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1章・戦火繚乱編

42、嘘!私の皇帝である正統性低すぎ!?

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 いよいよカセイ国との戦いが始まる。

 ラドウィンは北方より出陣して、大きく山岳地帯を迂回しだした。

 ハルアーダは帝都の兵を引き連れて前線に赴く。

 さて、この時、もっとも重要な出来事があったのは城内であった。

 それはティタラだ。

 彼女はなぜハルアーダがああもラドウィンを信用するのか分からない。

 そもそも、かつてモンタアナでラドウィンの元へと身を寄せていた時にティタラを連れて飛び出したのはハルアーダでは無いか。

 明らかにラドウィンから離れようとしていたのに、事ここに至ってラドウィンを信用するとは何のつもりだろうか?

 自室の椅子に深くもたれて、自分の思い通りに行かないハルアーダに猜疑心を抱きかけていた。

 そんな時、子爵ロノイが訪ねてきたとメイドが部屋に来て言う。

 今は休憩中だから後にしろとロノイを突っぱねたが、どうしても聞かないのだとメイドが困っていたので、謁見の間に向かった。

 玉座に座ったティタラは寝不足と疲労から充血した眼でギョロりとロノイを睨むと、休憩を邪魔して下らない用事なら処刑すると凄んだ。

 ロノイはそんな脅しも気にせず、護衛の騎士に出て行って欲しいと頼む。

 どうしてもティタラと二人きりで話したいと伝えた。
 ティタラは眉をひそめて、このような時に二人きりになる危険を冒すような自分では無いとロノイの願いを棄却する。

 するとロノイはかしこまりましたと頭を下げて、代わりに巻いた文書を床に置いた。

 誰にも見られないよう、陛下にだけ読んで欲しい。

 そう伝えるとロノイの謁見は終わった。

 ティタラは護衛騎士に、その床の文書を持ってくるよう命ずる。

 一般的な羊皮紙。
 ただし、羊皮紙には封蝋が成されておらず、赤色の紐で留めてある。

 通常、家紋の形に捺された封蝋があるのが正式。
 今回ならばロノイの家紋が捺されていなければならないはずだ。

 しかしそれが無いのは怪しい。

 護衛の騎士が、誰かに検めさせた方がいいのでは無いかと提案した。

 ただの文書に何を怯える必要があるのかとティタラは笑ったが、すぐにサバルト教団トルムトが妖しい魔法を使っていた事を思い出す。

 読んだだけで何があるかも分からないが、メイドの一人を呼んで予め読ませる事にした。

 メガネを掛けたマイペースな二十歳そこそこのメイド。
 よくティタラの世話をしてくれるメイドの一人で名前をオリアという。

 信用出来る人間の一人だ。
 自室に戻って彼女に文書を読ませた所、いつもにこやかな彼女は顔をたちまち青ざめさせた。

 どうしたのかと聞くと、唇をわなわなと震わせて「私、死んでしまうのでしょうか」と言う。

 これにティタラは失笑してしまった。

 まさか本当に呪いの文書だとでも言うのか。

「オリア。読ませた身で言うのもなんだけど、読んだだけで死ぬだなんて馬鹿げてると思わない?」

 オリアは頭を左右に振った。

「読んだら死ぬとかでは無いのですが.......」

 上手く言葉に出来ない様子。
 ティタラはオリアの手から文書を取ると、自分で読む事にした。

 読んだら死ぬだとか言い出すのだから、むしろ興味がある。

 忙しい日常で久しぶりにわくわくした気持ちとなりながら、ティタラは目を通す。

 何度も目を左右にすると、ティタラから笑顔が消えて、わなわなと唇が揺れた。

 その文書には、ハルアーダが裏切りを画策していると書かれてある。
 そして、ティタラが皇帝の血筋では無く、『本当の皇帝の血筋はラドウィン』と書いてあったのだ。

 ハルアーダはラドウィンが皇帝の血筋で、密やかに皇帝の座をラドウィンに与えようと計画しているのだと密告するものである。

 家臣誰もが懸命にティタラが皇帝の血を引いてないという事実を隠していたのに、ついにティタラは知ってしまった。
 ばかりか、ラドウィンが本当の皇帝の血筋だと知ってしまったのである。

