだ。
 ヨルに関しては俺の外套のフードの中で眠っている始末である。
「ワシもここまで大きな船に乗るのは始めてじゃからな。少し心が躍るわい。」
「そうなのか?実は俺も船に乗るの初めてでさ。けっこう楽しみなんだ。」
「おや?そろそろ出航するようですよ。クロさん。初めての船旅楽しんでくださいね。」
 出航の合図の汽笛がなる。そしてゆっくりと船が動き始めた。

 こうして俺達は魔術大国マジックヘブンへと向けて旅立ったのである。
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