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3章・和風戦雲編

67話、今日は死ぬのに良い日和

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 苛烈な前線の中、一人の大男が大いに活躍していた。

 その人はアーモだ。

 口を大きく開け、今にもとって食いそうなおどろおどろしい顔で雄叫びを上げると、兵士の頭を掴んでは潰し、腹を蹴っては内臓を噴き出させた。

 悪魔の兵士だとカセイの兵士らは怯えた程だ。

 矢を射かけても分厚い筋肉が鎧のように弾いたので、カセイの兵士達は戦うことを諦めて逃げ出したほどである。

 アーモはとにかく暴れた。

 カーンとアキームが帝都へ忍び込むのに、敵軍が混乱すれば混乱するほど都合が良いのだ。

 すると、帝都の城門が閉まったのである。
 重々しく、派手に軋みながら巨大な扉が閉まっていくのだ。
 カセイ軍はあまりの劣勢に、まだ外に兵士が残っているにも関わらず城門を閉めたのだ。

 連合軍はただちに攻城兵器が用意した。

 長いハシゴの雲梯。
 それから、丸太の先端に鉄を付けて補強した槌で、等間隔に結ばれたロープを使って城門に追突させる破城槌などだ。

 しかし、カセイ軍も抵抗した。
 城壁の上から散々に射掛けたのだ。

 雲梯をかけようものならすぐに外され、登ろうとしていた兵士が落ちて死ぬ。
 破城槌を担いだ兵士たちは城門へたどり着く前に次々と矢に射られて倒れた。

 熱湯や煮立てた油、石から木片、牛の死体や糞尿まで、何でも落とされてきた。

 激しい反抗に誰も城壁に近づけないのだった。

 半円を描くように連合軍の兵士達が帝都から離れる。
 それはまるで引き潮の波打ち際のように思えた。

 そんな中、果然と城壁へ向かったのがアーモである。

 カセイ兵の死体を高々掲げて、頭上からの矢を防ぐと城門へとかけた。

 もちろんその程度で防げるような矢の雨では無かったから、足は腹に矢が数本刺さる。

 血が流れたが、アーモは気にせずに駆けたのだ。

 するとどうだろう。
 アーモの気勢に引っ張られて、帰る波のように離れていた兵士達まで城門へと駆け寄ったのだ。

 アーモが破城槌を抱えると、破城槌に巻かれていたロープを兵士達が次々と掴む。

「一気に行くぞ!」

 アーモが言うと、兵士達も「おう!」と答え、破城槌が前進した。

 重々しい前進はすぐに力強く加速し、十分な速度を伴った質量で城門へと衝撃する。

 先端の鉄部分が城門の鉄と撃ち合い、強烈な音をたてた。

 その振動に城壁の兵士達がよろめく程の衝撃だ。

 アーモはもう一度引いて、再び打つよう命じた。
 城壁の上では羽飾りのついた指揮官が破城槌を集中射撃するよう命じている。

 五月雨の矢が振る中、二度目の衝突。

「もう一度だ!」

 矢によって血だらけのアーモが叫ぶ。

 破城槌を持つ兵士達は次々と倒れていたが、すぐに周りの兵士達がロープを掴んでその意志を引き継いだ。

 そして、三度目。
 激しい衝撃と轟音。

 重い城門が驚くほど軽やかに大きく開いたのである。

 開いた。

 城門が開いたと見るや、カセイ軍は撤退しようと大混乱に陥っている。
 連合軍の兵士達が帝都の中へと駆け込み、城壁の階段を登って城門上の敵兵へ復讐とばかりに散々、追い立てた。