 だからオリアは自分が殺されると思ったのだ。
 このような事を知ってしまって、ティタラに処刑されると思ったのである。

「大丈夫.......大丈夫.......。処刑なんてしない.......しない.......」

 ティタラは座ってる筈の椅子がガタガタと揺れてる気がした。
 空気が鉛みたいに重い。

 視界がチカチカとして、その彩りを失って行った。

 部屋全体が大笑いするみたいに揺れ動いている。
 愚かな皇帝。愚かな皇帝。いや、皇帝ですら無いのに玉座に座る偽りの道化。ああ面白い。

 天井が頭のすぐ上に落ちてきた。

 ティタラは異常な世界の中、とにかく、このような冒涜的な羊皮紙を破棄しなくてはいけないと思う。
 すぐ隣にティーテーブルがあって、そこに火が揺れる蝋燭があった。

 それは覚えていたけど、隣を見ると異様にテーブルが遠い。
 まるで部屋の隅にまでテーブルが遠のいていくような気がした。

 足に力が入らなくて椅子から降りられない。
 とにかく羊皮紙を燃やそうと無理に手を伸ばした所、急速にテーブルが近付いてきて蝋燭と手がぶつかる。

 蝋燭が倒れて、溶けていた僅かな蝋がテーブルに広がって火が燃え広がった。

 ティタラはそんな事、どうでも良い。
 今はとにかく、この文書を燃やさなくてはならなかった。

 だが、指に力が入らなくて羊皮紙が落ちてしまう。
 オリアがその羊皮紙を拾い、蝋燭を立て直すとパンパンと燃え広がった炎を消火した。

 そして、羊皮紙に蝋燭に火を着けると鉄製の盆に置く。

 羊皮紙の焼ける、やたらと良い匂いが部屋に立ち込めた。

「陛下。羊皮紙はもう大丈夫です。落ち着いて下さい」

 ティタラは酷く汗をかいて、焦点は合わず、呼吸は乱れていた。

 オリアに息を深く吸うように言われて、ティタラは息を吸う。

 そうしてオリアがティタラを抱き締めた。

 彼女に抱き締められて、ティタラは段々と落ち着きを取り戻した。
 そして、オリアを抱き締め返すと、ティタラはさめざめと泣くのである。

 ティタラがオリアは絶対に裏切らないでと言うと、オリアは頷いて「裏切りません。裏切りません。いつだって陛下のお傍にお仕え致します」と答えた。

 オリアがティタラの秘密を知ったのは、むしろティタラにとって良いことだったかも知れない。
 秘密を共有したという一体感、連帯感のようなものがあって、それがティタラにとって救いであった。

 オリアのお陰で冷静さを取り戻したティタラに、すぐにふつふつと怒りが込み上げてくる。
 大事な事を秘密にしていた全ての人々。そしてハルアーダに。

 ティタラはロノイを自室に呼んでくるようオリアに命じた。

 この呼び出しを受けたロノイはどう思っただろう。
 しめたものだと思った事だろう。

 ロノイは武官のトップであるハルアーダを始末し、自分こそが皇帝の側近たる資格を得たと考えた。

 もちろん、すぐに呼び出しに応じ、精神的に衰弱しきったティタラにあることない事を吹き込んだ。

 心の弱った人はどんな嘘も簡単に信じ込んでしまうものだ。
 しかも、ハルアーダの行動に心当たりがあったのだからティタラがロノイの言葉を信じるのに十分であった。

「ハルアーダは恐るべき騎士です。彼を始末するには今しかございません。今という窮地だからこそあの者を始末するのです」

 ロノイの言葉がどれほど馬鹿げていて、どれほど愚かな言葉か述べるべくもない。
 ただでさえ戦力の乏しい帝国軍において貴重な戦力であるハルアーダを始末するなど何を考えているのか。

 だが、ティタラはハルアーダが自分の帝位を脅かす存在だと思った。
 それで、ハルアーダを始末する事にしたのである。

 真実を教えてくれたロノイに感謝し、ティタラはすぐにエルグスティアへ前線へと向かうように命じた。

 この命令にエルグスティアは驚く。
 帝都に最低限の戦力と、その指揮官は必要だ。
 それがエルグスティアなのだから、彼が前線に出ては帝都が丸裸になる。

 帝都で何かあった時に動けない。

「陛下。私は此度の戦の全権を委任されております」

 異を唱えたエルグスティアにティタラは黙るよう命じた。

「今すぐ前線に行け。そして.......」

 ティタラはエルグスティアの近くに顔を寄せて、小さな声で言う。

――ハルアーダを殺せ――

 .......と。

 ハルアーダの友人であるエルグスティアならば、ハルアーダも警戒しまい。
 戦いの混乱に乗じて後ろから刺せば殺せるだろう。

「皇帝命令。やれ」

 静かに冷淡な言葉。

 エルグスティアはティタラを後ろから見ているロノイに気付き、ロノイの入れ知恵かと気付いた。

 エルグスティアは歯噛みした。

 このような危急存亡の秋(とき)を迎えてなお、利己の為に動くのかと。

 今すぐティタラに、ロノイ達文官が愚かで、対局の見えない内患だと教えてやりたかった。
 だが、ティタラの冷酷な言葉の前に彼は騎士としてただ従わなくてはならない。

 その日、太陽が天高く行く時間に、エルグスティアは権謀術数が渦巻く帝都から出陣するのだった。
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