 兵士達が戦意にはやる声や喜びに湧く声が、アーモの耳はなぜか遥か遠くの声のように感じている。

 全身から力が抜けていた。
 自分が呼吸しているのかさえ分からない。

 ただ棒立ちになって、天を仰いでいた。

 思えば、長いこと人から疎まれる暮らしを続けていたのに、今となっては人とともに力を合わせて強大な門を破壊したのだ。なんと嬉しいことだろう。

 アーモは両膝をついた。
 力なく、崩れるように。

「アーモ!」

 水の中で響く声のようにくぐもった声がアーモを呼んだ。

 どこか懐かしい声に聞こえる。

「アーモ! アーモ!」

 そう言ってアーモの前へ現れたのは、なんと大人になったアキームだ。

「アキームか。なんだお前、見ない間に随分大きくなったじゃないか。髭まで生やしてよぉ」

 力なく、浅い息を出しながらそう言う。

「アキーム? アーモ、ボクだ。ラドウィンだ!」

 大人になったアキームではなく、ラドウィンだった。

 アーモはラドウィンが死んでいたと思ったから、きっとラドウィンの魂が迎えに来たのだと思う。

「何を言っているんだ。ボクは生きている。アーモ、ボクもミルランスも生きていたんだよ! だからアーモ、お前も生きろ!」

 アーモは力なく笑った。
 そうか、ラドウィン様は生きていたのか。と。

「良かった。俺ぁラドウィン様が死んじまったと思って、随分悪いことをしちまったよ。でも、あんな鬼みたいな俺の姿をラドウィン様に見せなくて良かった」

 アーモは震える手で城を指さす。

「城に、アキームっていう良い子が潜入しております。俺を悪鬼から人へ引き戻してくれた恩人なのです……。どうか、助けてやって……」

 アーモは「助けてやってください」という言葉を口にしたかしてないか、最後の呼吸を吐いて死んだ。

 全身から異様なほど出血していなければまるで眠っているように見えるほど穏やかな顔である。
 その顔は、モンタアナの心優しい木こり、アーモのままだった。


――その頃、帝都の中心、城の前へとガ・ルスが到着している。

 お供も連れずに城内へ入ろうとしていたザルバールがガ・ルスに気付いた。

 片腕を無くした痛ましい姿だ。

「ガ・ルスよ。その腕はどうしたのだ」

 ザルバールが驚いて聞いた。

「不覚をとっただけだ。だが、片腕より、こっちの方がまずい」

 ガ・ルスが脇腹を見せる。

 鎧が切れてだくだくと血が流れていた。

 ダルバの一撃は脇腹にまで達していたのだ。
 腕の方は紐で固く縛って止血したが、すでに内臓を切りつけられている脇腹の傷は止血不可能である。

「いや、傷の事はどうでも良い。恐らく敵はこの城の前に来るだろうから、ここで待たせて貰うぞ」

 ガ・ルスがそう言うと、ザルバールはそれを許可した。

 ザルバールがティタラを連れて戻ったら、ともに西のゼードル地方へと撤退しようとガ・ルスに伝えると、ガ・ルスはせせら笑う。

「オルモードでなくば、ついて行く魅力を感じぬな」

 ガ・ルスにそう言われて、ザルバールは高笑いを上げた。

 ザルバールは戦士が好きだ。
 ガ・ルスという男ほど戦士の中の戦士はいなかった。

 ガ・ルスのそういう、ワガママを通すところが好きなのだ。

「よいよい。次に会う時は敵同士かも知れぬな」

 そう言ってザルバールは城へと入った。

 ガ・ルスは馬から降りると、近くの兵舎から剣やら槍やらをありったけ持ってきて、レンガの敷き詰められた道に突き刺す。

 脇腹抑え、城の門へと続く階段に腰を下ろした。

 深く息を吐き、痛みに浮き出る脂汗を拭くと、ニヤリと笑う。

 ここで死ぬな。

 ガ・ルスは自分が死ぬと分かりながら、なぜか笑った。
 彼自身にも分からない。
 人生最後の時を迎えるのに、良い舞台だと思ったのかも知れない。

 耳をすませば、戦いの音が近付いてくる。

 街中に潜んでいるカセイ兵らが奇襲を仕掛けているのだろう。

 そして、轟く馬蹄が城へと続く大通りへとやって来た。

 来たか。

 ガ・ルスが立ち上がり、死出の旅立ちへ道連れる相手を見る。

 曲がり角から姿を現したのは二騎。

 ラドウィンとハルアーダだ。

 二人がこうして同時に現れたのは全くの偶然、奇妙な運命の巡り合わせと言うべきか。

 とにかく、町中に控えるカセイ兵らを打破して城へとやって来たのはこの二人だ。

 ガ・ルスは二人の顔をよく覚えている。
 どちらも強かった。
 そして仕留めることができなかった二人である。

 これは死の間際に良い機会を得たものだとガ・ルスは笑い、地面に突き刺した無数の武器のうち、剣を手に取った。

「来い!」

 意気揚々と構えるガ・ルスを確認したラドウィンとハルアーダもまた、気合を入れる。

「やつは手負いだ。ダルバが片腕を切り落としたからな。倒すなら今だ。足を引っ張るなよ」

 ハルアーダが言えば、「それは僕の言葉だ。どさくさ紛れに殺そうとしないでくれよ」とラドウィンは剣を抜いた。

 ハルアーダは反論できず、顔をしかめながら剣を抜く。

「まったく、減らず口を」

 ぼやくハルアーダにラドウィンは微かに笑い、「奴を倒せばティタラまでもうすぐだ!」と、猛然、ガ・ルスへと襲いかかるのであった。
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